『おちょやん』第19週「その名も、鶴亀新喜劇や」

第94回〈4月15日(木)放送 作:八津弘幸、演出:梛川善郎〉

朝ドラ『おちょやん』悪事にまみれたヨシヲが最期、千代への愛情を語り、千代を救う
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

寛治とヨシヲ

満州から寛治(前田旺太郎)が帰って来た。慰問で働いた給金を毎月仕送りする約束を破り、女と博打に耽っていた寛治を許す千代(杉咲花)

【前話レビュー】セリフを忘れる千之助 またひとり、名優が幕引きしそうな予感……

寛治はヨシヲ(倉悠貴)から預かったビー玉を千代に託す。
それは千代がヨシヲと別れるときに手渡した亡き母(三戸なつめ)の形見だった。

寛治は満州で出会ったヨシヲの話を千代に語る。ヨシヲに助けられて日本に戻ってくることができた寛治は、戦地体験のある万歳(藤山扇治郎)千兵衛(竹本真之)に共感を寄せる。寛治が間に入ることで、家庭劇対万太郎一座でギスギスしていた鶴亀新喜劇もようやくひとつにまとまりそうである。間接的にヨシヲが千代を救ったような、さらにいえば、お母さんが千代を守ったかのような、悲しいけれど心あたたまるエピソードになった。戦争体験を思い出してすすり泣く藤山扇治郎の感情の粘りはさすがの松竹舞台育ちである。


ヨシヲは満州で

「姉やん、うんと気張って、とびきりの喜劇をあんたに見せたるさかいな」
「楽しみやな」

かつてそう言って別れた千代とヨシヲ。念のためおさらいしておくと、千代の弟・ヨシヲは幼い頃は千代に頼ってばかりいる愛らしい子だった。千代が奉公に出たあと、テルヲ(トータス松本)とふたり、苦労を続け、神戸のヤクザに助けられ、そのままヤクザになる。道頓堀買収の仕事で千代と再会。自分を捨てた(と彼は思っていた)千代をずっと恨んでいたと激白するも、その裏には消えぬ愛情があった。

親に恵まれず、お金にも恵まれなかったヨシヲはヤクザとして生きるしかなく、足を洗うことも難しい。そのまま満州で博打屋の店長をやることになり、客に絡まれた寛治を助けた。


若くして店を切り盛りし、荒くれ者をやっつける貫禄と腕っぷしの強さを見せる(アクションの手付きがふわっとして屈強の男をねじ伏せられるそうには見えなかったが、まあそれは仕方ない)。道頓堀の一件では鉄砲玉みたいな役割からたくましく成長したヨシヲだが、屈折した性格は変わらない。

寛治が家庭劇にいたと聞き、「ええ女優さん」がいただろうと振るも、自分からは千代の名前を言い出さない。ルリ子さん、香里さん、と来て、やっと千代の名前が出るとうれしそう。そして、寛治が千代と暮らしていたと聞いて、目を瞠り、一平(成田凌)と結婚していると聞いて、顔がほころんでいく。若い俳優のこういう素直な表現は見ていて気持ちがいい。


千代を裏切ったからもう戻れないと嘆く寛治に、「そないなこと気にせんて、あの女優さんは」と励ますヨシヲには実感が伴う。なにしろ彼も姉に赦されたのだから。

朝ドラ『おちょやん』悪事にまみれたヨシヲが最期、千代への愛情を語り、千代を救う
写真提供/NHK

ヨシヲは千代と再会したときは素直になれなかったが、寛治を通して、千代への愛情と信頼を素直に語ることができた。千代も、ヨシヲの本当の気持ちを寛治から知ることができた。本音を素直に話せない意地っ張りの人たちが、寛治という人物を通して真実を知る奇跡のような救済の物語。悪事にまみれたヨシヲは最期、人を救うことができたのである。


ビー玉の役割

終戦の前日、ヨシヲは日本が負ける情報を仕入れ、寛治を先に逃がす。それまで満州で日本人は好景気に甘んじていたが、敗戦したらガラッと状況が反転する。ヨシヲのおかげで寛治はいち早く逃げることができた。だが、帰りの行程は過酷で、何度も諦めかけたが、ヨシヲに託されたビー玉を千代に渡さなくてはいけない一心で日本にたどりつくことができた。

幼い千代に母が手渡したビー玉が千代を励まし、ヨシヲに渡って、彼のこともたぶん助け、今度は寛治の生きる支えになった。亡くなった母の心が巡り巡って人を救っている。それは母の肉体が亡くなっても生きていることである。
「兄さんそうやってず〜っと生きて行くんじゃ」と千之助(星田英利)万太郎(板尾創路)に言ったことにも通じる。

一平は「これからの時代を担う人たちの芝居を作らなあきまへん」と言い、次回作に、寛治、万歳や灯子(小西はる)に役をつける。ビー玉が手渡されていくように、人と人が芝居を通してもつながっていく。

これってスピンオフ?

寛治とヨシヲの満州エピソードはずいぶん本編から独立した印象を受けるものだった。前作『エール』(2020年度前期)で言うと、本編の途中に「アナザーストーリー」(第12週)として挿入された3本の短編のなかのひとつ「環のパリの物語」のような気配を感じる。

「環のパリの〜」はヒロイン・音(二階堂ふみ)の恩師・双浦環(柴咲コウ)がフランス留学していた時代の恋の話。その他の2作は音の父(光石研)が幽霊になって娘たちに会いにくるエピソードと、主人公・裕一(窪田正孝)たちのたまり場・喫茶バンブーのマスターと奥さん(野間口徹、仲里依紗)の馴れ初めが描かれた。


制作統括の土屋プロデューサーは「アナザーストーリー」の企画意図を「第11週で裕一の人生で一つの節目を迎え、また物語の後半では戦争など激動の時代に突入するので、その前にちょっと遊びの週があってもよいのではないかと思い、企画しました」と語っている。

それまで朝ドラのスピンオフ(番外編)は本編が終了した後、BSで放送されることがあったが、『スカーレット』(2019年度後期)で本編中にスピンオフのようなものが挿入されたときにはネットで驚きの声が多くあがった。この「スペシャルサニーデイ」(第21週)はスピンオフとは公言しないものの、主人公(戸田恵梨香)が出ず、幼なじみ(林遣都、大島優子)などが中心になり、過去を振り返る総集編的なものも入った異例の内容だった。

朝ドラ『おちょやん』悪事にまみれたヨシヲが最期、千代への愛情を語り、千代を救う
写真提供/NHK

これはこれで箸休め的な印象もある一方、本編の流れが削がれるという意見もあり、賛否両論であった。『エール』はあらかじめ特別編とインフォメーションしたが、やっぱり途中に番外編が入ると戸惑いが拭えない。そのせいもあるのか、今回は、スピンオフともアナザーストーリーとも言及しないうえ、あくまで本編の流れのなかのように見せてでも主人公たちがほとんど介入しない、脇役たちが中心のエピソードが長めに入っているという形。いろいろご苦労が忍ばれます。知らんけど。

これまでも本編のなかで脇役にスポットが当たることもあったが、満州話は独立して成立しそうなボリューム感で、それをほとんど寛治の語りで聞かせるというなかなか豪腕な見せ方だった。重要な場面を誰かがセリフで語ることは古代ギリシャ劇からの手法ではある。前田旺太郎が巧いので、その語りには哀切があった。

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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami