『おちょやん』第5週「女優になります」

第22回〈1月5日 (火) 放送 作:八津弘幸、演出:盆子原誠〉

『おちょやん』千代のモデル・浪花千栄子をいま一度復習
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

いま一度、千代のモデルの浪花千栄子情報を復習

朝ドラこと連続テレビ小説『おちょやん』は主人公・千代(杉咲花)が女優になるお話である。

【前話レビュー】散々な18年を生きてきた千代が次にたどり着いたのは京都のキャッキャウフフなキャバレー

千代にはモデルがいる。浪花千栄子という人物で、演劇からキャリアをはじめ、映画女優になり、名バイプレイヤーとしてテレビやCM(オロナイン)で活躍した。
『エール』の主人公・裕一(窪田正孝)のモデル古関裕而ほど残された資料は多くないが、1965年に出版された自伝『水のように』が、『おちょやん』放送に合わせて復刻されている。

それを読むと、貧しい家に生まれ、父親に搾取されてきたことはドラマと同じ。でも京都に来たのは、ドラマのように偶然に導かれたのではなく、「そうだ、京都へ行こう」と自主的にやって来たことがわかる。本に「そうだ、京都へ行こう」と書いてあるのを読んで、長塚京三の声の(いまは柄本佑)JRのキャッチコピーのようだと思った。あれは「そうだ、京都行こう」だが。93年に誕生した名コピーよりも前に、浪花千栄子が「そうだ、京都へ行こう」と書いていたと思うとなんだか感慨深い。


『おちょやん』千代のモデル・浪花千栄子をいま一度復習
写真提供/NHK

浪花千栄子は、大阪の仕出し弁当屋、造り酒屋、材木屋……と転々とし、その度に父親に給金を搾取され、辛抱たまらず、父の目の届かないところへ飛び出した。それが京都だった。

<第一、父の言いなりになっていては私は、取り柄のない、人形のようなばかな女になってしまうだろう>という一文が著書にある。『おちょやん』では、その「人形」という言葉を抽出し、当時、上演されていた演劇『人形の家』で描かれていたテーマと重ねて描いたようだ。

カフェのテーブルに置かれた映画のチラシに載っていた高城百合子(井川遥)がその昔、『人形の家』に主演し、それを観た千代が感激して演劇に興味を持つ。千代の自立と演劇への関心をうまく重ねる冴えたアイデアである。


京都へ来た浪花千栄子は、口入れ屋に紹介されて伏見・深草のカフェで働くことになる。ここはドラマもモデルにほぼ忠実。モデルと違うのは、千代が東京から来た映画会社の社長・黒木(ヨシダ朝)に「女優にならへんか」と」いきなり誘われることだ。いきなりトントン拍子?と思わせて――

女優? 女給?

黒木は詐欺師だった。ターゲットの川島貿易社長(植栗芳樹)の好みの顔である千代を主演にすると言って、大金一万円をせしめようと図ったのだ。

この件で、千代がさほどぬか喜びしないことと、ひどい損害をくらうこともなく、傷が浅かったことは救いである。カフェで働き始めた一日目で、いきなりの大抜擢で、女優(三流!?)の洋子(阿部純子)や、女優志望の真理(吉川愛)などが悔しがるなか、得意げになっていたらまったく痛かった。
でもそうではなかった。

『おちょやん』千代のモデル・浪花千栄子をいま一度復習
写真提供/NHK

千代は慎重であった。実際に俳優を芝居茶屋で観て来ているからそんなカンタンではないことをわかっているから、黒木の話に半信半疑。女優に限らず、女給の仕事だって大変だ。でも女優の仕事に興味はある。女優? 女給? 女優? 女給……と頭がこんがらがっていく様をおもしろおかしく見せることのほうが主に描かれ、詐欺事件といっても、比較的、気楽に見られた。


千代は黒木の申し出に二つ返事しないで、一回間を置くと、詐欺事件が発覚。訪ねて来た警察に、千代はけろっとした顔で笑う。とはいえ……。

舞台照明を浴びているようだった

詐欺事件が発覚した日、器用な接客で、くるくると働く千代。うまいこと言ってお客を転がしていく。色気ではなく頭脳勝負で。

営業が終わり、片付けし、ひとり暗くなった店内に佇む千代。
天窓から差し込む白い月明かり(おそらく)に包まれて、千代は涙をぬぐう。シンデレラストーリーを夢見ないわけでもなかっただろう。しかも自分が選ばれた理由は単に社長好みの「顔」であったことも悔しいに違いない。

続きを観てからでないとはっきりしたことは書けないけれど、女性の能力ではなく「顔」でしか見られないことは現代社会でも問題になっている。ただ、俳優の場合、見た目も大事。それは美人だからいい、そうでないからだめということではなく、役に合う合わないは厳然としてあること。
それに沿っていくのも仕事である。千代だからできる“役”を獲得する日がきっと来る。

暗いカフェキネマのなかに一筋の灯りという、まるで舞台空間のような演出は、千代が女優になるお話であることに合わせたものだろう。「この世は舞台、ひとは皆、役者」と書いたのは、シェイクスピア(『お気に召すまま』より)。カフェー・キネマも、男性客の好みに合う女性を、女性たちが演じて、サービスしている。さながら演技空間なのである。

黒木が千代を連れて行った鶴亀撮影所の守衛を演じているのは、三代目・渋谷天外。浪花千栄子の夫は二代目で、その息子である(ただし浪花千栄子の子ではない)。『おちょやん』で須賀廼家天晴を演じている渋谷天笑の初代でもある。なんだか複雑な関係がドラマのなかにも渦巻いていて、関西演劇界のファミリーヒストリー的な楽しみ方もできる。

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■杉咲花(竹井千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
■西村和彦(宮元潔役)プロフィール・出演作品・ニュース
■阿部純子(若崎洋子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■朝見心(純子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■ヨシダ朝(黒木社長役)プロフィール・出演作品・ニュース
■井川遥(高城百合子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■三戸なつめ(竹井サエ)プロフィール・出演作品・ニュース
■杉森大祐プロフィール・出演作品・ニュース
■渋谷天外(守衛・守屋役)プロフィール・出演作品・ニュース
■桂吉弥(黒衣役)ニュース


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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami