2022年度“日本”株式会社の決算

~法人企業統計から読み解く企業活動の移り変わりと現在位置~

佐久間 啓

- ポイント -

*2022年度は売上高、経常利益とも2年連続前年比プラス、経常利益水準は過去最高

*国内単体データでグローバル、連結決算という企業活動をうまく取り込めていない点に注意

*持株会社の影響が大きくなっているのでROE、CF、BS分析では「除く持株会社」で分析

*企業財務は平成バブル以降、“平時”のないデフレの時代を保守的、安全性優先で対応してきた

*デフレ脱却が期待できる環境になりつつあり、頭と行動の切り替えが求められる


先日財務省から法人企業統計(以下、本統計)の公表があった。本調査は日本の法人企業活動の実態を明らかにする目的で行われているもので、損益計算書、貸借対照表に対応する各項目が収められている。今回は四半期ごとの仮決算計数を調査する「四半期別調査」の2023年4月~6月期分と確定決算計数を調査する「年次別調査」の2022年度分が公表されている。四半期別データが約2か月遅れ、年次別調査は約5か月遅れでの公表となるため、“過ぎた話”としてマーケットで話題になることは少ない。しかし、対象とする母集団は年次別調査で294万社に及ぶため日本の企業活動全体の動きが把握できる有用なデータである。 今回のMarket Side Mirrorでは本統計の「年次別調査」から、売上高、ROE、キャッシュフロー、バランスシートの状況について東証の上場企業決算短信集計(以下、短信集計)とも比較しながら企業活動の移り変わりと現在位置を確認しておきたい。

2022年度の売上高は1,578.4兆円(前年比+9.0%)、うち製造業が436.3兆円(同+8.6%)、非製造業が1,142兆円(同+9.2%)。2020年度のコロナ禍から順調に回復、2年連続の前年比プラスとなった。経常利益は952,800億円(同+13.5%)、うち製造業が346,506億円(同+4.4%)、非製造業が606,293億円(同+19.5%)となりこちらも2年連続の前年比プラス、2021年度に続き過去最高を更新する結果となった。

売上高について2000年度を100として指数化すると2022年度は110.0に止まる。1990年度が99.5、過去最高は2007年度の110.1となっており長引くデフレの中で売上げが伸ばせていないことがよくわかる。一方東証の短信集計では2022年度の売上高は876.9兆円で2年連続の増加、2021年に続いて過去最高を更新という結果だ。

この違いはどこから来るのか?実は短信集計は連結決算計数の集計であるが本統計では国内法人単体の売上げを調査、集計しているという大きな違いある。つまり本統計では海外事業の拡大を捉えきれていないということだ。国内A社(売上げ100)が海外のB社(売上げ100)を買収、100%子会社にした場合、A社の連結売上げは200に増加するが、A社の単体売上げは100のままということなので本統計ではA社の売上げは100、短信集計では100→200に増加する、という図式だ。「国内法人単体の売上げ」を調査、集計しているという点が本統計の数値を見る場合に注意しなければいけない重要なポイントだ

売上高
売上高

売上高
売上高

売上高
売上高

前出の2000年度を100として指数化した売上高の2022年度は110.0だが、内訳をみると製造業は103.6、非製造業は112.6、資本金10億円超の大企業でみても113.8に止まる。国内の事業活動では22年間で売上げを1.1倍程度しか増やせなかったということだ。

では海外事業はどうか。内閣府の「企業行動に関するアンケート調査」によれば、上場企業・製造業の海外現地生産比率は2000年度の10.5%から2022年度は23.1%。2013年度に20%を超えてからは一進一退という動きであるが、23.1%は過去最高。一方中堅中小企業では2020年度で4.0%に止まっている。通産省の「海外事業活動基本調査」(含む金融)では海外現地法人(数)は製造業、非製造業合わせて2000年度の14,991社から2021年度に25,325社に拡大、海外現地法人の常時従業345万人から569万人に拡大している。こうした海外事業の拡大を受けて、2000年度を100とした売上げは短信集計では174.8、「海外事業活動基本調査」では2021年度で235.0(製造業248.0、非製造業225.0と製造業非製造業で大きな差はない)。

1990年代以降、日本の企業はデフレの中で海外市場の成長を取り込むことで売上げを拡大させてきたわけだが、ここにきて日本もようやくデフレの出口の明りが見え始めた。値上げの動きも活発だ。海外進出しなければ成長できないという声は依然強いが国内でも持続的に売上げ拡大が見られようになるか注目だ。

