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コロナ禍による外出自粛を逆手にとって市場を拡大させてきたフードデリバリー。その中にあって国内シェアNo.1の座にいるのが株式会社出前館(以下、出前館)です。
GMV(流通総額)もアクティブユーザー数も拡大を続けてはいるものの、営業利益の推移を見ると、近年では赤字幅が急激に広がっています(図表1)。
(出所)出前館 有価証券報告書および決算短信より筆者作成。
出前館のP/L(損益計算書)を見てみると、同社は原価が著しくかさんでおり、粗利の時点ですでにマイナスです(図表2)。
(出所)出前館 2022年8月期決算短信より筆者作成。
その主な要因は、マーケットシェア奪取を狙って外注の配達員を大幅に増やしたことによる「外注費」の急増にある——これが前回までの分析でした。
もともとは営業黒字を達成できていた会社だったのに、なぜここまで財務内容が急激に変わったのでしょうか。また、こんなに赤字を出し続けていて、資金繰りは大丈夫なのでしょうか?
- 黒字から赤字に転じた背景には何があったのか
- 資金繰りや倒産リスクは大丈夫なのか
前編に引き続き、本稿ではこの2つの疑問を中心に考察を進めていきましょう。
以前は出前のポータルサイトだった
出前館が営業赤字に転じたのは2020年8月期のこと。この背景に何があったのかを知るために、まずは同社の歩みをざっと振り返っておきます。
出前館の創業は1999年9月。今から20年以上前にデリバリー総合サイト「出前館」をオープンしたのが始まりでした。
出前館が創業した頃の「出前」といえば、電話で注文を受けて、店員がバイクや自転車で顧客の家まで届けるスタイルが一般的でした。電話番号が分からないと注文してもらえないため、飲食店にとってはチラシが生命線でした。以前はこうして撒かれたチラシがどの家庭にもたいてい何枚か保管されていたものです。
ここに目をつけたのが出前館です。インターネットで出前館のサイトにアクセスするとさまざまな飲食店の出前情報が見られ、そこから直接注文もできる。いわば「出前のポータルサイト」です。
ただし、このビジネスモデルを実際に成立させるのはかなりの苦労を伴いました。出前館のサイトに登録してもらうために、一店一店回って交渉しなければならなかったからです。
しかも当時はスマホどころかインターネットすら普及途上。なかでも飲食業界はインターネットの活用が立ち遅れていた業界でした。ランチの混雑時にインターネットで入った注文を確認する余裕などありませんから、当初はオーダーミスが頻発していました。
そこで出前館は一計を案じ、サイトを通じて注文が入ると、当初は飲食店に手動でFAXや電話で注文を伝えるというビジネスモデルをつくりました(その後、システム開発に投資をすることでこれらの一部を自動化)。
(出所)出前館 2017年8月期第2四半期 決算説明資料より抜粋。
ここまでお読みになってお気づきのように、出前館は2015年ごろまでは配達代行を行っておらず、あくまで自前の配達機能を持つ飲食店のためのポータルサイトという位置づけでした。
ピザーラや銀のさら、ジョナサン、CoCo壱番屋など、自前で配達できる飲食店を加盟店とし、出前館のサイト経由で注文が入るとその内容を飲食店に伝え、売上のレベニューシェアをもらうというサービスでした。
このビジネスモデルの利点は、加盟店が増えるほど規模の経済が働き、利益も出やすくなるということです。図表4は、出前館の2015年8月期〜2019年8月期の売上高、営業利益、粗利率、営業利益率の推移です。2018年8月期までは粗利も十分に確保し、かつ利益も出せていたことが分かります。
(出所)出前館 有価証券報告書および決算短信より筆者作成。
LINEによる増資を機に戦略を大幅変更
前編で見てきたとおり、出前館は配達代行事業へと舵を切る戦略変更を行ったことで原価が膨らみ、これが主因となって営業赤字へと転じました。
出前館の有価証券報告書や決算説明資料の中に、配達代行を意味する「シェアリングデリバリー®」という言葉が初めて出てくるのは2016年8月期決算ですが(この頃のシェアリングデリバリー®の拠点は10店舗ほど)、ここから現在のビジネスモデルへと大きく舵を切るきっかけとなったのが、株主であるLINEの存在です。
実は出前館は、以前からLINEと多くの業務提携を行っていました。
- 2016年5月:「出前館 on LINE」サービスに関する業務提携
- 2016年10月:LINEと資本業務提携
- 2017年7月:「出前館」がLINE株式会社と「LINEデリマ」サービスに関する業務提携。
LINEはもともと、デリバリーサービス「LINEデリマ」やテイクアウトサービス「LINEポケオ」など、オンラインとオフラインを融合させたフードオーダー体験を提供するサービスを展開していました。
その経緯から、折しも新型コロナが蔓延し始めた2020年、LINEは出前館に対してグループで総額300億円もの出資を決めます。まさにフードデリバリー市場のビジネスチャンスを捉えた、思い切った打ち手と言えるでしょう。
LINEは2020年のタイミングで、自社のフード事業を出前館というサービスブランドで統一するとともに、出前館に対して「投資資金の確保」「システム開発およびマーケティング体制の強化」「テイクアウト領域への進出」の4つを強化することを支援しました(※1)。
