“妖怪”。この日本に古くから伝わる、不気味で奇妙で、どこかユーモアを持った存在を題材とした作品は、しばしばエンターテインメントの世界で大ヒットを飛ばしてきました。

 “妖怪”と聞くと「平安の世で陰陽師に退治される悪しきもの」であるとか、「民俗学で研究されている、土着的で不気味な言い伝え」などといったようなイメージを抱く方もいらっしゃるかもしれません。もちろんそういうものでもあると思うのですが、じつは妖怪たちは、江戸時代にもたいへんな人気を博していた“キャラクター”でもありました。

 江戸時代だけではありません。時代が移り変わっても、妖怪たちはたびたびスポットライトを浴びてエンターテインメント界のスターダムに現れます。そのきっかけは、昭和の時代に生きたマンガ家の水木しげる氏の『ゲゲゲの鬼太郎』。貸本マンガから生まれた『鬼太郎』シリーズは、その後テレビ、映画にゲームとさまざまなメディアで作品が展開していきました。そのどれもが大ヒットを生んだことで、“妖怪”は、エンターテインメントのひとつのジャンルを打ち立てるがごとき知名度と人気を獲得しました。
 
 そんな“妖怪もの”のエンターテインメント作品で、水木氏以来ともいうべき大ヒットを記録したオリジナル作品を生んだふたりのクリエイターがいます。

京極夏彦氏×日野晃博社長対談!『妖怪ウォッチ1』発売&『姑獲鳥の夏』25周年+『怪と幽』新連載記念 “大ヒット妖怪エンターテインメントの作法”_52

 発行部数累計1000万部を超える『百鬼夜行』シリーズと称される小説を始め、江戸時代を舞台とした『巷説百物語』シリーズの『後巷説百物語』で直木賞を受賞するなど、さまざまな作品で“お化け”を表現し続ける小説家の京極夏彦氏。

 そしてもうひとりは、ゲームを中心におもちゃやアニメなどのクロスメディア戦略で、シリーズ累計出荷本数1400万本を超える空前の大ヒット作『妖怪ウォッチ』を生み、社会現象を巻き起こしたレベルファイブ代表取締役社長/CEOの日野晃博氏。

 これだけ数多くの人を楽しませる力を持った“妖怪”というテーマを、“稀代の妖怪エンターテイナー”のふたりはどのように考えているのでしょうか。なんだか得体のしれない妖怪という存在は、ただのキャラクターものとは異なる、なにか大ヒットを生み出せるような秘密を隠しているものなのか……。

 そんな中、いま世界中で緩やかに“妖怪”熱が高まりつつある状況だそうです。とくにアジアや欧米では、そのユニークな存在感に後ろ髪を惹かれるかのように、さまざまな研究が始まっているのだとか。

 ……と、ゲーム誌なのに妖怪のことばかりお話していますが、国内でも2019年10月10日には、Nintendo Switch用にHD化されたシリーズの原点『妖怪ウォッチ1 for Nintendo Switch』が発売されました。また、シリーズ最新作にして、全編をフル3D表現へと進化させた『妖怪ウォッチ4 ぼくらは同じ空を見上げている』も、2019年末には、大量の追加要素でパワーアップした『妖怪ウォッチ4++(ぷらぷら)』が発売されることが発表されただけでなく、新たにプレイステーション4版の発売も決定しました(『妖怪ウォッチ4 ぼくらは同じ空を見上げている』も、有料の大型アップデートにより同内容の追加要素がが楽しめるようになります)。

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『妖怪ウォッチ』シリーズの原点がHD画質&Nintendo Switch用に最適化されて『妖怪ウォッチ1 for Nintendo Switch』として新生。
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さくらニュータウンを舞台に、妖怪のいるちょっと不思議な夏休みを体験するという本作の楽しみが、色鮮やかによみがえる。ともだち妖怪でパーティーを組んで戦うオンラインでの対人戦もアツい!
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ジオラマのように精巧に描かれた町を探検して、妖怪が巻き起こす事件に挑むRPG。広大な町を舞台に、妖怪を見つけて、バトルし、ともだち妖怪を増やしていくという遊びが、フル3D表現で大きく進化を遂げることに。

