インタビュー

映画監督・阪本順治の話題作『せかいのおきく』から学ぶ青春と愛と循環型経済

特別インタビュー
第22回ニューヨーク・アジアン映画祭で、生涯功労賞にあたる「スター・アジア・ライフタイム・アチーブメント賞」を受賞した映画『せかいのおきく』で脚本と監督を手がけた阪本順治監督。リンカーン・センターにて今月16日に授賞式が行われ、この作品に対する想いを語ってくれた。


つらく厳しい現実にくじけそうになりながら、それでも心を通わせることを諦めない若者たちを描く90分の青春映画『せかいのおきく』。ヒロインのおきくを演じるのはベルリン国際映画祭や三度の日本アカデミー賞に輝く女優、黒木華。他にも佐藤浩市や池松壮亮など日本映画を代表するベテラン、若手俳優たちが集結。

脚本と監督を手がけた阪本順治監督が同映画祭で受賞した、「スター・アジア・ライフタイム・アチーブメント賞」は、「スターアジア生涯功績賞」と翻訳され、「長年優れた作品にて、何世代にも渡る映画製作者と観客に影響を与えてきた、特別な才能の人物に与えられる賞」となる。

─本作を書いてみようと思ったきっかけは?

本作のプロデューサーである原田満生さんは、僕の作品でよく美術監督をしていますが、4年前に彼が環境や自然をテーマにSDGsや循環型経済に関わる映画を作りたいと言ったことが始まりです。ただ、僕自身が美しい言葉で飾るようなストーリーを考えるのは、どうも自分らしくないと思い、その時に、江戸時代の「循環型経済」を題材にすることを思いつきました。西洋に先駆けて糞尿を農家が買い取り畑に撒く、そして野菜ができて、人の口に入るというのは立派な「循環型経済」です。

現代ではなく日本の過去における「循環型経済」を通して、しかも糞尿ということで、より人間らしさが感じられ、そして前例がなく面白いと思いました。

─「3R(リデュース・リユース・リサイクル)」映画として、美術セットや小道具、衣装などは古いものを再利用されたそうですね。

新たに作ったものはありませんし、何十年も前から使用されているセットや着物などを使用しました。無駄を出さないように、使えるものは使うということで。もちろん予算的な面もあります。

日本は資源が潤沢にありません。昔の人は使えるものを修繕して使う生活をしていました。昔は壊れた傘を張り直す傘張り職人や壊れた茶碗や樽などを直す職人がいました。

一番驚くのは本作にも登場する、糞尿を売り買いしていたということです。世界中どの地域でも糞尿を処理する行政機関はありますが、商売として成り立たせていたという記録がありません。

しかし、日本では集めた排泄物を農家に売り、農家がそれを肥料として使い、新たな農作物を作ることで、無駄のないリサイクルが行われていました。

─監督ご自身で何か再利用されているものなどありますか?

不要になった衣服や生活用品をリサイクル業者に出したり、環境を配慮して全て植物素材で作られた靴を履いたりしています。大きな活動はしていませんが、自分ができることを、という感じです。

─なぜ江戸時代の設定で、「せかい」という言葉を?

個人的な世界観ではなく、世界というものの中におきくという存在があります。

時代設定は江戸時代の幕末、もうすぐ明治維新になるという頃、鎖国をしてきた日本が、米国や英国に開国をせまられていた時期です。これから日本人が世界を見ていく、世界の一員になっていくという意味も込められています。

─撮影日数は12日間だったそうですね。

3年前にプロデューサーの原田のポケットマネーで1日15分間だけ撮影し、それをパイロット版として色々な映画会社をまわり資金を集めようと奔走しました。しかし資金が集まらず、また彼のポケットマネーで2年前に1日、その後、ある財団からの出資を受け、残りのシーンを10日間撮影して終えることができました。いつ完結するか分からず、俳優陣やスタッフの時間を拘束するわけにもいきませんが、彼の「社会性のある娯楽映画を作りたい」という気持ちと、本作のテーマに賛同してくれて素晴らしい俳優陣、スタッフが集まってくれました。

 

阪本順治 Junji Sakamoto 

大阪府生まれ。映画監督、脚本家。横浜国立大学在学中に、石井聰亙監督作『爆裂都市/BURSTCITY』の美術担当として映画界入り。89年に元プロボクサーの赤井英和を主演に据えたボクシング映画『どついたるねん』で監督デビュー。2000年に手掛けた藤山直美主演の『顔』で日本アカデミー賞最優秀監督賞ほか映画賞を総なめ。他にも『亡国のイージス』、『大鹿村騒動記』、『北のカナリアたち』、『闇の子供たち』など代表作が並ぶ。


作品紹介

〈ストーリー〉激動の江戸末期。寺子屋で子供たちに字を教えるおきくは、雨宿りをする紙屑拾いの中次と、下肥買いの矢亮に出会う。武家育ちだが、長屋で質素に暮らすおきくは、懸命に生きるふたりと徐々に心を通わせていく。しかし、おきくはある日、喉を切られ声を失ってしまう。

Okiku and the World
【出演】黒木華、寛一郎、池松壮亮、眞木蔵人、佐藤浩市、石橋蓮司
【監督・脚本】阪本順治
【企画・プロデューサー】原田満生
sekainookiku.jp

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