ELLE 今回の辻村という役はどのように作り上げていったんですか。
う~ん。脚本には書かれていたけれど、書かれていなかったことというか。決定稿になるまで、結構時間がかかって、その推移をずっと見ていたので、最終的な台本ではキャラクターの描写がかなり省かれていたんですけど、それまでにあったいろんな台本をパッチワークしながらといった感じですかね。
ELLE 小松菜奈さん演じる雪姫の婚約者役ですが、悪役と思いきや……。
そうでもないという(笑)。
ELLE どういったことに心して演じられていったんでしょうか。
心してないんじゃないかな(笑)。だいたいの物語って、作るにあたって、どうしてもわかりいやすいキャラクターを配置していくものじゃないですか。いいこと言う奴、悪いこと言う奴、重要な奴みたいな感じで作品は回る。それがすべてではないですけど、基本はその方がストーリーは作りやすかったりする。
ELLE 確かに作り手はそうかもですね。
だけど演じる人間からすると、そんな風にいわゆる善悪だけで測れないところで動く感覚がある。人間の生活や概念で考えるとそれが当たり前で、「損得で動いてない」と言いながら、どこかで計算していたり。もちろんそんな人ばかりではないとは思いますけど、そういういろんな思惑、感情が動くのが普通。そういう意味では辻村は、揺れ動くことに関して従順というか、柔軟、素直だったのかもしれません。
ELLE すごいオーラで、この人ならついていきたいと周囲に思わせる存在でしたよね。
本当にそう思ってますか(笑)。
ELLE もちろん。きっと現場でもみんなを引っ張っていってたんだろうなと想像しました。
とにかく楽しく過ごそうという感覚でした。バーナード(・ローズ監督)の今回の作品の作りかたがテストも段取りもしないで、ただカメラを置いて、そこで起こることをとにかく 撮っていくというもの。台本にある台詞は読んでも読まなくてもいいし、違うことをしたかったらしてもいい。そういうまさにセッションのような、全体的にインプロビゼーションの要素が強い現場だったんです。
ELLE アドリブ演技もあったりしたんですね。
いろんな考えかたがあると思うんですけど、僕にとって映画というのは居合みたいなものだと思っているんですね。舞台をやっているからだと思うんですけど、映画の世界では、ひとつのことをみんなで一緒に構築しなくてもいいと、僕は考えています。すべての部署、役者も含めて、照明、美術さんなど、各々ばらばらのみんなが、監督と作品に対してベクトルを向けて、自分たちの最強の武器を出し合う。
ELLE やっぱり舞台とは全然違うんですか。
稽古のために1カ月、2カ月とかけられるわけではないので、各々がそれぞれに準備を して、スタートがかかるタイミングでばちっとぶつける。そういうのが僕にとっての映画というものに対する基本的な考えかたなので、瞬間に決まるという感じがすごくかっこいいし、好きなんです。だけど、この映画に関しては、監督にとにかく翻弄されるというか。
ELLE どういうタイミングでそう感じましたか。
例えば、僕が僕なりにこうしたいと思ったとしても、みんながどうアプローチしてくるかが台本からは読み取れない。そもそも台本が信用できる状態じゃないので。もちろん撮りかたも日々変わっていく。あらかじめ決められているものがあまり多くなかったためにお互いに隠し持っていられない。そのときどきに自分たちが柔軟に対応していかなければならないから、爪を磨いていられないんですよ。その感覚が強いから、現場でわっとぶつけるのではなく、むしろそのエネルギーを全部署が共有していることの方が大事な気がして、そこにはコミュニケーションが絶対的に必要でした。それがモチベーションにもつながっていったので、なんというかよく飲んでいました。結論はそれかい(笑)。
ELLE すごい監督ですね(笑)。
まあ、むちゃくちゃな人でした(笑)。面白かったですよ。日本の時代ものの映画となると、どうしても所作、言葉遣い、そういったディテールが大事になってきちゃうじゃないですか。でもそういうことに注力しすぎると、肝心の画の強さに影響するかもしれない。もちろんディテールの美しい素晴らしい映画もありますが、バーナードのスケール感やスピード感というのはもしかしたら、そういうものを気にせず撮っていったことによって生まれた画かもしれません。
ELLE 日本人では考えられないような演出もあったということですか。
撮影監督の(石坂)拓郎さんのように海外での仕事に携わっている人たちもいるので 、そういった日本と別の視点があったことも大きかったと思う。そのために何かひとつ、省いた部分があったのも事実ではありますが。普通に考えて、幕末に藩に務めているのに剃髪していないのはおかしいと言われているし、言葉遣いだって細かくいえば、おかしなところがたくさんあるかもしれない 。
ELLE 確かにこれまで観たことないようなシーンもありました。
