あなたはアフリカにどのようなイメージを持っているだろうか? 内戦や重篤な感染症、貧困、差別など根深い社会問題を抱え、援助を必要とする遠い地球の彼方。あるいは、手付かずの大自然が生きる雄大な大陸。どちらのイメージも事実に変わりはないが、今アフリカの新たな側面がラグジュアリーファッションや世界の経済人から注目されている。それは、“巨大経済市場”としての未知なる可能性だ。過去20年アフリカの中で最も経済成長を遂げる南アフリカの都市ケープタウンを訪れ、ファッションデザイナーやショップオーナーへの取材を通して、新たな才能の芽吹きと今後の可能性について探る。
アフリカは石油やウランなど豊富な地下資源が眠る、地球で二番目に大きな大陸。ダイヤモンド採掘量は世界一で、多くのファインジュエリーブランドがアフリカ諸国の大地から産出されたダイヤモンドを使用している。長い歴史と独自の文化を有する55カ国で成り立つアフリカは、20世紀半ばまで続いたヨーロッパ諸国による植民地支配により、地域紛争や貧困などの問題に阻まれ長年発展途上だった。
そんなアフリカに変化が見られたのは2000年前後だ。’90年代に新興国(主に中国とインド)からの投資により掘削技術が進歩し、それまで発掘できなかった深海の石油や天然ガスの開発など、希少な地下資源へのアプローチが可能になったことと昨今の資源価格の上昇が、経済成長に繋がっていると考えられている。2008年のリーマンショック、2009年ギリシャに端を発したユーロ危機の影響をアフリカ経済がさほど受けていない事実は、植民地支配から自立したことを裏付ける。
経済成長と富裕層の増加により、2000年以降ラグジュアリーブランドがアフリカへと進出し始めた。モロッコには2000年に「ルイ ヴィトン」、2004年には「ディオール」がそれぞれアフリカ初となる店舗をオープン。その後「グッチ」や「マイケル コース」が南アフリカに進出すると、「H&M」「ザラ」などファストファッションが後に続き、欧米ブランドがアフリカ市場を開拓している。この勢いは止まらず、さらなるラグジュアリーファッションの需要拡大には高い期待が寄せられている。
アフラシア銀行が発表した「Africa Wealth Report 2018」によると、アフリカで資産1億円以上を有する富裕層は2024年までに53%増加すると予測されており、同期間にアジアが48%、ヨーロッパ・米国ともに25%と示す通り、アフリカの伸び率は世界で最も著しい。また、国際連合の「World Population Prospects 2018」によると、人口減が進む先進国に対し、人口増を推移するアフリカは2050年には25億人となり、世界全体の4人に1人を占めることになる。それは若年労働力(15~34歳)の拡大とも比例しており、人口・労働力の増加によってますますの経済成長が期待されているのだ。
各国の経済的発展に伴って、若年層のファッションへの創造性が今後グローバルに活躍する潜在的可能性は高い。アフリカはインターネット普及率が低く、2000年以前はファッション雑誌を入手するのも困難だったこともあり、“ファッション”という文化自体がほぼ存在していなかった。
そんなアフリカにファッションの息吹をもたらしのは、1997年にスタートした「サウス アフリカン ファッション ウィーク(South African Fashion Week)」と言えるだろう。年に一回ファッションショーやポップアップストアを開催し、デザイナーと消費者を繋ぐプラットフォームが初めて構築されたのだ。その後「ラゴス ファッション ウィーク(Lagos Fashion Week)」「ケープタウン ファッション ウィーク(Cape Town Fashion Week)」なども創設され、ファッション文化は着実に成長している。「ケープタウン ファッション ウィーク」を主宰するアフリカン ファッション インターナショナル(African Fashion International)の創始者、プレシャス・モロイ・モツェペ(Precious Moloi-Motsepe)は立ち上げの理由について熱く語った。
「創造的で革新的なマーケティングと小売の販売網の拡大によって、次世代のデザイナーの才能を引き出し、アフリカ発のラグジュアリーはクリエイティブで信頼性があると世界に発信することが目的。ファッションをビジネスにしているため、商業的な側面に関心が高い。しかし同時に、人間の脳によって概念が形成され、人間の手によって美しい洋服へと変容する、芸術のようなファッションの喜びや美しさに触れる機会を多くの人に与え、文化としてファッションをアフリカに根付かせたい」
2000年前後が変革期となったアフリカ。それ以前とは異なる社会背景で育った若年層は、アフリカ新時代の前途多望な世代として期待がかかる。既に、本年度「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ」のファイナリストに名を連ねる、南アフリカ出身25歳のテべ・マググ(Thebe Magugu)など、アフリカ発の新たな才能が芽吹き始めている。「若年層には仕事の選択肢、自由度が確実に増している。男性が裁縫やファッションを学ぶことが邪道とされていた時代はそんなに遠い昔ではないが、現代は僕のようにファッションに夢を抱く人は男女問わず多い」と、現代の傾向について語るマググ。
キンバリーという小さな街で生まれ育った彼は、幼い頃何気なくウィメンズウェアのスケッチを描いたそう。それを見た母親が海外ファッション誌とスケッチブックを買って来て、「本気でやりたいなら毎日特訓しなさい」と言われ日々描き続けたことが、ファッションの世界へ入るきっかけだった。首都ヨハネスブルグのファッション専門校でデザインとフォトグラフィーを学び、インターンを経て自分の名を冠したブランドを立ち上げた。
「僕のコレクションは、幾何学模様のアフリカンプリントを用いた“いわゆるアフリカらしい”デザインではないかもしれない。そういう固定概念は壊していきたいと思っている。なぜならアフリカの伝統衣裳はシルエットやカッティングにおいて非常に実験的で巧妙だから、その部分を僕の作品に反映させて伝えていきたい」。新しいアフリカ発のクリエーションは、飽和状態にあるファッション業界において非常に新鮮に映る。
あらゆる面で未来の明るいアフリカだが、一方で課題も山積みだ。2009年ケープタウンにセレクトショップ「マーチャンツ・オン・ロング(Merchants On Long)」をオープンさせたハネリ・ルパート(Hanneli Rupert)は、「インフラ設備や流通網が十分ではなく、圧倒的に輸出が少ない」と指摘する。「クラフツマンシップもクリエーションも十分世界に通用するレベルにもかかわらず、アフリカ大陸の一部の都市だけで止まっているのでは宝の持ち腐れだと感じる。小売や生産サイクルなどが機能する環境を整え、販売経路をグローバルに拡大することが今後の大きな課題」。
長年問題視されてきたインフラ設備や流通網については、アフリカ諸国が大陸全域を対象にした自由貿易協定(FTA)が発効されることで、改善されるとの見方は強い。実現すると隣国同士が手を組みインフラ整備が進められ、これまで閉ざされていた内陸国の医療環境や貧困の改善、そして関税の緩和によって大陸全体の経済成長に寄与する。アフリカ大陸間自由貿易協定は既に19カ国が手続きを終えており、2019年度中にも発効される可能性が高い。ヨーロッパによる植民地化、独立後の混乱や内戦といった不幸を乗り越え、アフリカは歴史の表舞台に立とうとしているのだ。
ヴァージル・アブローやカニエ・ウェストといったアフリカ系アメリカ人のブラックコミュティがラグジュアリーファッションで勢力を増していることは、アフリカ発のファッションにスポットライトが浴びる予兆のように感じてならない。また、ラグジュアリーをお金で買うことのできない“歴史”や“文化”と価値づける傾向にある現代で、アフリカ諸国はその遺産を非常に多く有している。
モツェペは今後について「アフリカがコンテンツとして一時的に扱われるのではなく、長く広く世界へ認知されることをアフリカ全体が願っている。そしてどんなにグローバリズムが進もうとも、“私たちが誰であるか”というルーツを見失わないことも大切。そのために急いで行こうとせず、コミュニティを形成しながら着実に一歩ずつ進み続けていきたい」と語った。矜恃に満ちたアフリカ的美意識と創造性がモード界にどんな影響を与えるのか、引き続き注目していきたい。