日本中がラグビー熱に沸いた“一生に一度の夢の時間”…ラグビーワールドカップ2019日本大会も2019年11月2日(土)、日本代表が準々決勝で惜敗した南アフリカ共和国代表の優勝で幕を閉じました。そして11月も後半へと突入した現在ですが…いえいえ、ラグビー熱はまだまだ平熱などには戻ってはいません(笑)。現在は大学ラグビーが、クライマックスを迎えようとしています。

 2019年11月23日(土)には関東大学対抗戦Aグループのクライマックスのひとつ、早慶戦が開催され、17-10で早稲田が勝利。また翌24日(日)には、2018年の大学日本一を奪還し、2019年も優勝候補筆頭である明治大学が2009年から2017年まで大学日本一9連覇を成し遂げている強豪・帝京大学との一戦を迎え、40-17と大差で明治が勝利しています。

 そう、微熱どころでもありません! 12月1日(日)に迎える全勝同士の対決となる明早(早明)戦が、楽しみでたまらない方も少なくないでしょう(結果は、36-7で明治の勝利。でも、11月24日に行われたアメフトの早明戦は、27-14で早稲田の勝利ですので…)。

 このように俄然、ウェブ上では「ラグビー」というキーワードが飛び交い続けるタイミングで、前回は俳優としてインタビューした天野義久さんに、学生時代にならしていたラグビーネタでインタビューを再度行わせていただきました。内容はもちろん、11月2日に幕を閉じたラグビーワールドカップ2019日本大会の振り返りとともに、これからのラグビーへの展望になります。

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Jun Tsukida//Aflo
1993年12月5日(日)、関東大学対抗戦最終日で伝統の早稲田大学対明治大学との一戦が東京・国立競技場で行われました。その試合で、背番号7ポジションFL(フランカー)で試合に出場した明治大学3年時代の天野義久さん(写真中央でボールをキープ)。もちろん結果は14-21で明治の勝利。その後の全国大学選手権も決勝で法政大学に41-12で勝利し、大学日本一となっりました。

 天野さんは國學院大學久我山から明治大学、さらにはサントリーそして日本代表…と、ラグビーのエリート街道を歩んできた男。明治大学時代の1991年~1994年の4年間は対抗戦で無敗を誇り、全国大学選手権で1991年と1993年と2度の優勝をはたしています。

 そんなトップクラスのラガーマンであり、日本代表の先輩だからこそ聞ける今大会を本音で振り返ります。「実際、このラグビーワールドカップはどうでしたか? 天野さん」という質問で、インタビューは始まりました…。

Japan v South Africa - Rugby World Cup 2019: Quarter Final
Richard Heathcote - World Rugby//Getty Images
2019年10月20日(日)、東京スタジアムで行われたラグビーワールドカップ2019準々決勝で、南アフリカ代表に3-26のスコアで惜敗。しかし、目標のベスト8をクリアした日本代表は悔しくも晴れやかな表情で、試合後の記念撮影に臨んでいました。

天野さん/ 自国開催大会で予選全勝でベスト8。日本代表が日本列島を巻き込み、こんなに盛り上がって素晴らしいワールドカップをみせてもらいました。大会自体が大成功をおさめ、本当に良かったと思っています。実は当初、ここまで成功するとは思っていなかったので…。

編集部/実は僕もです。なぜなら、日本代表初戦であるロシア代表戦の結果が出るまでは、東京の街ですらラグビーの「ラ」の字も会話に出てこない感じで…。ひっそりとしていましたので。

天野さん/それは酷いですよ、「グ」の字くらいまでは飛び交っていましたよ(笑)。しかし僕の回りはラグビー関係者が多いので、「グ」だったのかもしれません。世間的には、「ラ」が正しかったのかもしれませんね。今回も確認できましたが、やはり下馬評から考えると、弱者が強者を倒すというエネルギーものは途轍もないパワーとなり、大きなムーブメントをつくるものなのですね、再確認できました。

それこそ詳細はわかりませんが、最初のほうでは大会運営に関しても、ネガティブな要素ばかりが目立っていましたので…。国立競技場が使えなくなって、開催地が日本じゃなくて南アフリカが手を上げて、移るみたいな話も浮上したようですし。でも結局、競技場の面などワールドラグビー(ラグビーユニオンの国際競技連盟が認めてくれて、開催できることになったわけですから。