本統計は「国内法人単体の売上げ」を調査、集計しているという点が本統計の数値を見る場合に注意しなければいけない重要なポイントだと指摘したが、加えて本統計では2009年度より非製造業の中の業種分類として純粋持株会社が独立して設けられていることにも注意が必要だ。ご存じの通り純粋持株会社は子会社の株を持ち、経営管理をすることが主たる業務であり、売上げは子会社からの配当等に限られるため売上げ規模の割に利益(率)は大きく(高く)なりがちである。またそのバランシートも大宗が固定資産・株式だ。本統計は法人単体を集計していることから純粋持株会社とその子会社群が重複計上され数字が膨れている可能性があることだ。では純粋持株会社分を除いてみれば良いのかというと、そう単純でもないところが悩ましいところだ。売上高については純粋持ち株会社の影響が非常に軽微なため特段調整は行っていないが、利益、資産内容については影響が大きいため以下のROE、キャッシュフロー、バランスシートについては純粋持株会社の数値を除いて計算したものを使っている。

法人企業統計  2022年度
法人企業統計  2022年度

ここでROEについてみてみる。2023年6月26日付Market Side Mirrorで「東証上場3月期決算企業の2023/3月期は増収増益、ROEは9.07%~マージンの改善でROE8%超えに安定感でてきたし、日本株は割安!?」として伝統的日本企業も変わりつつあるとしたが、その後公表された2022年度分ではROEが9.10%で着地したことが分かる。本統計では直接的にROEの調査項目はないので、当期純利益/((前期末純資産+当期末純資産)/2)×100 で計算している。それによれば2022年度は全体では8.67%(純粋持株会社含むベースで8.90%)。1980年以降の低下トレンドから2000年あたりに底をつけた後、回復の動きが続いている。

ROE(法人企業統計vs 東証上場企業)
ROE(法人企業統計vs 東証上場企業)

ROE(法人企業統計vs 東証上場企業)
ROE(法人企業統計vs 東証上場企業)

ROE(法人企業統計vs 東証上場企業)
ROE(法人企業統計vs 東証上場企業)

ただ、規模別にみてみると大企業の水準回復に比べ中小企業の回復は遅れていることが分かる。1990年代までは規模別にみても大企業と中小企業間で目立った差はみられないが、2000年以降大企業との差が広がっている。ROEを構成するマージン(売上高純利益率)をみると足元で大企業の純利益率は上場企業の5.35%を大きく上回る7.06%(純粋持株会社を含むベースで8.52%)と1980年以降の最高を記録している。一方、中小企業1.84%と足踏み状態だ。

売上高純利益率(法人企業統計vs 東証上場企業)
売上高純利益率(法人企業統計vs 東証上場企業)

売上高純利益率(法人企業統計vs 東証上場企業)
売上高純利益率(法人企業統計vs 東証上場企業)

売上高純利益率(法人企業統計vs 東証上場企業)
売上高純利益率(法人企業統計vs 東証上場企業)

これは売上げのところで触れた通り、大企業中心に海外事業の拡大が続き、単体でみても海外子会社、関連会社等からの配当、持ち分法利益の取り込みによって利益が拡大しているなか、本統計では海外連結子会社の売上げ、利益は取り込まないが、親会社に入金される配当金等は計上されるため売上げ比利益が大きくでるのでマージンが上振れしているということも影響している。こうした点は売上高のところでも触れた通り数値を評価する場合に注意すべきポイントだ。一方中小企業は海外進出したくてもヒト、モノ、カネといった経営資源の面でも厳しいところが多く海外経済の成長を取り込めていないことが利益率足踏みの要因の一つとなっている。

企業の財務分析では資金の動きを表すキャッシュフロー(以下CF)計算書を見ることで企業がどういったところに資金を使い、それをどういった形で調達しているのか知ることができる。本統計でも資金の動きにフォーカスした項目があり大まかなCF計算書を作成してみた。

CF計算書は営業CF(内部留保、減価償却費、在庫等営業活動にかかわるCF)、投資CF(設備投資、土地、投融資にかかわるCF)、財務CF(外部資金調達にかかわるCF)からなり、営業CF-投資CF+財務CF=当座資金増減という関係にある。

営業キャッシュフロー、投資キャッシュフロー、フリーキャッシュフロー、財務キャッシュフロー
営業キャッシュフロー、投資キャッシュフロー、フリーキャッシュフロー、財務キャッシュフロー

営業キャッシュフロー
営業キャッシュフロー

投資キャッシュフロー
投資キャッシュフロー

フリーキャッシュフロー(営業CF-投資CF)
フリーキャッシュフロー(営業CF-投資CF)

