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女性騎手未踏1000勝迫る宮下瞳 簡単ではなかった道「今は馬に乗るのが本当に楽しい」【競馬の話をしよう。】

2021年10月9日 06時00分

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インタビューに答える宮下瞳騎手=名古屋競馬場で

インタビューに答える宮下瞳騎手=名古屋競馬場で

 競馬の世界を掘り下げる企画「競馬の話をしよう。」。第13回は日本の女性騎手で初となる通算1000勝が目前に迫っている名古屋競馬の宮下瞳騎手(44)を直撃した。1995年の初騎乗から結婚、引退、出産、復帰を経て、ここまで984勝。2児のママとして歴史を切り開いてきたこれまでの歩みや大記録への心境、今後の目標について聞いた。(聞き手・関俊彦)
―まずは騎手になったきっかけを教えてください
宮下瞳「祖父が馬を飼っていて、小さいころから乗っていました。兄が騎手になっていた影響もありますが、中学で進路を決める時、女性でも騎手になれると知って目指したいと思いました。そこから祖父の知り合いの厩務員がいるという縁で、名古屋競馬に行くことになりました」
―男性ばかりの世界に飛び込むことにためらいは
「全くなかったですね。馬が好きでしたし、絶対に騎手になりたいという思いしかなかったです。競馬学校のクラスに女性は私だけでしたが、『女だからダメ』とか言われるのは絶対に嫌でしたし、絶対に負けたくなかった。女性とか関係なく、何をやるにも一番を目指したいですから」
―初騎乗は1995年。デビュー2日後には初勝利を挙げた
「デビュー戦はすごく緊張していて、馬につかまっていただけだったと思います。初勝利は本当に強い馬に乗せてもらって、周りの先輩たちも応援してくれたのでよく覚えていますね」
―そこから順調に勝ち星を積み重ね、2005年には騎手の小山信行さんと結婚。公私ともに順調な中、2011年に引退した
「結婚や出産も一つの理由かもしれませんが、実は当時は少し燃え尽きていました。(09年から)韓国に短期修業みたいな形で乗りに行っていたのですが、そこでたくさん勝たせていただいて。帰国後は主人の母の看病などもあって半年ぐらい騎乗せず、そのころに子どもを授かりました。これは神様が『もういいよ』って言っているような気がして…。やり切った感じでしたね」
―2人を出産後、再び騎手になることを決意した
「私が騎手だったことを息子には言ってなかったのですが、家に飾ってある馬にまたがっている私の写真を見て、長男が『これは誰?』って聞いてきたんです。そこで私だと言ったら『ママが馬に乗っているところを見てみたい』って言うんです。その頃、主人の応援に行くたびに自分もまた馬に乗りたいという気持ちが少しずつ強くなっていました。なので息子の言葉でくすぶっていた思いに火がつきましたね」
―復帰を目指した時は周囲からは厳しい声も
「下の子が産まれたばかりということもあって、周囲は反対ばかりでした。当然だと思います。でも、そんな中、主人だけは『いいんじゃない』と応援してくれました。本当に心強かったですし、そこで主人も反対していたらやっていなかったと思います」
―復帰への道は簡単な道のりではなかった
「今、思いだしても大変でしたね。夜中の11時半ぐらいに起きて、12時前に厩舎にいって厩務員さんの仕事をやらせていただいて、その後は午前8時ぐらいまで調教。そこから子どもを保育園に連れて行って、洗濯とか夕食の準備とか家事をして、午後4時ぐらいまで再び厩舎作業。そこから子どもを迎えに行って、夕食を食べさせて寝かしつけて、そこから自分が寝る時間まで(免許再取得試験のための)勉強という流れ。睡眠時間は1日2時間ぐらい。でも最初から大変になることは分かっていましたし、とにかく必死でした。今考えるとすごいことをやっていたなと思いますが、今が大丈夫だから、大丈夫なんだと思います(笑)」
―16年の復帰後からも順調に勝ち星を伸ばし、昨年は女性騎手として初の年間100勝。復帰後は勢いを増している