ネガティブな発進だったんですよ。「日本はラグビー後進国なのに、大会は盛り上がるのか?」という疑問や、代表強化に関しても強化の為に作られたはずのサンウルブズに日本代表選手が出ていないとか、大会前の対外試合が少ないとか、様々な意見が出ていました。

Japan v Russia - Rugby World Cup 2019: Group A
Cameron Spencer//Getty Images
2019年9月20日(金)の開幕戦で日本代表は、松島幸太朗選手のハットトリックなどの活躍で30-10でロシア代表を撃破。

編集部/やはり天野さんも、そんな日本でラグビーがこれだけ盛り上がったのは、第一戦のロシア代表戦での勝利が一番の起因だと思いますか?

天野さん/ラグビー日本代表のファンと言いますと、前回W杯で南アフリカ代表に勝つことで「ジャイアント・キリング」みたいなストーリー性も加わり、一般の方にもラグビーの魅力を伝えるいい機会となりました。これも根本にある起因のひとつだと思います。ラグビーは、非常にコアなファンがいるスポーツでもあります。そんな方々を「オールドファン」と呼ばせていただくなら、この「オールドファン」に2015年のイギリス大会から新世代のラグビーファンも加わりました。

まさに、ラグビーファンの底上げにも成功した…と言ってもいいでしょう。当初は前回大会を超えることはできないのでは? やっぱりベスト8は不可能では?とういうムードもありましたが、とは言え、ワールドカップ開幕近づくにつれ期待値が徐々に膨み、そのオールドと新世代のファンが密に盛り上がっていったことが今日のラグビーブームの火付け役になってくれたと思います。

そうして迎えた大会初日、2019年9月20日の東京スタジアムにて19時45分すぎに、日本代表対ロシア代表の一戦がキックオフされました。その開始早々は「おいおい大丈夫か?」「これで勝てるの?」みたいな出だしだったわけです。自国開催の開幕戦ですから、選手・スタッフすべてが緊張していたのは確かでしょう。そして、ふたを開けてみると、 内容への思いは人によって様々だと思いますが…結果としては勝利。これがファーストインパクトですね。

天野義久, ラグビー
SetsuoSugiyama

編集部/はい、あの勝利で僕も、「ベスト8」という言葉が単なる願いの言葉でなくなりました。

Japan v Ireland - Rugby World Cup 2019: Group A
Stu Forster//Getty Images
9月28日(土)に開催された日本代表第2戦は、当時世界ランキング2位のアイルランド代表でした。予選プール通過のためには絶対負けられない試合。これを日本代表は見事に、19-12で勝利したのでした。

天野さん/そうでしたか。僕はあの初戦の内容だけでは、まだまだベスト8を前向きに語れる状況にはならなかった。しかし、その次に迎えた2019年のヨーロッパチャンピオン、世界ランキング2位のアイルランド代表戦に勝ち、あの勝利で「ベスト8」という言葉が呪文ではなく、確固たる活字となって可能性の火が点りました…。そして、サモア戦に勝ったときには、その火はボーボーと燃え上がりましたよね(笑)。「あれ、日本代表、もしかしたら…」みたいな空気が、日本全体から流れてきたような感じになりました。これがセカンドインパクトと言っていいでしょう。

ラグビーを盛り上げる下準備も整えられた上で、理想の筋書きで予選のステージもクリアする…という感動的なストーリー展開で日本代表は進んでいったわけです。まさに、ラグビー劇場は(いい意味で)炎上していったわけですよ。

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そして10月13日(日)に行われた予選プール最終戦、決勝トーナメントをかけたスコットランド代表戦のテレビ視聴率は、凄い数字になりました。平均で39.2%、瞬間最高視聴率はなんと53.7%を記録しています。

「いい試合内容で勝利し、その感動を共有できれば、ファンというのは確実に増えていくもの」と、スポーツビジネスにおける成功の条件を具体的に体感できましたね。これがサードインパクトとなり、完全に日本はラグビーで盛上がったわけです。

Japan v Scotland - Rugby World Cup 2019: Group A
Stu Forster//Getty Images
稲垣啓太選手のワールドカップで初トライ、さらに福岡堅樹選手の3試合連続トライなどで4トライを獲得した日本代表。結果は28-21で勝利し、決勝トーナメント初進出。目標のベスト8を成し遂げました。

編集部/ではここで、具体的な試合内容も聞きたいのですが、その前に…。ぜひとも天野さんの現役時代の話をうかがいたいですね。学生時代は、明治大学の黄金期でもあったじゃないですか。当時は芝の上で、この大会のような観客席の興奮をグランドの上から実感していたのですね?