 さらにその一方で、2019年は、京極夏彦氏の処女作にして、大ヒット作『百鬼夜行』シリーズの第一弾『姑獲鳥の夏』の刊行からちょうど25周年にあたる年です。さらに、京極氏も関わっている8月28日にはお化けと怪談の専門誌『怪と幽』の第2号も発売になったばかり。こちらにも、京極氏の新作として、『巷説百物語』シリーズ最新作となる『遠巷説百物語』が連載中です。民俗学者の柳田國男が記した『遠野物語』でも知られる岩手県の遠野を舞台とした新シリーズ。第2号には、妖怪“磯撫”の名を冠した物語が掲載されています。

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デビュー作でいきなり大ベストセラーとなった『姑獲鳥の夏』。
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現在発売中の、お化け好きのためのエンターテインメントマガジン『怪と幽』第2号。ハイパーミステリーマガジン『ムー』とコラボした驚愕の特集のほか、京極先生を始めとする執筆陣によるお化けもの満載の内容。

 『妖怪ウォッチ』と『姑獲鳥の夏』、シリーズの原点となる作品が節目を迎えるこの時期に、妖怪大ヒットメーカーどうしの対談が実現しました。海の向こうで妖怪熱が密かに高まり始めている中、妖怪のエンターテインメント作品を作り続けているおふたりが考える“妖怪とエンターテインメント”についてのお話を、大ボリュームの対談記事としてお伝えします。

 そこで交わされたのは、「妖怪は悲しいことを楽しく見せるためのアイコンである」といったお話や、「妖怪は子どもたちにどれだけ豊かなものを届けられるテーマを秘めたものなのか」――といった言葉の数々。それに加えて、年末公開予定の『妖怪ウォッチ』シリーズ最新映画の是非を問うといったお話も飛び出すことに。長時間に及んだ対談は、妖怪でエンターテインメントを作ろうと考えている方にこそ読んでもらいたい、まさしく“妖怪の神髄”に迫るものになりました。その内容は、もしかすると、まるで憑き物を落とすかのように、あなたの中の“妖怪観”を解体して、新しく組み替えてしまうかもしれません。

 妖怪の魅力とは、いったい何なのか? ファミ通のお化けコーナー“化け通”がお届けする、不世出の二大妖怪使いによる夏の終わりの妖怪大談義! どうぞごゆるりとお楽しみください。

  ※本対談は、週刊ファミ通『妖怪ウォッチ4 ぼくらは同じ空を見上げている』特集に掲載した内容に大幅に加筆・再編集したものです。

京極夏彦(きょうごく なつひこ)

2004年『後巷説百物語』で直木賞など多数受賞。代表作に『姑獲鳥の夏』、『魍魎の匣』、『巷説百物語』、『幽談』、『鬼談』、『虚談』、『嘘実妖怪百物語』、『ヒトごろし』、『今昔百鬼拾遺 天狗』など。ファミ通の妖怪コーナー“化け通”の命名と題字デザインも手掛ける。

日野晃博(ひの あきひろ)

レベルファイブ代表取締役社長/CEO。プログラマー、シナリオ、ディレクター、プロデューサーとして数々のゲーム制作に携わり、『妖怪ウォッチ』、『レイトン』、『イナズマイレブン』、『二ノ国』各シリーズなど、大ヒット作をつぎつぎと世に送り出している。

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『怪と幽』の前身となる妖怪専門誌『怪』とファミ通のコラボコーナー“化け通”。現在は『怪と幽』のお化け友の会コーナーとして、ゲームで描かれるお化けをさらに楽しむための情報をお届け中~。
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妖怪とは何か?

京極 『妖怪ウォッチ』が始まってもう何年ですか?