監督が話していたのは、『ベン・ハー』に描かれているローマ式敬礼のこと。実際に古代ローマであんな敬礼をしていたのかどうか。あれは戦前のファシストたちが、『ベン・ハー』のような古代ローマを舞台にした映画を観てその敬礼を採用し、いわゆる「ナチス式敬礼」を「古代ローマ時代に敬礼として本当に使われていたもの」として流布させたという説がある。言いたいのは 、僕らのいろんな歴史的概念は映画やフィクションによって塗りこめられている可能性があるということ。監督はよく 「『この時代はこうしなきゃいけない』というけど、それが本当かどうかは疑わしいよね」って言ってました。
ELLE なるほど。
例えば、ペリー来航の頃の日本の状況って、頭で思い浮かべようとしたときに日本画の平面的な画で認識している日本人が大半だと思うんです。でも以前に美術館で鑑賞したとある絵画を鮮明に覚えているんですが、 同じ頃、向こうの画家も一緒にやってきていて、いわゆる西洋画法で実に写実的に同じ状況を描いている。人や建築や風景 が日本的な手法で描かれていない。それは実にカルチャーショックなことでした 。今回の映画はそういった 概念の違いをもたらすものだと感じます 。それを観客のかたがどう見るのか。すごく興味がありますね。
ELLE 時代劇というより、時代アクションといった感じでした。森山さんの殺陣もすごい迫力でした。
映像で立ち回り、刀を持つというのをやったことがなかったので、一応、道場に通ったんです。今回はやらなかったんですが、もちろん真剣を持とうと思えば持てそうな現場でした。
ELLE すごいいい体でしたね。
そうですか(笑)。
ELLE 国宝レベルでした。
なに言うてんねん(笑)。
ELLE あれも自分で「はだけていきたい」と?
そうでしょうね。「はだけたい」って言ったんでしょうね。言ったかな(笑)。脱いだあと、着るタイミングを失っちゃったっていうのもありますね。
ELLE ドラマ「この漫画がすごい」や「いだてん」でも素晴らしい肉体をちらりと見せていくようなので、そういう時期なのかなと。
全然、違います(笑)。もちろんですけど、 木刀って竹光と比べて重さが全く違うんですよ。それを持って日々稽古するかどうかで、単純についてくる肉の感じが違ってくるのが如実にわかったので、素振りだけは毎日していました。で、肌が出るということもわかっていたから。
ELLE 森山さんの身体能力の高さは有名ですけど、やはりダンスとは全然違う筋肉や体の使いかたなんでしょうか。
全く違いますね。ダンスひとつとってもスタイルによって、やることによって、筋肉の付きかたは変わりますから。
ELLE 今回は素振りでついてくる筋肉だったんですね。
まあ、見せ筋ですね(笑)。そりゃそうですよ。普段、使わないもん。邪魔なだけですよ。上腕二頭筋の辺りがぼこってなってましたから。
ELLE 乗馬も今回、初めてだったそうですが、両手に刀を持って乗り回していましたね。普通はできないと聞きました。さすがです。
やってましたね。馬に乗るという感覚を初めて味わえたことはすごくよかったです。今回のために2、3回練習させていただいたんですが、自転車や車に乗るのとは違って生き物に乗るということ自体が初めてだったので、新しかったです。息を合わせて乗る感覚を学べたことは大きいですね。
2019年2月22日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
『サムライマラソン』
日本のマラソンの発祥と言われる史実「安政遠足(あんせいとおあし)」を題材に執筆した小説「幕末まらそん侍」を『ラストエンペラー』でアカデミー賞を受賞し、『十三人の刺客』など日本映画の製作にも携わるプロデューサー、ジェレミー・トーマスを筆頭に、豪華制作・俳優陣で映画化。アクション・サスペンス・ヒューマンドラマがふんだんに盛り込まれた全く新しい幕末エンターテイメント作品。
https://gaga.ne.jp/SAMURAIMARATHON/
森山未來/1984年8月20日生まれ。兵庫県出身。演劇、映像、パフォーミングアーツなどのカテゴライズに縛られない表現者として活躍している。文化庁文化交流大使として2013年秋から1年間イスラエルに滞在、インバル・ピント&アヴシャロム・ポラックダンスカンパニーを拠点に活動。第40回 日本アカデミー賞助演男優賞受賞。第10回 日本ダンスフォーラム賞 2015受賞。NHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」に出演中 。
http://www.miraimoriyama.com/
Photo: Toshio Ohno Styling: Mayumi Sugiyama(HOSINO OFFICE) Hair & Makeup: Motoko Suga(HOSINO OFFICE) Interview & Text: Aki Takayama