兄から弟へ譲られた世紀の襲名秘話

「『休雪』という名の由来は定かではありません。けれど三輪家に古くから伝わる名前のひとつで、『休』は茶道の大成者千利休から、『雪』はやはり室町時代に活躍した水墨画家、雪舟から、という説も耳にしたことがあります」と13代襲名直後の休雪さんが語り始めます。

令和元年5月15日、佳き日を選び、兄から弟の和彦氏に13代休雪の名が襲名され内外に発表された。「不走庵 三輪窯」の広間にて。
令和元年5月15日、佳き日を選び、兄から弟の和彦氏に13代休雪の名が襲名され内外に発表された。「不走庵 三輪窯」の広間にて。

ここは、三輪家の広間「不走庵(ふそうあん)」。獅子の置物は、人間国宝だった10代の作。床の掛物は、父であり、やはり人間国宝11代の84歳の筆で「龍虎」。この場所で、先日まで12代休雪であり今後は「龍氣生」として陶芸活動をする兄とともに、襲名発表を行いました。つい3週間前のことです。

同じ広間に今日は女優の尾野真千子さんを迎えると、膝前にとん――とダイナミックな一碗が置かれました。「エル キャピタン」と名付けられた休雪さんのこの茶碗は、若き米国留学時代にヨセミテ国立公園で見た巨大な花崗岩にインスパイアされたシリーズ。

実際には「とても」飲みやすい茶碗。碗なり、口造りなどがじつは究極的に考え尽くされているから。拝見する角度で表情が変わる。
実際には「とても」飲みやすい茶碗。碗なり、口造りなどがじつは究極的に考え尽くされているから。拝見する角度で表情が変わる。

一般の茶碗よりも大ぶりで、分厚く切り立つ、これは岩? 圧倒的な存在感をたたえる茶碗を前に、「どうやっていただいたらよいのでしょう」と問う尾野さん。「どこからでも飲みやすそうなところから。エベレストにもいろいろな登山ルートがあるでしょう」と、かの地に登頂を挑んだ経験がある尾野さんとの、心に響くやりとりが始まります。

尾野さんの顔の大きさに匹敵するのでは?と思うほど巨大な茶碗。「でも、不思議と手に馴染み、飲みにくくもないのが不思議」と尾野さん。
尾野さんの顔の大きさに匹敵するのでは?と思うほど巨大な茶碗。「でも、不思議と手に馴染み、飲みにくくもないのが不思議」と尾野さん。

「エル キャピタン」には、山口県山陽側の防府市大道地区で採れる大道土、萩市の離島である見島で採れる火山性で鉄分が多い見島土、萩市郊外の金峰地区で採れる耐火度の強い金峰土、つまり萩の大地そのものが使われています。三輪窯ならではの“休雪白”と呼ばれる独特の白色は、10代休雪が編み出した藁灰釉の効果によるもの。また、茶碗の大きな見どころのひとつでもある高台は、桃山スタイルの割高台をさらに進化させたような大胆な造形。代々の伝統を受け継ぎながら、13代ならではの形です。
「一度手にしたら、一生忘れられない、印象に残るお茶碗です」と尾野さん。

「不走庵 三輪窯」の敷地内には、当代の作品などが並ぶギャラリーが併設されている。現在はクローズしているが2019年9月再開予定。
「不走庵 三輪窯」の敷地内には、当代の作品などが並ぶギャラリーが併設されている。現在はクローズしているが2019年9月再開予定。

襲名にあたり、さらに原点に返ってゆきたいと休雪さんはおっしゃいます。
「掌のなか、つまり茶陶へ。三輪家はそもそも、千利休や小堀遠州らと親交のあった萩藩初代藩主のゆかり、毛利藩の御用窯でした。あの時代、先人たちが茶を喫する際の心持ちはいかばかりか――真摯、自由、かつ磊落(らいらく)に、そして大自然の凜とした豊かさ、美しさ、厳しさを掌のなかに表現することができないか、と考えます。萩でしかできない陶芸、13代の茶碗でなければならない一服とは何か、を追求してゆきたいと思っています」

全長14.5メートルの登り窯。窯焚きは一昼夜半かけて行われる。「火の芸術と呼ばれるだけに毎回成功するとは限らない」と休雪さん。
全長14.5メートルの登り窯。窯焚きは一昼夜半かけて行われる。「火の芸術と呼ばれるだけに毎回成功するとは限らない」と休雪さん。
作品「阿吽」。焼いたら割れた直径約1.5mの大鉢。「フェラーリ」の赤と黒の塗装で継いでいる。全身でその器になり切る尾野さん。
作品「阿吽(あうん)」。焼いたら割れた直径約1.5メートルの大鉢。「フェラーリ」の赤と黒の塗装で継いでいる。全身でその器になり切る尾野さん。

おの・まちこ◯1981年生まれ。奈良県出身。高校時代、映画『萌の朱雀』でデビュー後様々な作品に出演。

みわ・きゅうせつ◯1951年、三輪家の三男として山口県萩市に生まれる。 1975年米国留学。圧倒的な存在感の花崗岩を見て、「エル キャピタン」の着想を得る。2019年5月、三輪家当主として、13代休雪を襲名。


撮影=阿部浩 スタイリング=内田幸奈(ブリュッケ) ヘア&メイク=稲垣亮弐 
※『婦人画報』2019年9月号より