韓国景気はプラス成長を維持も、内・外需ともにその内容は厳しい

~景気の不透明要因山積も中銀は自律的な政策運営が困難な状況、景気は厳しい展開が続くか~

西濵 徹

要旨
  • 韓国経済はコロナ禍からの回復を遂げる一方、昨年は商品高やウォン安などを理由にインフレが昂進したほか、不動産市況の急上昇を受けて中銀は断続、大幅利上げを余儀なくされた。結果、物価高と金利高の共存に加え、不動産市況の調整も重なり家計消費を取り巻く状況は大きく悪化している。足下では一部で不動産市況に底打ち感が出るも、多くの都市で下落に歯止めが掛からないなど厳しい環境が続いている。
  • 家計部門を巡る状況に加え、世界経済の減速懸念は外需の足かせとなるなど、内・外需双方で景気に下押し圧力が掛かる要因は山積している。こうした状況ながら4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+2.37%と2四半期連続のプラス成長となり、一見すれば景気は底打ちしたようにみえる。しかし、内需の弱さを受けて輸入は輸出を上回るペースで減少しており、その内容は見た目以上に極めて悪いと捉えられる。
  • 足下の外需は一段と下振れする状況が続く一方、商品高の一服の動きは対外収支の改善を促している。ただし、外貨準備高は国際金融市場の動揺への耐性はギリギリの水準にあるなど、外部環境の影響を受けやすい状況は続いている。景気を巡る不透明要因は山積しているが、中銀は自律的に政策判断を下すことは難しい状況にあり、当面の景気についても一段と厳しい展開が続く可能性は高いと判断出来る。

韓国経済を巡っては、コロナ禍からの景気回復の動きをみせる一方、昨年は商品高による生活必需品を中心とする物価上昇、国際金融市場における米ドル高を受けた通貨ウォン安に伴う輸入インフレ、景気回復を追い風とする賃金インフレが重なり、インフレ率は一時24年弱ぶりの高水準に加速する事態に直面した。また、コロナ禍対応を目的に、中銀は利下げや事実上の量的緩和など異例の金融緩和に舵を切ったものの、その後は景気回復が進むなかで余剰資金は首都ソウルを中心とする不動産市場に流入して市況が急騰する事態を招いた。この背景には、同国が元々アジア太平洋域内で家計債務の水準が突出している上、その大宗を住宅ローンが占めるなか、低金利環境が長期化したことが家計部門の住宅需要を喚起したものと捉えられる。しかし、家計財務の急拡大は新たな金融リスクの種となる懸念が高まったこともあり、中銀は一昨年末に利上げに動くとともに、その後も物価と為替の安定を目的に断続、且つ大幅利上げを余儀なくされるなど難しい状況に直面してきた。ただし、こうした急激な利上げを受けて、急上昇した不動産価格は昨年半ばを境に頭打ちするとともに、その後は調整の動きを強めたことで家計部門にとっては逆資産効果が家計消費の足を引っ張る懸念が高まった。一方、インフレ率も昨年7月に24年弱ぶりとなる高水準となるも、その後は一転して頭打ちする動きをみせたものの、インフレ率は中銀が定めるインフレ目標を上回る推移が続くなど鎮静化にほど遠い推移が続いたため、中銀は年明け直後にかけて断続利上げを余儀なくされるなど、物価高と金利高が共存する状況となってきた。なお、年明け以降のインフレ率は鈍化のペースを加速させていることを受けて、中銀は今年2月に1年半に及んだ利上げ局面の一時休止に動いたほか、今月の定例会合においても4会合連続で政策金利を据え置くなど利上げ局面の休止を維持している(注1)。ただし、足下では商品高の動きが一巡している上、米ドル高の動きも一服するなどインフレ要因の後退を反映してインフレ率は一段と鈍化している一方、経済活動の正常化を受けた賃金インフレを反映してコアインフレ率は高止まりしており、依然としてインフレが鎮静化したと判断するのは早計な状況が続いている。他方、大幅利上げを受けて調整が続いた不動産市況を巡っては、足下では首都ソウル(カンナム(江南)区)やセジョン(世宗)特別自治市、テジョン(大田)広域市など一部で底打ちする動きがみられるものの、これら以外の都市では下落の動きに歯止めが掛かっておらず、家計部門にとっては厳しい状況が続いている。