日野 7年目です。

京極 最初期から見ていた子どもたちは、かなり成長していますね。

日野 その世代がゲームを作りたいとか、アニメ会社に入りたいと思う年齢になっているころかもしれないですね。

京極 小学校高学年だと、そろそろ18歳ですもんね。これから先、新しい“妖怪文化”が作られていくとするならば、確実に『妖怪ウォッチ』の影響というものが見えてくるはずですね。送り手も受け手も『妖怪ウォッチ』を入り口にして“妖怪”観を養っていることになりますし。

日野 そういっていただけると、妖怪の歴史に少し関与できたという感じがして嬉しいです。僕も妖怪や不思議なものが大好きだったので。

京極 将来的には“妖怪”の歴史に関与したということになってしまうでしょうね。それも『妖怪ウォッチ』が日本のお化けの伝統的な製法を応用した作られ方をしているからだと思いますけど。

日野 僕なりに妖怪の伝統について勉強したのですが、やはり妖怪のエンターテインメントを作ろうと考えたときに、やはり考えなくてはならなかったのが、妖怪とはなんだろうということでした。

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2014年1月からテレビ東京系列でスタートしたアニメ『妖怪ウォッチ』。妖怪が巻き起こす残念な“あるあるネタ”を取り入れた内容が、小学生を中心に大人まで共感を呼び大ヒットを記録。ゲームを原作としたクロスメディア展開も合わさって大ブームに。
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2013年7月11日にニンテンドー3DS用ソフトとして発売されたゲーム『妖怪ウォッチ』。非常にリアルに作り込まれた日本の町で、隠れた妖怪を集めていくといった内容が高い評価を得た。10月には、記念すべき1作目がNintendo Switch用ソフト『妖怪ウォッチ1 for Nintendo Switch』として生まれ変わって登場した。

モンスターと妖怪の違い

京極 まずは“妖怪”の特質を把握されたかったんですね。

日野 そうなんです。妖怪や不思議なものの作品を作りたいと思ってはいるものの、レベルファイブはゲーム会社なので、やはりビジネスとしてもヒットするものを作らなくてはいけない。そういう視点で現在のゲーム業界でヒットしている作品を見渡してみると、ことごとくみんな“モンスター”と名のつくゲームが多いんですね。

京極 『ポケットモンスター』や、『モンスターハンター』、『モンスターストライク』などなど、多いですよね。モンスターが。

日野 しかも、どの作品も大ヒットしています。モンスターと名前をつけると売れるのか、というほど(笑)。とくにたくさんの“モンスター”のキャラクターが出てきて、集める要素があるゲームは、子どもたちに人気なんです。こうした状況を見渡して見て、ふとモンスターではなく、昔好きだった“妖怪”をテーマにしたならば、もしかしたら上手くいくかもしれないし、おもしろいものが作れるかもしれない……そう思ってこの企画に取り組み始めました。なので、モンスターと妖怪というのは何がどう違うのかというのをしっかり考えて作らなければと感じて。そうした視点で改めて分析して見たところ、モンスターは「グルルル」と唸ったり「パオーン」などと鳴いたりする、いわゆる“動物”的な要素が核になって構成されていると気付きました。それならば、妖怪は動物的ではなく、“人間”として作ったらおもしろいだろうと思いついたんですね。

京極 なるほど。人間に見立てたと。

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日野 ええ。おじいちゃんなのかおばちゃんなのか、やんちゃ坊主なのか。妖怪が人格を持っているという風にとらえて作れば、モンスターと呼ばれて流行っているものに対抗できる、新しい存在が生まれるのではないかと考えたんです。

京極 それはなかなかの慧眼だと思いますね。日本の“妖怪”はアニメなどを通じてフランスやアメリカあたりにも波及していますし、昨今は台湾でも妖怪がブームになっているようです。日本の妖怪文化に着目する海外の研究者も増えています。ただ、“妖怪”という言葉が翻訳できないんですね。そこでつまづいてしまいます。英語圏では“YOKAI”です。

日野 『妖怪ウォッチ』も海外展開に乗り出しているのですが、海外の人たちは、妖怪という存在をモンスター的なものとしてとらえているような感触もあります。

京極  “モンスター”の場合、クリーチャーや怪物の印象が強いですからね。ゴジラもモンスターです。ただ、これは意見が分れるところのようですが、研究者によっては“モンスター”という訳でいいんだという方もいます。モンスターの語源はラテン語の“モンストウルム”で、これは正体不明、わけのわからないものというような意味なんです。