天野さん/ワールドカップと比べては大変な失礼になりますよ。でも、僕の学生時代は早稲田・慶応・日体・筑波と、大学ラグビーはほぼ全試合テレビ放送していたほど、大学ラグビーは人気のスポーツでしたね。明治ラグビーは先輩方が築いてくださった歴史があり、人気のあるチームでした。秩父宮ラグビー場で試合をすれば、およそ2万人の観客が集まって来てくれていました。国立競技場で行われる試合はすべて満員でしたし…。

早明戦はもちろんですが、1月2日の大学選手権の準決勝以上の試合は、6万人を超えるファンが集まる試合ばかりでしたね。6万人の観客が見つめるスタジアムでプレイする経験って、どの競技でもなかなかできるものではないと思います。ロッカールームから出て、スタジアムに入る前にチーム一丸となり、肩を組み部員全員で取り組んできた厳しい練習を思い出しながら気合を入れるわけですが、すると体からは熱気で湯気がたち始めます。

そして数段の階段を上ると、陸上トラックと芝生の向こうに客席が目に入るのですが、6万人が埋まる客席は圧巻で、客席を360度見渡しながら芝生の匂いを感じ、試合を待つ興奮した観客の声援を受けると鳥肌が立ちます。極端な話、「この試合で死んでもいい」とも思える境地になるわけです。

いま振り返ると、本当に素晴らしい経験をさせてもらいましした。

大学選手権も2戦目3戦目ぐらいからは、NHKで全試合放送していたりしていましたし…。オール早慶明といったOB戦まで、NHKで放映していましたよ。また、早明戦の1週間前は早明ウィークといったスポーツニュース、スポーツ新聞が特集を組み、グランドもメディアの方と、それを楽しみにするファンの方が大勢駆けつけてくれて大変なことになっていました。

そんな状況ですから、早明戦や大学選手権準決勝、日本選手権は部員でもチケットは取ることはできず、1年生や試合に出場しない部員は渋谷・新宿などにあるそれぞれのチケット販売店にファンと一緒に、徹夜で並んで購入するくらいのプレミアチケットだったわけです…。

Japan v South Africa - 2019 Rugby World Cup Quarter-Final
Ramsey Cardy//Getty Images
2019目10月20日(日)、ラグビーワールドカップ日本大会決勝トーナメント準々決勝の第四戦である日本代表対南アフリカ戦が東京都・東京スタジアムにて19時15分すぎにキックオフ。この日の観客数は4万8831人と発表されています。

天野義久の明大現役時は、
国立競技場は6万を超えるほど人気

編集部/天野さんの入学は1991年ではないですか? 明治ラグビーが負け知らずだったころですよね?

天野さん/うですね。4年間、対抗戦は全勝でしたね。でも、2年生のときのベスト8と4年生のときは決勝で負けました。2年生のときは、ベスト8で法政に負けたんですよね。あれはショックでしたね。また、4年生のときは脳震盪になり、最後のほうは記憶が飛んでる部分もあるのですが、自分たちの代で優勝できない悔しさから、しばらく立ち直れなかったことを覚えています。

編集部/42対18の…。あのころ一時期だけ(と言っては失礼ですが)、法政が強かったときありましたね。

天野さん/確かにあの当時の法政は、すごいメンバーがそろっていたんですよ。とは言え、明治も同様に選手層が厚くFW、BK共にバランスの取れているチームだったので…。まさかベスト8で負けてしまうのか…と思いながら試合をしていましたね。

今大会の決勝では、
観客は7万人を越えた…

編集部/今回のワールドカップの決勝戦では、横浜国際総合競技場には日本代表戦でもないのに、7万人を超えたとのことですが…。

天野さん/なんせワールドカップですから、決勝は世界中の人が見に来たくてしょうがない試合なので。10万人規模のスタジアムだとしても、満員御礼になったでしょうね。

だからこそ、国立競技場は間に合わせるべきだったと思うんですよね…。日本がアジアはもちろんのこと、世界のラグビーシーンをリードする姿勢も発信できたのでないかと思います。相当の予算を使って建設をしているわけですし、オリンピックにつなげる役割は大きくはたせたと思います。