「たくさん乗せていただいていますし、周囲の皆さんのおかげというのは間違いないですね。また、今は馬に乗るのが本当に楽しいです。もちろん一度引退する前も楽しかったのですが、勝たなきゃ、結果を出さなきゃというプレッシャーも大きかった。今ももちろん結果にはこだわっていますが、楽しみながら乗れています。あと、厩務員さんの仕事を経験したことで支えてくれる人の存在をより知ることができ、今まで以上に感謝の思いを持って乗るようになりましたね」
―女性騎手では前人未到の1000勝が迫っている
「ここまでとんとん拍子に勝てるとは思っていませんでしたし、そこ(1000勝)までいけるとは思っていませんでした。だから意外と意識はしてないんです。でも、できれば年内に達成できたらいいとは思っています。でも走るのは私ではないので、馬に頑張ってもらいます(笑)」
―息子さんも騎手に興味があるそうだが
「前はジョッキーになりたいと言っていたんですが、私が鼻の骨を折って顔がパンパンに腫れておばけみたいになったのを見て、心が折れちゃったみたい(笑)。でもまた最近、何がきっかけかは分からないですが『ママの仕事って大変?』とかちょっと興味がある感じなんです。ただジョッキーになってほしいかは半々です。馬に乗っている姿も見てみたいですけど、けがもたくさんする仕事ですから。悩ましいですね」
―今後の目標は
「年齢的にも引退のタイミングを考えたりもしますが、せっかく免許をまた取ったので頑張れるところまで頑張ってみるつもりです。調教師にもなりたいなとは思っていますが、今はまず1000勝を達成したいです。あとは女性騎手も多くなってきてますから、女性騎手限定競走みたいなのができたらいいななんて思ってます。そこで騎乗できたらうれしいですね」
◆宮下瞳(みやした・ひとみ)1977年5月31日生まれ、鹿児島市出身の44歳。1995年10月22日に名古屋競馬でデビュー(オブラディオブラダで9着)し、2日後にショウワミラクルで初勝利。2005年2月に同じく名古屋競馬の小山信行騎手(現・韓国競馬の調教助手)との結婚を発表。11年8月に引退(通算626勝)し、翌年3月に長男(優心くん)を出産。14年9月に次男(健心くん)を出産。16年7月に騎手に復帰。20年には女性騎手初の通算1万回騎乗を達成。また同年、女性騎手として初の年間100勝を達成し、今年6月に農林水産大臣賞を受賞した。今年の勝利数は8日現在66勝で、名古屋リーディング7位。
 今年はJRAで2人の女性騎手が誕生したが、宮下の存在は地方競馬とはいえ大きいようだ。今週、左肩の手術から復帰する古川奈穂騎手(21)=栗東・矢作=は、デビュー前から宮下と面識があると言い、休養中も含めて何度もLINE(ライン)でエールを受けたそうだ。「厩舎にもともと名古屋競馬にいた助手さんがいるので、その方を通じて紹介していただいた」と話すと「長年活躍されているのが本当にすごい。私もそういう騎手になりたいですね」と話した。
 また、父・太郎さんが地方競馬の元騎手で現在は園田競馬の調教師という永島まなみ騎手(18)=栗東・高橋康=は面識こそないが、宮下の映像は何度も見てきたという。「お子さんを育てながら、あんなに活躍されているのはすごいとしか言えません。まだお会いしたことはないですが、ぜひ一緒のレースに乗って、同じ女性騎手としてアドバイスを聞きたいです」と目を輝かせていた。
 永島は今週、土日の新潟で計4鞍に騎乗。土曜8Rのセルレアは「直線競馬は外が有利ですから、スタートをしっかり決めて外のいいところを走りたい」と外枠を生かす考え。また、日曜6Rのラボンダンスは現級で2着2回の実績があり、流れに乗れれば上位進出の可能性大だ。
▼現役の女性騎手 地方競馬に11人、JRAに3人、ばんえい競馬に1人が所属している。JRAの女性最多勝騎手は藤田菜七子(24)=美浦・根本=で通算139勝。また、地方競馬、JRAともに日本の女性騎手はいまだG1級を制していないが、JRAでは02年の中山大障害をギルデットエージで勝ったニュージーランドのロシェル・ロケットが唯一の女性G1騎手となっている。

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