News Release

最長寿齧歯類ハダカデバネズミでは 老化細胞が細胞死を起こすことを発見

種特有のセロトニン代謝制御が鍵

Peer-Reviewed Publication

Kumamoto University

image: A naked mole rat being bred at Miura Laboratory, Kumamoto University view more 

Credit: Yoshimi Kawamura and Kyoko Miura from Kumamoto University, Japan

(ポイント)

  1. 老化しにくい齧歯類ハダカデバネズミの繊維芽細胞に細胞老化を誘導すると、老化細胞が細胞死を起こすことを初めて発見しました。
  2. 老化細胞の細胞死には、ハダカデバネズミ特有のセロトニン代謝と過酸化水素(H2O2)への脆弱性が寄与していること、また線維芽細胞レベルで見られるのみならず、ハダカデバネズミの体の中でも見られることが分かりました。
  3. ハダカデバネズミにおける生来的な老化細胞除去機構の研究をさらに進めることで、より安全な老化細胞除去・抗老化方法の開発につながると期待されます。

 

(概要説明)

 熊本大学大学院生命科学研究部 老化・健康長寿学講座の河村佳見助教及び三浦恭子教授らの研究グループは、慶應義塾大学、広島大学、京都大学、星薬科大学、国立感染症研究所並びに熊本大学国際先端医学研究機構(IRCMS)、同大学大学院生命科学研究部分子生理学講座及び形態構築学講座と共同で、老化耐性・がん耐性齧歯類ハダカデバネズミにおいて、老化細胞が種特異的メカニズムにより細胞死を起こすことを明らかにしました。一般に老化細胞は、不可逆的に増殖を停止した細胞で、細胞死を起こしにくく、加齢に伴い組織中に蓄積します。蓄積した老化細胞は、様々な炎症性タンパク質などを産生することで、組織の炎症、老化、そして癌を含む様々な加齢性疾患の発症を促進することが報告されてきました。ハダカデバネズミは最大寿命が37年以上の最長寿齧歯類であり、老化及び発がんに対して耐性を持つことが知られています。しかしこれまで、ハダカデバネズミにおける老化耐性のメカニズムについては、ほとんど明らかになっていませんでした。今回、本研究グループは、ハダカデバネズミ線維芽細胞に細胞老化を誘導すると、老化細胞がヒトやマウスなどの他の種では見られない細胞死を起こすこと、そのメカニズムとして種特異的なセロトニン代謝と過酸化水素(H2O2)への脆弱性が寄与していること、さらに同様の機構が生体内でも生じていることを明らかにしました。本機構は、生体内での老化細胞の蓄積を防ぐことで、ハダカデバネズミの老化耐性、ひいてはがん耐性にも寄与している可能性があります。近年、老化細胞を除去し、老化状態を改善する「senolytic drug(老化細胞除去薬)」の開発が進められています。しかし、老化細胞には多様性があり、組織修復など生体の恒常性維持に寄与する老化細胞も報告されていることから、老化細胞除去の安全性には議論もあります。一方、老化耐性・がん耐性の特徴をもつハダカデバネズミは、生来的に老化細胞を除去する特徴を進化の過程で身につけていると考えられます。ハダカデバネズミにおいて、いつ、どのような老化細胞が除去されているか、今後さらに研究を発展させることで、ヒトにおいてどのような老化細胞をいつ、どのように除去するべきかなど、より安全な「senolytic drug」の開発に貢献することが期待できます。

 本研究成果は、科学雑誌「The EMBO Journal」に2023年X月X日に掲載されます。本研究成果は、国立研究開発法人科学技術振興機構「創発的研究支援事業」及び「戦略的創造研究推進事業(さきがけ)」、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 老化メカニズムの解明・制御プロジェクト「老化研究推進・支援拠点」、文部科学省科学研究費助成事業などの支援を受けて実施したものです。

 

(説明)

[背景]

 ハダカデバネズミ(以下「デバ」という。)は、アフリカのサバンナの地下に生息する顕著な老化耐性・発がん耐性を持つ最長寿齧歯類です。その最大寿命は37年以上であり、同程度の体格であるマウスの10倍程度長命です。

 これらの特徴から、デバは医学生物学分野の新たなモデル動物として近年注目を集めています。しかしこれまでデバの老化耐性に関しては、培養細胞レベルでのストレス耐性やDNA修復機構、タンパク質の安定性や翻訳の正確性などが調べられてきましたが、実際にデバの体内の老化耐性に寄与するメカニズムについては、ほとんど明らかになっていませんでした。

 ヒトやマウスなどの研究において、細胞老化は、様々なストレスによって引き起こされる細胞の不可逆的な分裂停止状態であり、異常細胞の増殖抑制に寄与していると考えられています。一方で、老化細胞は細胞死を起こしにくく、加齢に伴い組織中に蓄積すると、炎症性タンパク質などを産生することで、組織の炎症や老化、がんなどの加齢性疾患を促進することが報告されてきました。これまでの研究で、デバの線維芽細胞は様々な状況で細胞老化することが分かっていましたが、加齢したデバの組織では老化細胞の指標となる遺伝子の発現が低いことから、何らかの機構により老化細胞の蓄積が抑制されているのではないかと考えられていました。そこで本研究では、デバの老化細胞がどのような運命をたどるのかを調べるために、寿命が2-3年と短命で細胞老化及び個体老化を起こすマウスと比較して、解析を行いました。

 

[研究の内容]

