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早稲田大の学生誌「蒼生」訴訟/背景にセクハラ教授解雇問題/学生・教員巻き込み禍根/ハラスメント撲滅を

2022年6月8日 16時00分 (6月8日 16時00分更新)
 笙野頼子さんの寄稿を巡り 訴訟となった早稲田大の学生誌「蒼生 2019」

 笙野頼子さんの寄稿を巡り 訴訟となった早稲田大の学生誌「蒼生 2019」

 早稲田大(東京都)の学生が講義の一環で編集した文芸誌への寄稿を巡り、筆者で作家の笙野頼子氏が、同大の教員二人に名誉毀損で訴えられた。文壇関係者も「学生誌が裁判の対象になるのは前代未聞」と語る異例の訴訟の背景にあるのは、同大の著名な教授のセクハラ解雇だ。判決を基に報告したい。
 雑誌は「蒼生 2019」=写真。同大の文化構想学部で「文芸・ジャーナリズム論系演習」の講義を選択した学生が編集し、原則として年一回刊行される。二〇一八年は、准教授の市川真人氏と、非常勤講師の北原美那氏らが講義を担当した。

 同大はこの年、市川氏の師で文芸評論家の渡部直己教授を、セクハラで解任した。これを受けて、渡部氏のゼミに所属し、この講義を選んだ学生が、セクハラや弱者への暴力を雑誌の企画とするよう希望した。
 雑誌は翌年二月に刊行。特集の一つとして「文学とハラスメント」と題した企画が組まれ、学生からの依頼で笙野氏が執筆した寄稿も掲載された。
 「これ? 二〇一九年蒼生の解説です」と題する寄稿のうち、市川氏と北原氏は計七カ所の記述を名誉毀損とし、それぞれ慰謝料三百万円と弁護士費用三十万円の計三百三十万円の支払いを求める訴訟を起こした。
 問題となったのは、笙野氏が両氏の言動を学生から聞いて執筆した記述など。「私達学生は渡部直己教授のセクハラ告発をするべきだと思いました。すると市川先生と北原先生からありとあらゆる妨害を受けました。僕は今自分もハラスメントの被害者だと感じています」といった記述が含まれている。
 一審の東京地裁は昨年十一月の判決で記述について、いずれも公共の利害に関する事実に関わり、専ら公益を図る目的に出たものと認定。その上で、七カ所の記述の重要な部分について
 (1)市川氏と北原氏が、企画が渡部氏の解任理由となったセクハラを含む文学とハラスメントを内容とするものであることを理由に、雑誌への掲載を妨害する働きかけをしたこと
 (2)市川氏が以前、文芸誌「早稲田文学」の戦争法案アンケートを巡り、笙野氏の書いた文章を記載欄が足りないという理由をつけて一部削除させたこと
 (3)市川氏が渡部ゼミに所属していた三人に対して、渡部氏の批判を行うことを禁止したこと―などと認定。こうした事実について、いずれも真実であることの証明があるとした。
 その上で(2)について、笙野氏が「言論統制」という意見・論評をした点は「違法」とし、市川氏の請求を慰謝料二十万円、弁護士費用二万円の計二十二万円の限度で認めたが、それ以外の記述に関する市川氏と北原氏の請求は、すべて棄却した。
 両氏は控訴したが、二審の東京高裁は五月十八日の判決で、一審判決の結論を相当として、控訴を棄却し、両氏の訴えを退けた。
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 訴えた側の市川氏らが、一審・二審とも七項目のうち一項目の勝訴にとどまり、逆に訴えられた側の笙野氏の記述が、多くの点で真実とされたこの訴訟。
 市川氏らは最高裁に上告しており、今後の審理に影響を与えないためにも、原告・被告の双方への取材は控えた。だが一連の経緯を踏まえて記者が感じるのは、教育の場でのハラスメントが学生や他の教員らを巻き込んで、いかに関係者の間に禍根を残すかということだ。
 これを他山の石とし、早大学内でも他の教育機関でも、ハラスメントの撲滅に向けてさらに努力してほしい。(三品信)
 【メモ】早稲田大・教え子セクハラ問題
 同大文学学術院現代文芸コースで学んでいた大学院生の女性が2017年、指導教官だった文芸評論家の渡部直己教授(当時)から、「卒業したら女として扱ってやる」「俺の女にしてやる」などのセクシュアルハラスメントを受け、精神的苦痛から退学に追い込まれた。18年7月、大学側は同教授を解任した。

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