〈写真〉《エドワード・マイブリッジの連続写真上のドローイング》 1970年代–1980年代頃 (C)The Barry Joule Collection


山口 桂さんと小崎哲哉さんが隔月で担当している『婦人画報』のアートコーナー「極私的・名作鑑賞マニュアル」では、開催中の注目の美術展をピックアップ。「クリスティーズジャパン」代表取締役社長の山口桂さんが今回ご紹介するのは、画家フランシス・ベーコンのインスピレーションの源をひもとく美術展です。

注目の一点『フランシス・ベーコン バリー・ジュール・コレクションによる』より

《エドワード・マイブリッジの連続写真上のドローイング》

仕事柄たまに「貴方にとって、20世紀最高の画家は誰ですか?」と聞かれるが、そんな時私はピカソでもマティスでもなく、必ずフランシス・ベーコンと答える。その理由は美大にも行っていない彼の作品が、類い稀な筆力と共に、彼自身の生涯と同時に近代人の「絶望と不安」を強烈に描き切っているからだ。

アイルランド生まれのベーコンは家具デザイナーとして出発、その後、画家となっても生涯どんな画派にも属さず、また如何なる美術運動にも関わらずに独自の具象絵画を描き続け、特にキャンバス上での人間(主に男性)の身体とその「移動性」の表現に固執した。

そしてこの男性の肉体への執着は、幼少期からの同性への性的興味と深い関係があるのだが、今回この展覧会で展示される100点を超える作品・資料も、ベーコンの14年来の同性の「親しい隣人」に死の10日前に譲られたもので、例えばアスリートやダンサーたちの肖像写真に色付けされた作品群は、彼の肉体と筋肉への尽きない興味を知るのに最適である。

その中でも特筆すべきは、コレクションに含まれる19世紀の写真家エドワード・マイブリッジが撮った人体の連続写真で、ここに紹介した色付け作品と19枚に及ぶ絵葉書が存在するのだが、この写真群の磨き抜かれた男性的肉体美と、向きや角度を変えたその連続的な動きが、ベーコン芸術に大いなるインスピレーションを与えたのは想像に難くない。

最後に、この展覧会を観る前、あるいは観た後にオススメの映画を紹介しておきたい。それは、1998年ジョン・メイブリー監督作品『愛の悪魔〜フランシス・ベイコンの歪んだ肖像〜』(ベーコンの大ファンである坂本龍一さんが音楽を担当している)。彼の絵のモデルであり、8年間恋人であったジョージ・ダイアとの関係を中心にベーコンの生き様を描いているこの作品が、もしかしたら理解し辛いかも知れない“愛の悪魔”の肉体への執着と作品を、貴方に一歩近づけること請け合いだ。

『フランシス・ベーコン バリー・ジュール・コレクションによる』

会期/~2021年4月11日(日) ※3月7日まで臨時休館中
時間/9時30分~17時(入館は閉館の30分前まで)
定休日/月曜
料金/一般 1,200円
tel. 046-875-2800
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住所/神奈川県三浦郡葉山町一色2208-1

神奈川県立近代美術館 葉山 公式サイト

※新型コロナウイルス感染拡大防止対策のため、会期などスケジュールが変更になる可能性があります。最新情報は美術館にお問い合わせ、あるいはウェブサイトをご覧ください。


やまぐちかつら●1963年東京都生まれ。世界で最も長い歴史を誇るオークションハウスの日本支社「クリスティーズジャパン」代表取締役社長。長年、東洋美術部門インターナショナル・ディレクターを務めてきた「骨董品の目利き」であり、日本美術のスペシャリスト。近著に『美意識を磨く』(平凡社新書)がある。


『婦人画報』2021年4月号より