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日野 わけのわからないもの……かなりの妖怪感がありますね。

京極 なんだかわからないけど、“いることはいる”ものですからね。ただ、語源はともかく、英語のモンスターには“恐ろしい”という意味がついちゃってますし、基本、話は通じないですよね。日野さんがおっしゃった通り、モンスターは圧倒的にしゃべらないやつが多い。意思の疎通はできたとしても、言語での会話ができない。動物に近いですね。動物的な存在としてとらえた場合、歴史的・文化的な背景がなくなってしまいますよね。100年前の犬も、現代の犬も、同じ犬ですよね。

日野 犬は変わっていないですよね。なるほど。
 

京極 進化してるじゃん、という意見もあるでしょうが、犬という種になる前は犬じゃないですからね(笑)。人間の場合、同じヒトという種なのに100年前と現代では歴史的にも文化的にもかなり変わっていますでしょう。

日野 動物をベースに生まれたモンスターが、なぜ犬の形をしているのか猫の形をしているのかという疑問への答えは、ただ単純にそういう遺伝子の変化でモンスター化したから、といったあたりの理由くらいしか思いつきませんよね。
動物の形をした幻獣や精霊となると、人間と会話もできそうだし、もう少し神話や自然現象といった神話や伝説からの出自を想像できますが……それってもはやモンスターというより、妖怪じゃないですか(笑)。

京極 そうなんですね。犬でもぺらぺらしゃべれば妖怪っぽいわけで(笑)。ヘンテコな形で不思議な能力を持っていても、言葉をしゃべらなければやっぱり新種の動物っぽいですよね。言語でのコミュニケーションが可能かどうか、歴史的・文化的な背景をもっているかどうか、は“妖怪”と呼ぶかどうかのポイントになるかもしれません。

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こちらは『妖怪ウォッチ4 ぼくらは同じ空を見上げている』に登場する“猪笹王”。とあるアイテムを守護する存在として登場するが、実際に奈良県吉野には猪笹王という大猪が亡霊になったり、一本足の鬼になって旅人を襲ったといった話が伝わっている。

人間味が肝

日野 妖怪を“人間”として作る際には、歴史というか人生というか、妖怪になる前にどんなことが起こったのかを設定しなければならないと考えました。なので最初に作った妖怪は、“バクロ婆”と“ひも爺”という両方とも年寄りと、“ドンヨリーヌ”というフランス人風の心がどんよりするキャラクターがいるのですが、ひとりひとりになぜこういった妖怪になったかというバックストーリーを作ったんです。動物的な意思表示をする存在ではなく、我々と変わらない、ひとりの人間の歴史……人生のような、人間味を持っているものにしたんです。

京極 おもしろいですね。ひも爺って、まあ名前だけでどんな妖怪かわかっちゃうんだけど(笑)、ただの腹ペコキャラじゃなくて、なぜいつも腹ペコなのかという点を問題にしてるんですよね。“妖怪”の場合、そういう来歴が肝になるんですよ。妖怪図鑑にはそういう説明がずらずら書いてあります。一方、動物図鑑にそんなことは書いてないですね。そもそも生息地や生態くらいしか詳しく書くことはありませんからね。動物をベースにしたモンスターだと、来歴は重要じゃなくなる。

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とりついた相手を空腹にするという困った老人の妖怪。もともとは孫を愛するおじいさんで、妖怪になってしまった切ない背景があったりする。

日野 そうですね。

京極 “妖怪”はそもそも、理解できないことや困ったこと、妙なできごとなんかがあって、後からその現象や事件に名前や形をつけたものでした。江戸時代後半には、そのキャラクターだけが切り出されて大人気になり、昭和中期以降は形しかないものには名前を、名前しかないものには形を与えることで爆発的に増殖しました。増えた連中には来歴のないものもいたんですが、そいつらにもちゃんと“過去”が与えられたんです。そうやってできあがったのが今の“妖怪”です。

