「夫」を「彼」に。それができれば“お終活”は大成功

笑って感動して老後ライフの知識も身に付く『お終活 熟春!人生、百年時代の過ごし方』は、人生百年時代に必見の映画です。橋爪功演じる定年退職した夫との生活にフラストレーションがたまり気味な妻、千賀子(70歳)役の高畑淳子さんにお話を伺いました。薄いピンクのドレスを着た高畑淳子さんは、朝から一日中取材を受けていたようには見えない、疲れ知らずのバイタリティを感じさせます。

開口一番、「もうだいぶ目が落ちくぼんで。朝は、もうちょっとかわいかったんですけど。水分量がなくなっちゃって」と大女優らしからぬ気さくなトーク。心をぎゅっとつかまれました。

「辛酸なめ子 この人を深堀り!」連載
撮影=セドリック・ディラドリアン
「生ごみの日に、必ず一枚洋服を捨てる!」と決めて断捨離したり、しているそうです

映画の中で、葬儀社の青年と知り合い、メモリアル映像を作ることを勧められた千賀子。少女時代や新婚時代の写真が映され、老夫婦が感動する場面が印象的でした。「映画のシーンなんですけど、なんか自分にもこういうときあったなって思い出して、涙が止まらなかった」と、取材中の高畑さんの涙腺もすでに緩んでいます。

ご自身の芸能生活△周年パーティなどで、実際のメモリアル映像を流せそうですが……。

「私、あれはあまり好きじゃなくて何年芸能界やろうが他人様と関係ある?ってずっと思ってたんです。偏屈なのかな。でも映画で体験して、こういうのも悪くないなって思えるようになりました」と、正直な感想をおっしゃる高畑さん。 

終活といえば、高畑さんは早くも「エンディングノート」を準備されているとか。

「『お母さんが死んだら見るノート』っていうのを作って鍵がかかる場所に保管しています。ひとり親家庭なので、私が死んだら困ると思ってて、車庫の電子シャッターが壊れたらここに電話するとか、いちいちの暗証番号とか細かいことも書いています」 

現実的で用意周到な高畑さんですが、少女時代は「死」を現実的に思っていなかったそうです。想像力豊かなお子さんだったので、自分以外の人間は「ねじ巻き人形」だと信じていた時期があったとか。

「小学校に上がるときに母が東京旅行に連れてきてくれたんです。それで初めて東京タワーを見て、世界は『ねじ巻き』じゃないと理解しました。人間は本当に死ぬんだって実感したのもその時です。自分を中心に周りが動いてるんじゃなくて、自分が死んだあともこうやって街はずっと続いていくし、人はいつかいなくなるんだって思うと、怖くなって大泣きしたことを覚えています」 

「辛酸なめ子 この人を深堀り!」連載
イラスト=辛酸なめ子

その感受性が女優業に生かされているのでしょう。「小さいころ、悪いことをすると、よく“布団巻き”にされて押し入れに入れられたので、圧死はイヤだな、と思っていました。寝てる間に、静かにいなくなりたいですね」と、理想の死を語る高畑さん。

この映画でも「人生百年時代」とうたわれているので、きっと随分先のことだと思われますが……。長すぎる人生でやることがなくなってしまう人も多そうです。

「私はそういう意味で、この仕事を選んだのはなかなか先見の明があったなって思うんですよね。世の中の女性のように無理やり美のメンテナンスをしなくても、老いたら老いた魅力で仕事ができます。おばあちゃんおじいちゃんがドラマでひょこっと出てくると、それだけで楽しいじゃないですか。あんなふうに自然体にと思っているんです」 

若作りをしない発言や、おばあさん役の野望など、女優さんなのに驚くほど率直で自然体の高畑さん。もうすでに独自のポジションにいらっしゃるので芸能生活は何十年後も安泰そうです。

たかはたあつこ◦香川県出身。桐朋学園大学短期大学部芸術科演劇専攻卒業後、1976年に劇団青年座に入団。ほぼ半世紀、舞台、映画、ドラマで活躍、バラエティでも才能を発揮。2014年には秋の叙勲で紫綬褒章を受章。ほか、読売演劇大賞最優秀女優賞受賞など受賞歴多数。2021年8月・9月には舞台「老後の資金がありません」を予定。パスワードや暗証番号も仔細に書き込まれたエンディングノートは「泥棒さんが持ってゆけない金庫」にしまってあるのだとか。

『婦人画報』2021年6月号より


【映画『お終活 熟春 !人生、百年時代の過ごし方』】

熟年離婚寸前の夫婦が、葬儀社の男から紹介された終活フェアをきっかけにてんやわんやの大騒ぎ! 人生百年時代といわれるいま、定年後に訪れる「熟年の青春=熟春(じゅくしゅん)」を明るく迎えるために人生整理に動きだす家族の騒動をコミカルに描いた「笑って」「泣けて」「役に立つ」ヒューマンコメディ映画。名古屋発のエンターテイメント集団「BOYS AND MEN」のリーダーで俳優としても活躍目覚ましい水野勝が主演。夫の定年後、すれ違いが続く大原真一&千賀子夫妻に橋爪功と高畑淳子。お互いをやり過ごし、時に派手な喧嘩をする、熟年夫婦ならではのユーモラスかつコミカルなやりとりはさすがベテラン名優の演技力。「あるある」とうなずき、時に笑い、頰に涙が伝わる……。『婦人画報』読者必見の作品です。(c)2021年「お終活」製作委員会


しんさんなめこ◦1974年生まれ。 漫画家、コラムニスト。巫女的な感性であらゆる事象を取材しまくる驚異のフィールドワーカー。『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社)、『大人のコミュニケーション術』(光文社新書)、『辛酸なめ子と寺井広樹の「あの世の歩き方」』(マキノ出版)。最新刊は『女子校礼讃』(中公新書)「朝、布団の中で自然に死んでいたい」と理想を語る高畑さんに「病院以外で死ぬと、まず警察が来るから……」と賛同できないご様子の辛酸さんでございました。

文・イラスト=辛酸なめ子 撮影=セドリック・ディラドリアン 編集=吉岡博恵(婦人画報編集部)


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女子学院を母校とする辛酸さんが、現代の女子校の知られざる真実を取材し執筆。そそる内容です。

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このたびの眞子さまのご結婚問題も、辛酸なめ子さんは「女子校出身の影響」であると興味深いご指摘をなさっておられます。