 マウス及びデバの線維芽細胞に、DNA傷害剤であるドキソルビシン(DXR)*1を低濃度添加し、細胞老化を誘導して経時的に解析しました。その結果、両方の種で細胞老化の特徴が見られたものの、デバ細胞でのみアポトーシス*2を含む細胞死が徐々に増加することを発見しました(図2)。この細胞死は、細胞老化に重要な役割を果たす遺伝子INK4a*3を人為的に発現させた場合にも起こること、また、急性のアポトーシス誘導に重要なp53遺伝子*4ではなく、INK4aの下流で働く遺伝子で、細胞老化に重要なRB遺伝子*5が寄与していることが判明しました。

 細胞老化誘導時の代謝産物を調べた結果、老化していないデバ線維芽細胞においては、マウスでは見られないセロトニンの蓄積が生じており、細胞老化するとセロトニンが減少し、その代謝産物である5-hydroxyindoleacetic acid (5-HIAA)が増加していました。セロトニンから5-HIAAへの代謝経路においては、モノアミン酸化酵素(MAO)が働き、大量の過酸化水素(H2O2)を同時に産生することが知られています。実際、老化したデバ細胞ではマウスとは異なり、このモノアミン酸化酵素のタンパク質量が増加していました。

 これまでの他グループの解析において、デバはH2O2を水に還元する抗酸化酵素(グルタチオンペルオキシダーゼ)の活性が著しく低く、デバ線維芽細胞は通常酸素条件での維持が困難であり、マウスに比べてH2O2に顕著な脆弱性を示すことが知られています。そのため、老化誘導時に上記代謝経路の活性化で生じるH2O2によって、デバのみに細胞死が引き起こされている可能性が考えられました。そこで、細胞老化を誘導後、H2O2を含む活性酸素種を抑制する抗酸化剤、もしくはモノアミン酸化酵素阻害剤を添加したところ、デバの細胞死が有意に抑制されました。これらの結果から、老化誘導後のデバ線維芽細胞の細胞死には、モノアミン酸化酵素が重要な役割を果たしていることが判明しました。

 さらに、デバ生体内でも同様の機構があるのかを解析するために、DNA傷害剤であるブレオマイシン*6を肺に投与し、細胞老化を誘導しました。その結果、急性の細胞死はマウス及びデバの両方で起こりましたが、マウスでは老化細胞の蓄積が見られる21日目において、デバでのみ細胞死が有意に増加しました。さらにモノアミン酸化酵素阻害剤をデバに投与したところ、細胞死が抑制され、細胞老化が増加しました。これらのことから、デバの肺において、モノアミン酸化酵素を介した細胞死が、老化細胞の蓄積抑制に寄与していると考えられます。

 

[成果]

 本研究により、デバでは個体の老化を促進する老化細胞が、種特異的なセロトニン代謝調節とデバ特有のH2O2への脆弱性によって細胞死を引き起こすことが分かりました。さらに、個体内でも同様の機構が働き、老化細胞の蓄積抑制に寄与していることが示唆されました。

 

[展開]

 近年、老化状態を改善するために、老化細胞を除去する「senolytic drug(老化細胞除去薬)」の開発が進められています。しかし、老化細胞が生体の恒常性維持に寄与する面も報告されており、老化細胞除去の安全性には議論があります。一方、デバは、進化の過程で生来のH2O2への脆弱性と、「セロトニン代謝スイッチ」を協調させ活用することで、種特有の生来的な老化細胞を除去する特徴を身につけたと考えられ、安全性の高い老化細胞除去システムを獲得していると考えられます。今後さらにデバにおける老化細胞除去機構の研究を発展させることで、ヒトにおいてどのような老化細胞をいつ、どのように除去するべきかなど、より安全な「senolytic drug」の開発への貢献などが期待できます。

 

[用語解説]

線維芽細胞:保湿、弾力性維持及び細胞外基質の産生などの皮膚の基本的な機能を担う重要な細胞。皮膚の機能解析又は再生医療研究の素材及び化粧品開発など、幅広い研究に有用である。

過酸化水素(H2O2):水素と酸素の化合物の一つ。過酸化バリウムに酸を作用させると得られる。漂白剤や殺菌剤などにも用いられる。

※1 ドキソルビシン(DXR):抗がん剤の1種。DNAの塩基対に入り込み、DNAの合成や複製、転写を阻害する。

※2 アポトーシス:プログラムされた細胞死機構の1つ。アポトーシスを起こした細胞は、核や細胞質の断片化が起きるが、細胞膜が保たれているので細胞内の成分が漏れ出さず、炎症を伴わない。

※3 INK4a:サイクリン依存性キナーゼ阻害因子の1つ。細胞周期に重要なサイクリン依存性キナーゼを阻害し、後述するRBを脱リン酸化して細胞周期の停止をもたらす。

※4 p53:細胞がストレスやDNA損傷などを受けると活性化するがん抑制遺伝子の1つ。DNA修復や細胞増殖停止、アポトーシスなどを誘導する機能を持つ。

※5 RB:がん抑制遺伝子の1つ。細胞周期進行時にはサイクリン依存性キナーゼによりリン酸化され、不活性化しているが、INK4aによりサイクリン依存性キナーゼが阻害されると脱リン酸化し、細胞周期進行に重要なE2Fと結合して阻害し、細胞周期を停止させる。

※6 ブレオマイシン:抗がん剤の1つ。DNAの切断を誘発する。


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