日野 『妖怪ウォッチ』にも、そうした妖怪の作り方をした妖怪はたくさんいます。

京極 江戸時代のお化けの本なんかを見ると、それこそ“ひも爺”的な、駄洒落みたいな創作キャラがたくさん出ています。ただ、すでにギャグの意味がわからなくなったものも多くて、そういうものにも“言い伝え”が後づけされたりしてますから、もう区別がつかないですよ。そうなると“伝統的な妖怪”っていったい何なんだと(笑)。

日野 『妖怪ウォッチ』がスタートした時に、「伝統的な妖怪とは違います」というような意見がけっこうありましたが、それは創作された妖怪だと分かりやすかったからですよね。

京極 そういう意見はよく耳にしましたね。「あんなのは妖怪じゃない」とか「ただのアニメのキャラだ」とか。僕は、「いや、立派な妖怪でしょ」と言ってたんですけどね。なんたって、タイトルで『妖怪ウォッチ』って言いきってるんですから、言ったもん勝ちでいいじゃない(笑)。

日野 たしかに(笑)。

京極 だいたい「お化けが好き」とか「妖怪が好き」とか言うのなら、新しく出てきた妖怪も受け入れて、大いに楽しんじゃったほうがいいわけです。だって怪しくておもしろいから好きなんでしょう? なら、『妖怪ウォッチ』の新しい連中だって怪しくておもしろいんだから、いいじゃないかと(笑)。

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ジバニャンやツチノコ、ノガッパなどかわいい妖怪だけでなく、ひも爺やバクロ婆、ドンヨリーヌなど名前だけで何をするのかわかってしまう困った妖怪たちもいい味を出している。
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妖怪の正体はアイコンである

日野 妖怪とモンスターの違いとしては、モンスターはそこまで学問では扱われないように思うのですが、妖怪は民俗学でもさかんに扱われて研究されていますよね。

京極 さっきも言いましたが“妖怪”の背後には、文化や歴史、人の営み、感情、信仰などいろんなものがたくさんあるわけです。“妖怪”はそういうもので構成されているんです。そういうもろもろのデータがフォルダにしまわれている。そのフォルダのアイコンこそが“妖怪”なんですね。

日野 それは、つまり中身を示す絵がついたフォルダのようなもの。

京極 そうですね。格納されているデータごとにフォルダには名前をつけますね。それだけじゃわかりにくいから、色分けしたりする。もっとわかりやすくするためにアイコンをイラストにしてカスタマイズしたりしますね。その感覚です。民俗学の場合は、そのフォルダの中のデータが研究対象になるわけだから、正直アイコンはどうでもいい。

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日野 民俗学では、妖怪に関するさまざまなデータのみを重視していると。

京極 でも、エンターテインメントの場合は、データよりアイコンが優先しますね。マンガやアニメ、ゲームに登場するのは、アイコンの方なんですよ。

日野 ああ、なるほど! 

京極 アイコンというのは、フォルダ内に何が入っているかわかりやすくするためにつけられるものですね。同じようなデータが格納されていれば、アイコンも似てくるでしょう。“妖怪”好きはアイコンをクリックして、中身を検証するんですよ。

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京極 このデータはこっちにも入っている、これはこのフォルダにしか入っていない、そうやって調べて行く。民俗学者の人は、まずデータの方が先にあるわけです。だからアイコンのデザインやフォルダの名前も、データのひとつにすぎないんですね。『妖怪ウォッチ』なんかの場合は、まずアイコンが作られて、そこにふさわしいデータが入れられた、と考えればいいですかね。江戸期のお化けなんかは、アイコンが先かデータが先かわからなくなっちゃったものも多いわけですよ。もっと古くなると、アイコンがない。平安時代なんかだと、「怨霊」だとか「鬼」だとかくらいしかフォルダがないし、アイコンの絵も描かれてませんね。だから“妖怪”というなら、古い方が正統だとか、伝統があるんだとか、そういう主張は、あんまり意味がないわけです。いや、平安時代に“妖怪”はいません(笑)。

日野 でも、その頃はアイコンがついたフォルダはなかったし、民俗学ではフォルダにアイコンはつけないんですね。

京極 そうなんですね。平安時代のデータをフォルダに入れてアイコンをつけたのは現代人です。というか、みんなにわかりやすいアイコンがつけられたのは、昭和40年以降、水木しげるさんの仕事だったりするわけです。

