ロコ・ソラーレ
代表理事・本橋麻里インタビュー(後編)

本橋麻里がメンバーの前で涙。「真剣に悩んでいる様子を見てたか...の画像はこちら >>
ロコ・ソラーレが2018年平昌五倫で銅メダルを獲得し、日本中が熱狂した。しかし、その裏でチームはさまざまな苦悩にも直面していた。
本橋麻里がその当時を振り返りつつ、カーリング界の未来について語る――。

――本橋さんもロコ・ステラの一員として出場を目指す、第38回全農日本カーリング選手権(2021年2月/稚内)ですが、当初は首都圏(新横浜スケートセンター)で初めて開催される予定でした。しかしながら、新型コロナウイルスの感染拡大の影響によって、開催会場を変更。稚内で行なわれることになりました。

「非常に残念ですが、こればかりは誰も悪くないので仕方ないですね」

――本橋さんは2019年からJCA(日本カーリング協会)のマーケティング委員としても活動。その立場からしても、残念なことかと思います。

「マーケティング委員としては、日々勉強させてもらいながら、選手としての経験を踏まえて、いろいろな意見を出させてもらう機会をいただいています。そして、(カーリングの)マーケティング的には、首都圏での日本選手権開催は非常に重要でした。まずは立地的な部分で、新横浜は東京からも、羽田空港からも、西日本からもアクセスしやすいですから、極端な話、日帰りでも観戦可能なロケーションです。キャパシティも十分ですし、カナダ選手権や世界選手権のように、興行としてのカーリングを成立させる第一歩として、内外からの期待がかかっていました」

――カナダ選手権や世界選手権では、数千人単位の観客が入ります。

「本当に多くの方がカーリングを楽しみにして集まりますよね。そして、会場では選手のサインセッションをはじめ、各種イベントも催されます。

さらに、バーやフードコート、ライブスペースまで入った『Patch』(パッチ)と呼ばれる特設会場も併設されるなど、スポーツとエンターテインメントを上手に融合させたすばらしい雰囲気で大会が進みます」

――観戦においてはいかがですか。やはりカナダの観客は目が肥えているのでしょうか。

「世界一だと思います。平昌五輪もそうでしたし、日本国内でもそうなんですけれど、どうしてもきれいなショット、派手なテイクアウトに拍手が集まりがちですよね。もちろん選手としてはそれもうれしいのですが、カナダのアリーナで運営される大会などでは、ハードなスイープに大きな歓声を送ってくれたりします。細かなプレーを称賛してくれると選手はノッてきますよね。

スタンドを煽る選手なんかもいて、それも見どころです」

――日本選手権などでは、静かな雰囲気で、会場全体に緊張感があります。

「よく、JD(ジェームス・ダグラス・リンドナショナルコーチ)とも『日本のファンは選手に対してのリスペクトもあるし、礼儀正しいから静かに見てくれているけれど、いいプレーが出た時はもっと騒いでもいいのにね』と話したりしていました。ですから、新横浜でのアリーナ開催では、スタンドをもっと盛り上げたいな、と個人的には考えていたんですけど」

――強化という面では、アリーナ開催にはどのようなメリットがあったのでしょうか。

「世界との戦いがより身近に感じられる、と考えています。世界選手権ではアリーナ開催が常ですが、カナダや欧州の強豪は、日本よりもその経験が圧倒的に多いです。日本の場合、カーリング場で開催される日本選手権で勝ったチームが代表になって、渡航して現地に入ってからでないと、アリーナアイスの感覚を得られない。

そこでやっと、世界選手権の準備が始まる感じです。

 でも、日本選手権からアイスアリーナで試合をすることができれば、観客の数であったり、変化の起こりやすいアリーナの氷でのゲームだったり、世界選手権に近い感覚を早くから体感することができます。要するに、日本選手権がそのまま世界へ直結する大会になるのが理想です」

――そうなると、日本選手権が本当の意味での"世界選手権の予選"になるわけですね。

「はい。世界での戦いにいい影響を与えてくれると思っています。そういう意味では、昨年の日本選手権(軽井沢)ではアイスメーカーのハンス・ウーリッヒ氏がカナダから来てくれて、アイスを作ってくれたことも、貴重なことでした。

同時に、新品なストーンとアイスをマッチさせるという、難しい仕事もこなしてくれました。そういう一流のアイスメーカーが手掛けた世界基準のアイスで日本選手権ができたことは、大きな収穫だったと思います」

――その日本選手権では試合のスケジュールも変わりました。

「2019年の日本選手権までは一日4試合だったのですが、2020年からは全体のスケジュールに余裕を持たせて、一日3試合という世界選手権と同じ進行で行なわれました。これによって、ラウンドロビン(総当たり予選)では休息日ができることになりました。実はカーリングという競技においては、この日が意外とターニングポイントになったりするんです。

