幹部にアクセンチュア人材複数。ビックカメラ「IT子会社」が挑む“家電量販のDX”

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ビックカメラ有楽町店。

撮影:吉川慧

「マネージャー候補で想定年収1200万円」

「コンサルティングファーム経験者が幹部人材へ次々に転職」

この説明で「ビックカメラの話題だ」とすぐにイメージできる人がいるとしたら、相当に業界に詳しい人ではないだろうか。

家電量販大手ビックカメラのDX(デジタル・トランスフォーメーション)が今、一気に動き出している。同社は、半年前の2022年6月にAmazon Web Service(以下AWS)とSalesforceという二大クラウドベンダーと提携を発表。

ECサイト「ビックカメラ.com」や社内システムの「内製化」に本格着手するため、同9月にはシステム内製開発の100%子会社ビックデジタルファームを設立した。

あえて別会社を設立したのは、優秀な人材の受け皿を作るためだ。既に大手コンサルティングファームのアクセンチュアから、複数の人材が参画していることが取材でわかった。

ビックカメラの内部で何が始まろうとしているのか。

ビックカメラ執行役員デジタル戦略部長で、ビックデジタルファーム社長を兼任する野原昌崇氏が取材に応じた。

エンジニア幹部には複数のアクセンチュア人材

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ビックデジタルファーム社長の野原昌崇氏。デジタルガジェット好きで、2週間に一度はプライベートで有楽町のビックカメラに足を運んでいるという。

撮影:Business Insider Japan

野原氏は前職のホームセンター「カインズ」で、ITイノベーション推進室室長を務めていた経歴を持つ人物。

2021年9月に、ビックカメラの「ITシステムの内製化」を実現するために入社。その後、エンジニアの組織づくりを進めてきた。

ビックデジタルファームの従業員数は2022年12月時点でエンジニアが約60人、従業員全体では140人規模。9月以降、毎月のように4〜5人のエンジニアが入社し、組織強化を進めてきた。

幹部人材にどんな経歴の人材を登用しているのか聞くと、驚くほどアクセンチュア出身者が多くいた。

「(法人設立に前後して)まずは2022年の5月にシステム企画の責任者として、アクセンチュア出身で大手クライアントの物流やネット通販を担当したエンジニアが参加しました。

同じく8月にはアクセンチュア出身で70名ほどの開発チームを率いた経験があるマネージャークラスのエンジニアが入社。UI/UXのスペシャリストもアクセンチュア出身で10月に入社しています」(野原氏)

ここに挙げたコア人材のなかには、野原氏が過去のプロジェクトで信頼を置いていたメンバーや、自身のつながりからヘッドハントした人材もいる。

組織の核となる人材に、実績や人となりが分かっている人材をリファラルで引き込むのは理にかなっている。

野原氏は「この3人が入社してくれなかったら、とても私の体力が持ちませんでした」と冗談交じりに語る。

さらに2023年に入って、エンジニアチームを率いるテクニカルリードに、AWS(Amazon Web Services)社のシニアソリューションアーキテクト経験者も加わった。こうした採用には、クラウド技術者を自社に取り込もうとするビックデジタルファームの真剣度が現れている。

「市場価値に待遇を合わせるのは当たり前」

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撮影:Business Insider Japan

ただ、一方で良い人材を獲得するには、「仕事の面白さ」だけでは不可能だ。

転職市場で腕の立つエンジニアは、まさに争奪戦。給与などの待遇も高騰している。

ビックカメラ(ビックデジタルファーム)の採用戦略として興味深いのは、エンジニアの想定年収を店舗スタッフとはまったく違う給与体系にしているところだ。

募集要項には、「マネージャー候補で想定年収800〜1200万円」「経験を積んだシニアエンジニアは最高900万円」などの条件が並ぶ。これは、小売店舗の従業員を含めたビックカメラ全体の社員平均年収467万円・平均年齢36.5歳(2022年8月31日時点)を大きく上回る。

ビックデジタルファームの募集要項

ある転職サイトに掲載された募集要項。さまざまな職種があるが、マネージャー候補など幹部人材採用では最高年収1000万以上を提示する例は複数ある

撮影:Business Insider Japan

国内企業では待遇面の折り合いがつかず、エンジニアやデータサイエンティストの採用に苦労しているという話は頻繁に耳にする。

ビックカメラの場合ももちろん、市場に合わせた給与設計は簡単に決まることではなかったと野原氏は振り返る。

「(2022年)6月のDX戦略発表の前には、3カ月くらいずっと(待遇をどうするかなどを)経営と議論を重ねてきました。

システム開発の内製化をしたい時に、 『うちの平均給与はこうなんで』って言っても誰も来ませんよね。内製化をするというのが目的であるならば、それに合わせて給与水準を合わせない限り、内製化はできない。それは自明のことだと思います」