図表1
図表1

図表2
図表2

足下の家計部門を巡っては、インフレ鈍化による実質購買力の押し上げが期待される一方、大部分の都市で不動産価格の下落の動きに歯止めが掛かっておらず、逆資産効果が足かせとなる状況が続くなど、好悪双方の材料が混在する展開となっている。さらに、韓国経済はアジア太平洋域内でも構造面で相対的に外需依存度が高い上、財輸出の4分の1強、コロナ禍前においては外国人観光客の4割弱を中国(含、香港・マカオ)が占めるなど、中国経済への依存度が極めて高い特徴を有する。昨年末以降に中国がゼロコロナの終了に舵を切ったことは景気の追い風になることが期待される一方、ここ数年の米中摩擦に加え、コロナ禍やウクライナ情勢の悪化を受けた世界的なデリスキング(リスク低減)を目指すサプライチェーンの再構築の動きは中国景気の足かせとなるなか、玉突き的に同国の外需に下押し圧力が掛かる動きがみられる。このように、足下の韓国経済を巡っては内・外需双方に景気の足を引っ張る材料が山積しているものの、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+2.37%と前期(同+1.33%)から伸びが加速しているほか、中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率も+0.9%と前期(同+0.9%)と同じ伸びで推移しており、頭打ちの動きを強めてきた景気の底打ちを示唆する動きをみせている。しかし、個別の需要項目の動きをみると、物価高と金利高の共存状態が長期化するとともに、不動産価格の低迷による逆資産効果も重なり家計消費に再び下押し圧力が掛かる動きがみられる。さらに、中国の景気低迷に加え、コロナ禍からの世界経済の回復をけん引してきた欧米など主要国景気も頭打ちの様相を強めていることを反映して輸出も下振れしている上、外需を巡る不透明感の高まりや金利高は企業部門による設備投資も下押ししており、内・外需双方で弱含む動きが確認されている。なお、内需の低迷を反映して輸入は輸出を上回るペースで減少しており、純輸出(輸出-輸入)の成長率寄与度は前期比年率ベースで+3.61ptと成長率を上回ると試算される。その意味では、足下では2四半期連続のプラス成長となるなど一見すれば景気は底打ちしているようにみえるものの、内容は極めて悪いと捉えられる。上述のように、足下では一部の都市で不動産市況に底打ち感が出ているものの、依然として調整局面が続いている上、昨年末時点の家計債務残高はGDP比105.0%と金融市場のリスク要因となる懸念もくすぶるなか、当面の景気は不動産市場の行方に左右される展開となることは避けられない。

図表3
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図表4
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さらに、足下の輸出は中国景気を巡る不透明感が足かせとなる動きが続いており、外需をけん引役にした景気底入れのハードルは依然として高い状況にあると捉えられる。他方、足下においては商品高の動きが一巡しているほか、世界経済の減速懸念の高まりを受けて商品市況に調整圧力が掛かる動きが続いており、結果的に輸入にも下押し圧力が掛かるなかで対外収支を取り巻く環境は改善している。足下の外貨準備高の水準は、IMF(国際通貨基金)が国際金融市場の動揺に対する耐性の有無を示す適正水準評価(ARA(Adequate Reserve Adequacy))に照らして『適正水準』とする100~150%の下限近傍で推移しており、同国を発火点とする形で危機的状況が起こる可能性は低いと捉えられる。また、昨年末以降は国際金融市場における米ドル高の動きに一服感が出ていることも外貨準備高が減少する動きを喰い止める一助になっていると判断出来る。しかし、依然として米ドル相場の行方は国際金融市場を取り巻く環境に左右されやすい展開が続いており、結果的にウォン相場を巡る状況にも不透明感がくすぶることを勘案すれば、国内外で景気を巡る環境は不透明となっているにも拘らず中銀は金融緩和にも動くことが出来ない難しい判断を迫られている。当面の景気については世界経済が頭打ちの様相を強めるなかで一段と下押し圧力が掛かる展開となることも予想されるなど、厳しい状況は続くことは避けられそうにないであろう。

図表5
図表5

図表6
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以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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