 序盤で調子が上がらなかったチームが休息日でリフレッシュして、そこから連勝し出したり、逆に連勝していたチームが休息日にアイスを離れることで読みが鈍くなって、調子を落したり、ということがよく起こります。

アイス外も含めて、いかに過ごすか。アイス内外での調整力が問われるようになったことも、"世界仕様"に役立つのではないかと期待しています」

――その日本選手権において、ロコ・ソラーレが4年ぶりの優勝を果たしました。最後の藤澤五月選手のショットが決まったあと、全身で喜びを表現する4選手の姿が印象的でした。やはり前年の大会で中部電力に敗れた悔しさがあったのでしょうか。

「2019年大会は『中部電力さんが強かった』というのが第一。ただ、ロコ・ソラーレにとって、"難しいシーズンだった"というのもあったかもしれません。平昌五輪を終えて、予想をはるかに超える盛り上がりを見せて、チーム関係者全員が準備不足でした。自分たちが欲しているものと、世の中が欲しているものとのズレがあって、集中力が分散してしまった部分もありました」

――本橋さんがよく口にする"4年に一度の副作用"みたいなものが影響したのでしょうか。

「うまく言えませんが、あの盛り上がりを経てしまったら、次は世界選手権で勝つこと、オリンピックでさらにいい色のメダルを獲ることを期待されるのは、自然なことかもしれません。それは理解しているつもりですが、『おめでとう。次、4年後は北京だね』とあっさり言われてしまうと、その間には『日本選手権も、国内大会も、海外ツアーもたくさんあるんだけどな』と思ってしまうんです。期待されることは本当にありがたいことなんですが、オリンピックのメダリストとして求められているものと、自分たちが欲しいものへと向かうスピードとの差があったのは確かだと思います。

 4年という時間は、決して短い期間ではありませんし、その間に何が起こるかなんて誰にもわかりません。勝ち続けることなんてできるわけがないですし、調子が悪い時期だってあります。心身のバランスを崩した時に、選手として機能しなくなるのが、いちばん怖いこと。ですから、今トップでやってくれている4人には、本当に心も体も健康でいてほしいと願っています。そして、その中で見えてくるもの、人生観であったり、カーリングへの向き合い方だったりを大切にしながらプレーしてほしいと思っています」

――優勝した日本選手権を含めて、昨シーズン(2019-2020シーズン)はその辺りの整理ができていたのでしょうか。

「負けたゲームを掘り返すのは、選手にとってはなかなか難しい作業なんですが、きちんと振り返って、その作業ができたのは、あの4人の強さです。悔しかった気持ちと、真っ直ぐに勝ちたいという気持ちと、彼女たちは深いところで両方持っていたのだと思います」

――日本選手権で優勝して、一部報道で本橋さんが泣いたというニュースが出ていました。

「そうです。勝った直後とか、表彰式の時とかではなく、祝勝会で4人に合流した時に、なぜかわからないのですが、母性本能が爆発しちゃったのかな(笑)。昨季はチームにほとんど帯同していなかったので、物理的な距離があったんですけど、みんなで真剣に悩んでいる様子は見てきましたから、思わず涙が出てきたのかもしれません」

――2月にはロコ・ソラーレが連覇を、ロコ・ステラが初出場を狙う日本選手権が開幕します。抱負を聞かせてください。

「がんばります。ただ、私たちだけでなく、他のチームや男子の試合にも注目してください。カーリングが、オリンピックがないシーズンでも、みんなが注目してくれる面白いスポーツであってほしいんです。実際に近年の日本選手権は、そう言うにふさわしい、どこが勝ってもおかしくないハイレベルな戦いになっています。今年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、無観客での開催となりますが、テレビ放送などの画面を通して声援を送っていただければと思います。

 そして、近い将来にまた、文化的にも、競技的にも広がりのある日本選手権を企画していきたいと思っています。そこで、多くのファンのみなさんにお会いできることを願っています」

(おわり)

本橋麻里がメンバーの前で涙。「真剣に悩んでいる様子を見てたから」
本橋麻里(もとはし・まり
1986年6月10日、北海道北見市生まれ。12歳で本格的にカーリングを始め、2006年トリノ、2010年バンクーバーの両五輪に『チーム青森』のメンバーとして出場。2010年夏に『ロコ・ソラーレ』を結成し、2018年平昌五輪では日本カーリング史上初のメダル獲得を果たした。2018-2019シーズンからチームを社団法人化し、代表理事に就任。今季からセカンドチームの『ロコ・ステラ』で選手としても復帰し、活動の幅を広げている。最近、ハマっている食べ物は「干し芋や干し柿など、干したフルーツ全般」