記事に移動

記事で紹介した商品を購入すると、売上の一部がELLEに還元されることがあります。
記事中に記載の価格は、記事公開当時の価格です。

倉俣史朗『ミス・ブランチ』
JUNICHI KUSAKA

倉俣史朗による傑作、永遠を封じ込めた椅子「ミス・ブランチ」

1988年に倉俣史朗が発表した「ミス・ブランチ」。この名作に秘められたストーリーとは?

By YOSHINAO YAMADA

美もまた機能である。生前の倉俣史朗はたびたび、そう口にしたという。今も人々を魅了する「ミス・ブランチ」は、倉俣の美学に彩られた数多の作品の中でも際立って美しい椅子だ。倉俣の最高傑作として挙げる人も少なくない。

『エル・デコ』12月号より。


美という機能を得たことで歴史に刻まれた名作椅子

倉俣史朗『ミス・ブランチ』
JUNICHI KUSAKA

宙に浮かぶバラを永遠に閉じ込めたような、ポエティックな椅子が発表されたのは1988年。東京で開催されたデザインイベントでのことだった。その展覧会のテーマは「欲望」。そこで倉俣はテネシー・ウィリアムズの戯曲『欲望という名の電車』の主人公、ブランチ・デュボアの名を椅子に与える。もっとも映画好きで知られた倉俣が意識したのはエリア・カザンが監督した映画版『欲望という名の電車』で、ヴィヴィアン・リーが演じたブランチを念頭に置いたのだろう。倉俣はそもそも、「ミス・ブランチ」以前に別の物質をアクリルに封入しようと試みている。1度目は電球、2度目は人造の宝石。しかしどちらもうまくはいかず、しばらく時間を空け、3度目の挑戦としてバラの封入に取りかかった。当初は生花の使用を考えたが、熱をもった液体状のアクリルを流し込むと花は黒く焦げ、形は崩れてしまう。そこで造花を使用することにしたのだ。

写真 座面には水底に沈んだかのようにバラが横たわる。前脚はまっすぐ、後ろ脚はやや斜めに差し込まれている。

倉俣史朗『ミス・ブランチ』
JUNICHI KUSAKA

1988年に発表、その後製品化された「ミス・ブランチ」。バラの造花を封入したアクリル製の背、座、アームからなり、紫に染色されたアルミアルマイトの脚部が付く。当初の生産数は56脚で、倉俣の享年と同数。後に18脚が追加生産された。倉俣の最高傑作と名高い。

幻の試作品

倉俣史朗『ミス・ブランチ』
JUNICHI KUSAKA

別形状のアームで試作されたプロトタイプ。この1脚のみの貴重なもので、現在もコクヨが所有。波形を描くアームの形状が製品と異なる。倉俣のデザインのほとんどはシンプルなラインで構成されるが、試作を繰り返すことで形状の検討が細かに行われたという。

ADの後に記事が続きます

造花のバラを封入

倉俣史朗『ミス・ブランチ』
JUNICHI KUSAKA

ただし一言に造花といっても、倉俣が望むバラの在り方を見いだすのには苦労を要したという。最終的にはアクリルに封入しても色や形を失わない最も安価な造花、ホンコンフラワーが選ばれた。倉俣は生花が封入できないことをたびたび悔やんだ。しかしながら、初作が完成する頃には造花でよかったのだと口にしたという。

なぜなら『欲望という名の電車』は、嘘を重ねるブランチが嘘によって全てを失う物語だからだ。現実ではなく魔法を欲した彼女の欲望を形にした椅子。それは今振り返ってみると、バブル景気のまっただ中にある1988年という時代の虚実をも封入したかのようだ。

写真 アームに浮かぶ色鮮やかな造花のバラ。さまざまな造花で試作を行い、当時ホンコンフラワーと呼ばれた安価な造花がアクリルと好相性とわかって採用した。液体状のアクリルを段階的に流し込みながら造花を封入。花びらを開きながら慎重に作業した。

倉俣史朗『ミス・ブランチ』のスケッチ
©KURATAMA DESIGN OFFICE

「ミス・ブランチ」はオフィス家具メーカー、コクヨの当時の副社長が建築家・安藤忠雄の紹介によって倉俣と知己を得たことがきっかけで誕生した。コクヨは発表の場となった展覧会に、スポンサーとして協力。ほとんどが手作業で、高額のため多くは製造されず、倉俣の死後に享年と同じ56脚で一旦製造は終了した。後に18脚の追加生産を行っている。

本記事で紹介しているのは、幻の試作品を含む2脚。試作品はアームの形状にデザインの意図が宿るが、倉俣はよりシンプルなアームを採用した。その形状故に透明感と浮遊感が際立ち、バラの儚さが人々の心をつかむ。

美が機能だと話した倉俣は、美の持つ可能性を誰より純粋に信じた人物だった。だからこそ発表から35年を迎えた「ミス・ブランチ」は、今なお新鮮な驚きと美への感動を人々に与え続けている。

写真 倉俣が「ミス・ブランチ」の完成後に描いたイメージスケッチ。倉俣自身が、椅子から空間へとイメージが伝播していくことを想定していたようにも読み解ける。


Text YOSHINAO YAMADA Photos JUNICHI KUSAKA Cooperation KOKUYO

『エル・デコ』2023年12月号で特集!

『エル・デコ』2023年12月号で特集!

『エル・デコ』2023年12月号で特集!

購入はこちら

12月号では約28ページに渡り倉俣史朗を特集。没後30年を超えた今日でもクラマタデザインは私たちを惹きつけ、話題は尽きない。日本で、世界で、さらなる注目を集める倉俣史朗のデザインを今こそ知りたい。

ADの後に記事が続きます

あわせてこちらもCheck!

倉俣史朗 コンブレ
Photo TOSHIHIDE KAJIHARA

倉俣史朗デザイン、伝説のバー「COMBLÉ」(コンブレ)が復活!

ADの後に記事が続きます

インテリア& デザイン トレンド

猫 犬 ペットコレクション

いま欲しい、リュクスなペットコレクション

オブジェ 飾り インテリア 彫刻

一つあるだけで部屋がおしゃれになる「抽象的なオブジェ」

オブジェ 飾り インテリア

動物や草花がモチーフ 最新オブジェカタログ

necoma ネコマ 保護猫喫茶

真っ白な空間で猫が人と出会う、東京・学芸大学のnecomaへ

ADの後に記事が続きます
ADの後に記事が続きます