就業条件も、ビックカメラとはまったく異なるものになった。

「具体的には2022年の9月から社内のドレスコードを解放して、エンジニアはTシャツやパーカー、ピアスや金髪でも勤務できます。もちろん清潔感は必要ですが。

これは、家電量販店としては、本当にあり得ないことなのです。いつ店舗応援に行くか分からないので、白いワイシャツで、ステッチも色が入ってはいけない。本部のメンバーもそうです。でも、『それじゃエンジニアに来てもらえません』と。そういった議論をずっとやりました」

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撮影:吉川慧

その上で、ビックカメラが大手コンサル企業経験者などを惹き付ける面白みはどこにあるのか。

野原氏は「ビックカメラで働く魅力は、事業会社であること」だと言い切る。

「IT企業やコンサルティングファームでは『お客様のための仕事』ですが、ビックカメラなら自分たちが直接携わる業務をエンジニアリングできます。

また、店舗やネット通販サイトが保有する大量のデータを扱える点も面白いでしょう。おかげで毎月4〜5人ほどエンジニアが入社しています」(野原氏)

冷静に考えれば、業界の常識ではあり得ない改革をしている —— 野原氏の言葉にはそんな印象を強く持つ。

なぜ「内製化」するのか。ビックカメラの理由

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ビックカメラのECの顔でもあるアプリ版ビックカメラ。こうしたアプリの体験やWebでの体験も変わっていくと思われる。

撮影:Business Insider Japan

従来、日本企業では社内システムの開発を「ベンダー」などと呼ばれる外部のIT企業に委託することが一般的だった。

なぜビックカメラは、この時期に内製化に舵を切ったのだろうか。

「内製化の理由としては、一つ目は事業のアジリティ(機敏性)を上げるためです。例えばベンダーに基幹システムの改修を発注すると、ドキュメントの作成なども必要になります。

もちろんドキュメントは重要ですが、顧客向けのスマホアプリなど小規模開発であればアプリ本体が成果物になります。時間をかけてドキュメントを整備する必要はありません。ならばエンジニアがすぐに開発できる体制を整備したほうが良いでしょう」

もう一つ、コスト削減という側面もある、と野原氏。

「外部のベンダー経由では開発にかかるコストだけでなく、ビックカメラのシステムや業務を把握するためのコストも必要です。

そのためビックカメラに精通したエンジニアを社内に抱える方が、合理的であると考えています」(野原氏)

顧客との接点になるスマホアプリやネット通販サイト、クーポンやメルマガといったデジタルマーケティングの内製化や強化によって、開発の早さと精度を高める企業は増えている。

野原氏の前職であるカインズではオウンドメディア「となりのカインズさん」が人気を博しており、同じく小売業のイトーヨーカドーやライフではネットスーパーアプリにおいて、スタートアップの10Xと共同開発を進めている。

顧客との接点を強化して自社の利用を想起させることが、競合他社との差別化につながるからだ。

家電量販店は「ご関心データベース」を持っている

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撮影:吉川慧

今、野原氏はビックカメラのDX、データ活用の説明として、社内に「ご関心データベースを作っていく必要がある」と発信し続けているという。

家電量販は、競合同士で同じ商品の販売価格を競っている。地域によっては徒歩圏に競合がひしめく地域もある。どんなに接客が良くても「お目当ての商品が3000円高いか安いか」で客が買う店を決めてしまうのもまた現実だ。

「そうなると、どうしても家電小売り全体が(お客様を見るのではなく)、販売促進費や割戻金(リベート)や割安な仕入れ価格を提供するメーカーを気にする構造になりがちです」(野原氏)

小売業はお客を中心とした形であるべきなのだから、商品軸・商圏軸で売るのではなく、CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)を中心としたビジネスに組み立て直すべきだと、野原氏は指摘する。

ただし、そこには家電量販だからこその難しさもある。

「(一般の小売店と違うのは)私たちは消耗品を売っているわけではないんです。例えば、最新の大画面有機ELテレビをAさんが買ったとします。その『販売レコード』(販売データ)が何を示すかというと、『Aさんは5年〜10年は有機ELテレビを買わない』という示唆でしかありません

つまり、必要なのは「購入前にユーザーがどうやって商品を検討するか、購入する時期はいつなのかを分析するデータベース」だ。誰が何を買ったかという履歴単体では、家電量販ビジネスでは意味が薄い。だからこそ「ご関心データベース」にしていかなければならないのだという。

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