• 日本エネルギー経済研究所
  • 研究主幹
  • 伊藤 葉子Yoko Ito
VOICE

2019.10

脱石炭の動き、背景は様々
単純な追随は禁物

日本は「エネルギー基本計画」において石炭火力を重要なベースロード電源の一つに位置づけ、その低炭素化を進めながら引き続き一定程度の活用を続ける方針ですが、海外では、欧州を中心に「脱石炭」の動きが鮮明になっています。脱石炭の海外動向に詳しい伊藤葉子氏に、その背景を聞きました。

欧州の少なくとも10カ国とカナダが「脱石炭」の方針を決定しています。その背景は国によって異なり、日本にとって参考になる部分も、そうでない部分もあります。もし今後、欧州を中心とした脱石炭の流れに単純に同調する形で日本国内の議論が進んでいったとしたら、それは大変残念なことです。

そもそも日本と欧州とでは、設備面の事情が異なります。日本の場合、石炭火力の設備容量の約75%が、1990年代以降に建設された比較的新しいものです。一方、EUでは1960~80年代の設備が約7割を占め、老朽化に加え、大気汚染物質対策が十分でない設備が多いのです。欧州の脱石炭の背景にはそうした事情があることを、まずは踏まえておかなくてはなりません。

その上で図を見ると、脱石炭を表明した国々の中でもアイルランドやフィンランドなどは、そもそも人口や経済規模などが小さく、発電電力量が日本とは大きく異なるため、日本のエネルギー政策の参考にはなりにくいと思います。

また、石炭火力の重要度も国によって異なります。フランスやカナダは一貫して石炭火力のシェアが低い国々です。フランスは原子力、カナダは水力という「頼れる資源」があり、脱石炭の影響は比較的少ないのです。

一方、英国は2000年から2018年にかけて石炭のシェアを大きく減らしました。その背景には、老朽化した古い設備を多く抱えていて、それらが廃止になっていったという事情があります。スペインは再生可能エネルギーのシェアが大きく、電源のバランスがいいように見えますが、その一方で電気料金が比較的高めになっています。産炭国で、石炭のシェアが高いドイツも2038年に石炭火力を廃止する計画ですが、環境NGOから時期を前倒しすべきという声があり、スケジュールの合意形成に苦労しています。石炭に限らず、それぞれの国の主たる電源を減らすのは大変なことなのです。

ドイツが脱石炭を実現するための課題は3つあり、1つ目は、現状で発電電力量の4割近くを占める石炭火力を具体的にどう廃止し、その分を何で補うかという点です。2つ目は脱石炭によって打撃を受ける産炭地域への支援、3つ目は、まだ新しい設備を廃止しなくてはならない事業者への補償です。このうち産炭地域への支援に関する議論が比較的進んでおり、400億ユーロに上る経済的支援が決まっています。

ドイツは脱原子力の方針も掲げていますし、代替電源をどうするかを考えなくてはなりません。ガス火力は、石炭に比べて発電時のCO₂排出量が少ないですが、化石燃料であるため石炭と同様の課題を抱えています。また、輸入に頼らざるを得ないガスのシェアを高めることに、エネルギー安定供給の面から懸念の声も上がっています。ドイツ政府は再生可能エネルギーのシェアを2030年までに65%まで高める目標を掲げていますが、これを達成しても原子力と石炭の分を補うには至りません。また、不安定な再生可能エネルギーをこれほど増やせるのは他国と系統がつながっていて、電力の輸出入でバランスをとりやすいためであり、日本がそのまま倣うことは難しいと思います。また、現在、一部の金融機関において、石炭火力に対する融資を引き揚げる動きもありますが、欧州勢が脱石炭に熱心なのは、石炭火力関連の技術に強みを持っていないため、新たな投資先を探しているという面もあります。再生可能エネルギーというまだ新しい分野に投資することで、経済活性化や雇用創出につなげようという狙いもあるのです。

脱石炭の方針を示した11カ国の石炭火力発電電力量は合計しても世界全体の5%程度です。日本はシェア3%未満ですが、他にも4割以上を占める中国をはじめ、米国、インド、オーストラリア、ASEAN諸国など、引き続き石炭を活用していく国は多くあります。しかし、これらの国は気候変動対策の観点から、その正当性を国際的に主張しづらい状況です。

日本は石炭火力の高効率化を進めながら、引き続き活用する戦略をとっています。CO₂回収・利用・貯留技術(CCUS)や、石炭ガス化複合発電(IGCC)など、石炭火力の低炭素化に向けた新技術でいかに成果を上げるかが課題です。国民や投資家は日本固有の事情をよく理解する必要がありますし、国も石炭火力の低炭素化に向けた技術開発に覚悟を持って取り組むことが不可欠です。

(2019年9月11日インタビュー)

脱炭素表明国と日本の電源構成および石炭火力発電電力量のシェアの変化(2018年)

出所:IEA Energy Balances and Statistics 2019より作成

PROFILE

日本エネルギー経済研究所化石エネルギー・国際協力ユニット石炭グループ研究主幹。専門分野は欧州におけるエネルギー・環境政策。1994年9月アムステルダム大学国際関係論修士課程修了。2003年3月日本エネルギー経済研究所入所。