やはりそうやって、日本のスポーツの聖地である地で、さらにその上に歴史を積み重ねていくべきだったと思いますね。これはスポーツの世界だけでなく、日本の文化の発展にとっても損失であったと思いますね。

決勝戦は僕も観に行きましたが、世界中から来られた観客が多く、「ここは日本ではない」と錯覚させるようなスタジアムの雰囲気ができ上がっていて、もし国立競技場の完成が間に合っていれば、ラグビーの聖地として呼ぶにふさわしい環境になったのでは…と感じました。

Tokyo 2020 Olympic Venue Tour
Matt Roberts//Getty Images
2019年7月3日(水)に、新国立競技場の建設工事現場が各メディアに公開されたときの写真。この時点で、47都道府県の木材を使用した軒ひさしの工事が完了したとのこと。11月末の完成予定に向け、工事は9割程度まで進んでいるとの報告がされました。

編集部/そうですね、僕もちょっと残念に思いました。1964年の東京五輪のシンボルである国立競技場に、新たにラグビーワールドカップ2019の名場面が刷り込まれ、そして、そんな日本のスポーツの聖地で展開される2020年の東京五輪を想像すると…。

天野さん/そうなんです。やはりスタジアムに残る名場面ってあると思います。ですが、今大会の各競技場および競技場を有する街の皆さんの活躍は素晴らしかったですね。日本らしいおもてなしの心で選手や海外からのファンたちを温かく迎え入れていた様子は、海外メディアでも多数取り上げられていました。これは、国立競技場が間に合わなかったマイナス要因を、ここで大きく挽回する素晴らしい遺産となりましたね。「お辞儀」のブームは、なんかうれしかったです。

編集部/やはりそれで、スポーツは人の心を動かす素晴らしい活動なんだって、僕も再確認させていただきました。でも、1964年の東京五輪のシンボルである国立競技場に、ここで新たにラグビーワールドカップ2019の名場面が刷り込まれる…。そして、そんな日本のスポーツの聖地で2020年に再び東京五輪の開会式が…って考えると、今回の国立競技場の工事はなかなか感慨深いものですね。そんな国立競技場での思い出も多い天野さん、うらやましいです! 明治大学ラグビー部の時代の90年代は、まさに「重戦車」と呼ばれていた全盛期ですよね、フォワード戦の明治と言われていたあの…?

天野さん/はい。ですがその前に、「スポーツは人の心を動かす」ということについて話をさせてください。今後は世界的に、AIが世の中を動かす中心となって広まっていくことになるわけですが、そういう時代だからこそ、人工知能にはできないであろう人の心を動かすことのできるスポーツや芸術表現などの文化活動の価値はさらに評価を受けるようになると思うんです。

話をラグビーに戻します。明治はフォワード戦を重視すると言いますか、最短距離で前へ行く、そして真っすぐ押しきって勝つことが哲学だと言っていいかもしれません。ですが2000年代に入ると、そんな明治も早稲田にスクラムで押されるようになってしまうのです…。

1995年1996年と明治は2年連続で大学日本一になりましたが、それ以来、明治は優勝から遠ざかってしまったのが現実です。そしてようやく…2019年の正月、22年ぶりに王座を奪還したときには、OBとして実に嬉しかったですよ。

編集部/しかしその当時は、学生ラグビーのほうがスタジアムを満杯にしていましたね。国立競技場の観客動員数の記録を調べれば、1位は当然ですが、1964年10月24日の東京オリンピック閉会式で入場者数7万9383人。2位は同じく東京オリンピックで、開会式の7万4534人が2位。そして3位にはラグビーになりますから…。1982年12月5日開催された関東大学ラグビー対抗戦、早稲田大対明治大での入場者数は6万6999人を記録していますよ。