日野 なるほど……! 水木先生がエンターテインメントとしての妖怪を確立させていったことを考えても、目から鱗の解釈ですね。僕も『ゲゲゲの鬼太郎』でいろいろな妖怪を知って、妖怪図鑑などを読んでいった口ですから。

京極 最初に名前をつけてフォルダに分類・整理したのは、民俗学なんです。でもアイコンをつけて“妖怪”としてラベリングをしなおしたのはエンターテインメントのクリエイターたちですね。水木さん以降、それまでは“妖怪”フォルダに入っていなかったデータも次々に採用されていったわけで。よく考えてみると、1960年代に作られたフォルダと、2010年代に作られたフォルダにとれだけ違いがあるんでしょう。構造的にはまったく同じです。中のデータも、よく見れば被ったりくっついたりしている。つまり、日野さんが『妖怪ウォッチ』でやられたことというのは、「いまっぽい形の新しくて楽しいアイコン」のフォルダをたくさん作ったということですよね。

日野 京極先生ほどの方に、そう言っていただけるとありがたいです。

京極 『ゲゲゲの鬼太郎』以降、“妖怪”のフォルダは増え続けてるんですが、中のデータの小さな違いを見つけてアイコンを変えてみたり、サーバーの隅に埋もれてたフォルダを掘り出してきてアイコンをつけたりする程度でした。『妖怪ウォッチ』は、新しいアイコンをドカドカ作ったわけですね。クリックしなければフォルダの中には何が入っているかわからないんだけど、とりあえずアイコンだけはドカッと増えた。

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日野 歴史的なデータをそこまで意識して作ったわけではないのですが、妖怪と名乗って新しいフォルダとアイコンを作ったからこそ、奇しくもデータもそこに入ることになったんですね。

京極 そうですね。“妖怪”じゃないと言ってた人は、フォルダの中身がからっぽなんじゃないかと思ったのかもしれない。そうでなければ“モンスター”のアイコンと区別が付かなかったのかも。でも、そうじゃないですね。先ほどのお話だと、モンスターのデータとは質が違ってますから。

日野 質ですか。

京極 アイコンだけ見るとあんまり違いがない気もしますね。特に最近の“妖怪”はカワイイ・おもしろいが優先されがちですし。でも、アイコンは楽しそうでも、フォルダの中身は違う。“妖怪”フォルダには、怖い、気持ち悪い、悲しい、恥ずかしい、カッコ悪いなんかが入ってるんです。モンスターのフォルダにはそうしたものは入っていないでしょうね。

日野 生物学的な情報や。“かわいい”とか“かっこいい”などといった情報が入っている感じがします。

京極 もちろん、境界はあいまいですから明確に区別はできませんが、恥ずかしいとかみっともないとかはない気がします(笑)。それに、文化的・歴史的なデータは多くないでしょう。“妖怪”だと、いやでもそっちのデータの量が膨大になっちゃうんです。例えば“ムリカベ”のアイコンのフォルダには“ぬりかべ”のデータが必ず入っていますよね(笑)。

日野 はい(笑)。

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ぬりかべは福岡県などに伝わる妖怪で、道に突如透明な壁が現れて進めなくなるのは塗壁のしわざだと柳田國男『妖怪談義』にも見られる。『ゲゲゲの鬼太郎』での活躍で広く知られるようになったが、『妖怪ウォッチ』の妖怪“ムリカベ”は、何を言われても「ムリ」と拒否する妖怪として登場している。

京極 フォルダ内に“ぬりかべ”の項目があるなら、海岸で前に進めなくなる現象とか、柳田國男とか水木しげるとか、絵巻の怪物なんかも同時に抱えこむことになるし、恐かったとか恥ずかしかったとか、酔っ払いの言いわけとか、それに関連したくだらないギャグなんかまでが入ってるということになりますよね。そこが大事なんですよ。