財務キャッシュフロー
財務キャッシュフロー

1980年度以降を見ると平成バブル時に営業CFを大きく上回る投資CFでフリーCF(営業CF-投資CF)が大幅なマイナスになり、そのマイナス埋めるため財務CF、つまり外部からの資金調達が拡大した。バブル崩壊以降は所謂“バランスシート調整”に入り、投資は営業CFの範囲内に抑える期間が長く続き、一時的にフリーCFがマイナス(=投資超過状態)になる局面もあったが基本的にフリーCFがどちらかに傾くことはなかった。しかし2016年度から規模別には大企業中心であるがフリーCFが継続的にマイナスとなり積極的な投資活動が展開されるようになってきていることが分かる。

投資CFについてその内訳をみるといつの時代もメインスリームは設備投資であるが、平成バブルの時代は土地・在庫等への投資が大きく拡大していた。2000年以降は株式への投資が目立ち始めたが、2016年以降の投資CFの拡大は株式に加えその他の投融資の積み増しが大きく貢献している。株式やその他融資を含めた投資の拡大は海外事業の拡大期と軌を一にしている。最近では大型のM&Aも実施されておりこうした動きが本統計にも表れているものと考えられる。

株式を中心とした投融資の拡大はバランスシートの各項目にも大きな影響を与えている。設備投資(有形固定資産)は積み増しても減価償却により減価されるため大幅な積み増しをしない限り簿価の増加ペースは緩やかだ。一方、株式等投融資は減損リスクがあるが基本的にフローに応じて簿価は増減していく。

ということで最後にバランシート(以下、BS)の状況についてみておく。全体のBSは売上げが伸びないなかでも拡大してきた。2000年度を100とすると2022年度は160。売上げが110に止まる中でBSが大きく拡大していることから資産効率を表す総資産回転率が大きく低下していることになる。資産サイドでは「有形固定資産除く土地」、「現金・預金」、「受取手形・売掛金」、「株式」が、負債サイドでは「資本剰余金・利益準備金・積立金等」、「長期借入金」が主な構成要素となっている。資産サイドを企業規模別でみると、大企業では「株式」が、中堅中小企業では「現金・預金」が最大構成要素である。

総資産回転率、ネッ・トデットエクイティーレシオ
総資産回転率、ネッ・トデットエクイティーレシオ

総資産回転率
総資産回転率

ネッ・トデットエクイティーレシオ
ネッ・トデットエクイティーレシオ

手元流動性
手元流動性

長期時系列の動きでは資産サイドで株式の増加、現預金の増加、負債サイドでの内部留保の拡大が目立つ。1980年以降BSは大きく変化してきたわけだが、その変化を敢えて一言でいえば“安全性の維持・強化”と言っていいのではないか。安全性を計る指標の一つであるネット・デットエクイティレシオ(ネット有利子負債/純資産)の推移をみると、1990年代後半以降急激に低下させていることが分かる。また手元流動性をみても2008年以降積み増す動きが目立つ。直近はコロナ禍による特殊要因もあり中堅中小企業で大きく上振れしている点には注意だ。

バランシート―資産、負債、大企業―資産、大企業―負債、中堅中小企業―資産、中堅中小企業―負債
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バランシート ― 資産
バランシート ― 資産

バランシート ― 負債
バランシート ― 負債

バランシート・大企業― 資産
バランシート・大企業― 資産

バランシート・大企業― 負債
バランシート・大企業― 負債

バランシート・中堅中小企業― 資産
バランシート・中堅中小企業― 資産

バランシート・中堅中小企業―負債
バランシート・中堅中小企業―負債

平成バブル崩壊以降の金融機関による“貸し渋り”、“貸し剥がし”、また、1997年から始まる相次ぐ大手金融機関の経営破綻によって借入金を抑え、手元資金を多めに持つという保守的な財務活動が主流になったことが背景にある。こうした動きはリーマンショックを契機とするグローバル金融危機時にも再度強化されたことでバランシートコントロールでは安全を優先する動きが続いている。

ここまで売上げ、ROE、CF、BSの動きについてみてきた。“日本”株式会社は平成バブルと崩壊、その過程で経験した“山一ショック”によるパラダイムシフト、そしてバブルの後始末も終わったと思ったタイミングでのグローバル金融危機、続けての東日本大震災と“平時”がない状況で活動してきたわけだが、そうした経験が投資行動やBSには色濃く残されている。一方、株式市場ではコーポレートガバナンスの改善、投資家のエンゲージメント強化の動き、東証による市場改革、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応を求める動き等が一体となって新しい時代の始まりを感じている市場参加者も増えている。デフレから脱し名目GDPが継続的に拡大する世界も期待できる状況になっており、企業活動が保守的、安全性優先だけでは生き残ることが難しい時代であるのは間違いない。低金利継続が利払い費用を押し下げ利益の下支えとなってきた構図も変わりつつある。頭と行動の切り替えが求められる。

今後“日本”株式会社が時代の推移に合わせてどう変わっていくのか。引き続き法人企業統計を通して仔細にみていきたい。

以上

佐久間 啓


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。