天野義久,ラグビー
SetsuoSugiyama

天野さん/1982年の早稲田なら、僕の高校とサントリーの先輩である本城(和彦)さんがSO(スタンドオフ)で活躍していた時代ですね。当時は消防法なども現在ほど明確ではなく、客席の通路にも人を座らせていたそうです。なので座席数よりも多くの観客が入り、立ち見も出ていたそうですが、時代の流れで座席数以上に観客は入れなくなったと聞きました。あのころは凄い人気だったようですね。やはり人気選手がクローズアップされ、その人が活躍しながら強い…というスポーツは人気になるものですね。今回のラグビーW杯でも、それが確認できたと思います。

前回大会は五郎丸というスター選手が生まれましたが、今大会はキャラクターが立っている選手が複数いて、男前もいて(笑)それぞれの選手が各メディアで代表選手がクローズアップされるようになって、ファンがつきますよね。その上で、「ベスト8」という実績を残せば、人気はさらに高まるものなんですね。それを肌で感じることができました。

編集部/ではここで、日本代表のこれまでの進化についてお訊きしたいのですが。天野さんの時代と、ラグビーの仕方が変わったのですかね? 2015年のワールドカップイギリス大会を目指して、ラグビー日本代表HC(ヘッドコーチ)にエディ・ジョーンズが抜擢されたことが契機と言えますか?

天野さん/今大会でも日本代表のシンボル的存在であった甲冑(かっちゅう)をご存知ですか?
 

編集部/はい、知っています。2018年から選手たちの士気を高めるために合宿先にも帯同した、あの赤い兜ですよね?

天野さん/はい。その甲冑の名前は「カツモト」って言いまして、その名前は映画『ラストサムライ』(2003年公開)で渡辺 謙さんが演じていた勝元盛次からインスパイアされた名前で選手が決めたそうです。

Japan v South Africa - Rugby World Cup 2019: Quarter Final
Stu Forster//Getty Images
2019年11月2日(土)、ラグビーワールドカップ2019決初戦を観戦する俳優・渡辺 謙さん。

編集部/なるほど、そこまで知りませんでした。決勝戦にはスタンドで観戦していましたね。

天野さん/実は、謙さんは日本代表にサプライズで招待をされ、選手が宿泊していたホテルに応援に駆けつけてエールを送られました。本当はスコットランド戦の前日に行く予定でしたが、台風の影響もあって横浜の宿泊先に行ける状況ではなく、結局、南アフリカ戦の前日に行くことになりましたが、僕も一緒に行かせていただきました。選手は大喜びでした。

僕も知らなかったのですが、その甲冑「カツモト」の脇には、日本代表でMVPを取った選手の名前が刻まれた刀があり、その中には2015年の南アフリカ戦のときの選手の汗を拭いたタオルが、ミーティングルームには歴代の選手の写真や名前が彫ってある柱もあったと聞きました。戦いを繰り広げてきた過去と現在の日本代表をつなげる仕掛けが幾つもあったそうです。読むと日本代表がこまめに変わってきた歴史も確認できるわけです。

結局、過去の日本代表は世界で勝つ経験も少なく、ティア2に居続ける中で世界に勝てる日本代表としての1本筋に通った戦い方を描くことが難しかった…と思うのです。監督の方針がその都度変わり、その時代の強いチームの主力選手の意見が強く反映されたり、一貫性はなかなか見いだせなかったのでは?と…。それは選手の強化や育成に関しても同様だったのでは?って思いますね。

それが2012年からワールドカップでオーストラリアをヘッドコーチとして準優勝、南アフリカをアシスタントコーチとして優勝をさせた経験を持つエディ・ジョーンズが、監督ではなくHC(ヘッドコーチ)という名称に変えて指揮を執るようになり、世界で勝つことを知っている人が指揮官になりました。

次に2016年からジェイミー・ジョセフへとうまく引き継がれたわけです。ジョセフも上手で、エディから受け継ぐべきものと受け継ぐ必要のないものを上手く振り分けて強化していました。その結果が、今回のワールドカップでのベスト8という素晴らしい結果に結びついたのだと思いますね。

特に重要であった、「日本代表はどうあるべきか、どう戦うべきか」というようなステータスに関しては、エディがつくり上げた大いなる遺産だったと思います。それまでは、前出のように学生ラグビーが6万人スタンドを埋めても、日本代表の試合では1万人入るか入らないかみたいな感じでしたので…。当時の社会人ラグビー(現在のトップリーグ)でも、日本選手権を除けば1万人入ればよかった時代です。