日野 それが歴史的な奥行きで、これがあるかないかが、妖怪とモンスターを分けるものだと。

子どもたちは中身を覗く

京極 余談ですが、僕は整理整頓が趣味なんです。で、まあ、なぜかうちには本がたくさんある(笑)。当然、分類して整理するわけですけど、判型やデザインが統一されているものは、きちんと並ぶし、整理しやすいですね。でも不思議なもので、整然と並ぶとですね、“欠け”が気になるものです。規格がぐちゃぐちゃだと少しぐらい足りなくてもダブっていても別に気にならないのかもしれませんが、全10巻で8巻だけないというのは気になる。というか、増やしたくなる(笑)。『妖怪ウォッチ』で、子どもたちが“妖怪”を集めていく楽しさも同じですよね。

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以前TV番組などでも紹介された、京極先生の書斎。1万冊を超える本が特注の本棚に隙間なく整理・分類されて収められています。※撮影・中村規/『絶景本棚』(本の雑誌社)より

日野 子どもたちは妖怪という統一規格のアイコンだからこそ、集めて楽しいと思うんですね。なるほどなあ。

京極 “集める”“そろえる”“埋めつくす”“交換する”って、遊びのひとつの基本ではあるんですよ。“妖怪”以外にもそういうものはありますよね。ただ“妖怪”の場合、アイコンを集めて行くうちに……いつか必ず、アイコンをクリックして、中身を見てしまうんですね。そのときに、奥行きを感じさせる中身が入っているかいないかは、とても大きな違いです。“妖怪”は、フォルダの中身を調べ始めると、それこそどこまでもさかのぼっていけますから。

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『妖怪ウォッチ』シリーズでは、大ヒットした“妖怪メダル”のように、集めたくなる玩具も同時期に発売されている。最新作でも妖怪を召喚するカギとなる“妖怪アーク”が登場。個別に妖怪の姿と名前が刻印されており、コレクションしたくなる?

日野 妖怪が、そういう豊かなものを子どもたちに届けられる可能性を秘めたテーマだったとは思いませんでした。

京極 「『妖怪ウォッチ』のせいで、子どもが全部妖怪のせいにして言うことを聞いてくれないんです」と、よく相談されたんですが(笑)、そのたびに僕は「じゃあ、妖怪を退治すればいいじゃないですか」とお答えしていました。「朝起きられないのは妖怪のせい」ならば、その妖怪を退治したら起きられるはずでしょう(笑)。

日野 妖怪のせいならそれを退治すればいいと。でもぜったい起きられないので、逆に妖怪のせいにしたことで、追い詰められそうな(笑)。

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京極 「退治しといたから、明日から起きろよ」、とか言われたら、逃げ場がない(笑)。でも、本来お化けはそういう使われ方をしてきたものなんですよ。昔っから「よくわからんことはお化けのせいじゃ」でやってきたんだし(笑)。不思議なことだけでなく、悲しいこととかつらいこととか、受け入れられないことは生きていれば必ずあるものですが、“妖怪”は、そういう避けられない理不尽なものごととうまく付きあっていくために生まれたものでもあるわけで、別に教育的指導のためにあるものじゃない。だから楽しむべきですね。楽しまないとゆかいなアイコンはつけられないですよ。

日野 本当にそうですね。だから妖怪の姿には、かわいいかったりおもしろかったりするだけではない感覚があるのかもしれません。

京極 悲しいデータをしまうフォルダのアイコンを、ただただ悲しいアイコンにしたとしたら……二度とクリックしませんよ。この世の中には、忘れちゃいけない悲しみというものもあるし、忘れられない悲しさもあります。でも、そういうものを、楽しさで上書きするというのは悪いことではないと思います。

日野 妖怪というのは、恥ずかしいことをおもしろく見せるとか、悲しいことを楽しくみせるためのアイコンなんですね。

京極 せいぜい「お化けが来るぞ」とおどす程度で、教育的だとか道徳的だとか、そんなものではないです。楽しいものですよ。でも、ただ楽しいだけではないんです。水木さん以降は、子どもたちがクリックしたくなるようなアイコンがあまり作られてこなかった。いまの時代にあった、子どもたちによろこばれるようなアイコンを作ってほしいとずっと思っていたので、『妖怪ウォッチ』を見た時、「やっと出てきたか」と感じましたし、成功してほしいな、と思っていたんですが。

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