そんな学生がピラミッドの頂点にいるような、ちょっと歪(いびつ)なカタチをエディが否定して、日本代表がトップに来るように努力していったのです。「そうしなければ、ラグビー文化は定着しないだろう」と、当時のエディは言っていました。

しかし、2015年を経て最初は盛り上がったラグビーも時間経過とともに、トップリーグはだんだん元に戻っていってしまいました。盛り上がったファンの気持ちを継続する仕掛けをし続ける難しさを痛感したのではないでしょうか。日本代表をトップにすることで、簡単に盛り上がるようなものではないことも分かってしまったのです。

しかし、やってみなければ変わらないことを考える意味で、日本代表がどうあるべきかを考え、その答えを具体的にカタチにすることができたエディの改革は、とても大きな存在ですね。日本のラグビー文化の大きな1ページと言えるでしょう。それをジェイミーが上手に引き継ぎ、ワールドカップベスト8まで進化していったというストーリーは、偉大なことだと思います。

編集部/その通りですね。昔の監督たちが悪いというわけでなく、スタイルを変えたエディ、そしてそのエディのDNAを上手に引き継ぎながら自分のスタイルとハイブリッド化したジェイミー…二人とも偉大な存在ですね。

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天野さん/戦術面とかも含めて、エディは凄いですよ。僕がサントリーで現役だったときのHCでもあるので、知っているのですが…。彼は、「日本人は無理を言ってもこなす。やれって言われたことはきちんと遂行する」ことを知っているんです。

悪く言えば、自分の意志がないってことにもなりかねないのですが…。言えばちゃんと全部やることを知っていたのですね。体育会の理不尽な押しつけを耐え抜いてきた人間の集合体という、通常の外国人には理解不能な人間関係やメンタリティーを。エディー自身も日本人の血が入っているわけですし、彼のコーチのキャリアが日本でスタートしたこともあり、すぐに理解できたのでしょう。

彼は目をまっすぐ見て、心の底から本気で話しかけてくる人です。体育会の上下関係のようにただやらせるのではなく、相手の心理を理解してその人に応じて無理をやらせるわけです(笑)。

そこに、そんなメンタリティーに親和性を持つ外国人選手をピックアップすることで、さらに強化していったのだと思いますね。そうして「ジャパンウェイ」を構築して、「ハードワーク」と言われる…朝5時から開始して夜7時に終わるという練習をこなしてきたわけです。それをやりきることができるベースをつくったエディの改革は、やはり大きかったのだと痛感しています。

そして 今回ジェイミーに交代して、うまいことシフトできたのだと思いますね。ジェイミーはニュージーランド出身なので、個を尊重するチームでずっと育ってきたわけです。オールブラックスは個人の状況判断、身体能力がそもそも高くて経験値が高い人たちが集まるチームなので、「自分のフィットネスレベルを上げることは当たり前」の世界にいたため、「そんなハードワークを強制しなくても、そもそも言うまでもなく当然やっている」という考えなので、「ハードワーク」は自己判断となります。

ですが、エディ時代に育んだクセを忘れることなく維持している選手たちは、自己判断ではなくある程度の決めごとをつくって欲しいと選手の意見を伝えたそうです。そこで、今までのどの練習よりもきつかったと選手が口をそろえた合宿のハードワークの5部練習が行われ、そこにジェイミーが強化してきた状況判断を含めたハイリスクハイリターンな個人技のエッセンスが加わり、日本代表はどんどん強くなっていった…と推測できますね。

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編集部/エディからジェイミーに引き継がれたことは、本当にファインプレーだったってことですね。

天野さん/結果がすべてのスポーツでは、見事な引継ぎになったのではないでしょうか。強制的にやらされるラグビーから、言われるまでもなくハードワークができるメンタリティーが選手それぞれに形成された上で、状況判断も自らできるチームになっていったのだと思います。

それこそ今大会で、「オフロードパス」という言葉がやたらと目立ったと思いますが、エディの時代はリスクを最小限にとどめようとするスタイルでした。そうした方針の中では、「オフロードパス」はリスクが高いわけです。ボールをタックルされながらパスをするわけですので…。ボールが落ちたり、コントロールが効かないパスになる可能性は大です。なので、エディ時代はノーだったようです。

キックもほぼ蹴っちゃダメだっていうのが当時のスタイルでしたね。それが今では…今大会のサモア戦ではキックを多発していましたよね。あれはサモアの選手を裏へ走らせて、体力を奪う…という作戦からだと思います。体が大きい選手たちの体力を奪うため、どんどんキック蹴って動かせたりしたのです。南アフリカのように強靭なチームに対しては、ボールを動かした上で細かい味方がキャッチできるようなキックを使ってつないで行こうという姿勢が見られましたね。

今大会のそれぞれの戦いを見ていると、相手に応じて戦う日本代表の戦略にバリエーションが増えたことがうかがえましたね。それは瞬時に、状況判断ができる選手が増えたからこその結果だと思いますね。

編集部/なるほど。では、ベスト8って結果に関してはどう感じていますか?

天野さん/南アフリカのブロックに当たってしまったことは、不運だったかもしれないですね。もし、ブロックがウェールズかフランスとかと当たれたら、ベスト4までは行けたのでは…って思いますよ。スポーツに「たられば」は禁物ですが。

Japan v South Africa - Rugby World Cup 2019: Quarter Final
Cameron Spencer//Getty Images
ラグビーワールドカップ日本大会準々決勝、日本代表は南アフリカ代表に3-26で敗れ、ベスト4はかないませんでした。

編集部/南アフリカ戦はどうでしたか?

天野さん/いや~南アフリカの選手たち、フィジカルが強すぎます。選手の試合後のコメントで力の差を感じたというものが多かったのをみても、次元の違う強さだったのだと思います。彼らのようにあのサイズで力のあるチームで、さらにディフェンス力もあったら、攻撃を継続し続けても攻めどころが見えなくなると思いましたよ。

編集部/確かに試合中、どうしていいかわからない空気が流れていた時間帯もあったような気がします。

天野さん/強くても、例えばディフェンスが遅かったら、そこを狙うという作戦変更が試合中に考えられるところがあるのですが…。例えば、同様にフィジカルの強いアイルランドとやったときには、それができていたわけです。だから勝利できた。ですが南アフリカを相手にしたら、相手を慌てさせるようなプレーまでにはならなかった。

攻撃においては、セットプレー、特にラインアウトが取れず、攻撃のリズムがつくれなかった。スクラムもコントロールされてしまった。南アの両ウイングが組織的なディフェンスが苦手だと読んで、そこにギャップをつくろうと狙っていったように感じました。キックパスやラインの外でのサインプレーでラインブレイクを狙ったが、緩急をつける相手のディフェンスでもリズムが狂わされ、行きたい場所へ行くことができなかったように見えましたね。

決勝のイングランド戦を観ていても、南アフリカが本当に強かったのだと思います。あのエディが率いるイングランドですら、前になかなか進めていなかったのですから。ニュージーランド相手に、あれほど精悍に戦っていたイングランドがですよ。南アフリカ相手には、成す術なし…といった雰囲気でした。個人的にはイングランドよりも日本の攻撃が通用していたように感じました。

…後編へつづく

Photograph / Setsuo Sugiyama
Hair & Make-up / Tadayuki Suyama
Styling / Waka-Ume
Text / Shane Saito


天野義久
1972年11月22日、東京生まれ。1994年に明治大学経営学部卒業。1994年清水建設株式会社、1995年~2002年までサントリー株式会社に在籍。2002年に会社を設立。自身のラグビー経験を生かし、スポーツマーケティングなどを手掛け、現在は不動産関連業務も行う。2010年に、俳優としてデビュー。映画『セカンドバージン』『一命」やTBSドラマ『天皇の料理番』、NHKドラマ『ロクヨン64』などに出演。最近ではTBSドラマ『ノーサイド・ゲーム』で、ラグビーの腕前とともにその演技力で際立つ存在感を示していた。

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TBS

◇お知らせ

「ノーサイド・ゲーム」
DVD&Blu-ray BOX 2020年1月10日発売!

価格/DVD-BOX 2万900円(税抜)
Blu-ray BOX 2万6400円(税抜)
発売元/TBS
発売協力/TBSグロウディア
販売元/アミューズソフト
(c)池井戸 潤『ノーサイド・ゲーム』/TBS


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