増資を経てLINEの実質子会社に
LINEとの提携以降、出前館のキャッシュポジションが大きく変わったタイミングが2回あります。順を追って見ていきましょう。
もともと出前館のキャッシュ残高は、主たるビジネスモデルが配達代行に移行するまでは20〜30億円の間で安定的に推移していました。
しかし2020年にLINEから300億円の出資を受けたことで、2019年8月に22億円しかなかった出前館のキャッシュは、2020年8月には290億円へと急増しました(図表5)。ここが第一のポイントです。
(出所)出前館 有価証券報告書および決算短信より筆者作成。
この期、財務キャッシュフロー(CF)は287億円ものプラスになっています。これは2020年3月に株式を発行したことによって得られた資金です。
この株式からの資金調達を通じて、出前館の株式持ち分の約36%をLINEが、約25%を未来FUND有限責任事業組合が保有することになりました。「未来FUND有限責任事業組合」とは、LINEの筆頭株主である韓国NAVERのグループ会社であるNAVER L.Hubが90%、LINEが10%出資する投資ビークルです。
この時点で、LINEを含むグループは出前館の株式の60%超を保有したほか、出前館に取締役を3人、監査役を1人派遣して実質子会社化しました。
出前館はこの300億円をもとに2021年8月期には積極的な投資を進めて配達代行事業を強化しつつ、広告宣伝費をかけてGMVを急拡大させました。
しかしその結果、出前館はわずか1年で180億円以上を使ってしまいました。この時点でのキャッシュ残高は102億円。こんな使い方をしていれば、あと1年で資金が底をついてしまいます。
そこで出前館は、2021年9月に公募で約830億円もの増資に踏み切りました。ここが第二のポイントです。この増資のうち約333億円はZホールディングスが、約180億円はNAVERが引き受けました(※2)。
この結果、出前館の株主の上位4社はLINE、未来Fund有限責任事業組合、Zホールディングス、NAVERになりました(図表6)。
(出所)出前館 2022年8月期第2四半期報告書より抜粋。
以前この連載でも取り上げたように、LINEとYahoo!は2020年に経営統合し、現在はZホールディングスの傘下にあります。
さらに、Zホールディングスの株主であるAホールディングスの株主にはNAVERがいます。つまり出前館は、過去2年間のうちに行った合計1100億円の増資を通じて、実質的にソフトバンクとNAVERのグループになりました(※3)。
さて、冒頭に挙げた疑問「こんなに赤字を出し続けていて、資金繰りや倒産リスクは大丈夫か」についても答えが見えてきました。
出前館の2022年8月期のキャッシュ残高は532億円。同社は2023年8月期に190億〜210億円の赤字を見込んでいますから、仮に2022年8月期と同程度のキャッシュアウトがあれば、残高は300億円ほどになります。これでもまだキャッシュは十分にあるとはいえ、2023年8月期以降はいよいよ黒字化してキャッシュを生み出さないと、また資金繰りが苦しくなりかねません。
そうなれば、実質的な親会社であるソフトバンクとNAVERが追加出資をするかどうか……このあたりが今後の焦点になりそうです。
どうすれば黒字化できるか?
本連載ではこれまでも赤字を出しながら成長してきた企業を何社か取り上げてきましたが、「粗利ベースで赤字」というのは出前館が初めてです。市場シェアを拡大させたことで、同社は今後、安定的なキャッシュフローを生み続せるようになるのでしょうか。
そこで最後に、こんな思考実験をしてみたいと思います。
仮に出前館が今のビジネスモデルをベースに年46%という現在の成長を続け、3年後にGMV(流通取引総額)が現在の3倍の6600億円になったとします。
ここで、思考実験に必要な「テイクレート」を計算しておきます。テイクレートとは、GMVから売上に変わる割合のことです。
筆者、編集部作成
出前館の2022年8月期は、GMVが2201億円、売上高が473億円ですから、テイクレートはざっくり20%前後です。このテイクレートが変わらないと仮定すると、3年後の売上高は——
筆者、編集部作成
1320億円となります。そして出前館が決算説明資料で示している見通しのとおり粗利率20%を達成できたとすると、1320億円×20%=264億円の粗利になります。
次に3年後の販管費を考えてみましょう。2022年8月期、売上高に占める販管費(除く広告宣伝費)の割合は34%でした。仮にこの比率をそのまま当てはめると、3年後の売上高1320億円×34%=448億円が販管費(除く広告宣伝費)になります。
筆者、編集部作成
GMVが3年間で3倍に伸びて、粗利率20%を確保できたとしても、広告宣伝費を除く販管費が448億円かかるようでは図表9のとおりまだ赤字です。販管費の比率を現状の34%から17%程度へ、半減させてようやく広告宣伝費を使う前の営業利益が約40億円確保できます(図表10)。
筆者、編集部作成
しかし広告宣伝費がゼロというのは想定しづらいので、仮に売上高の2%分を使うとすると26.4億円。これでなんとか13億円の営業利益が残ります(図表11)。
筆者、編集部作成
もちろんこれは、あくまで現在の収益構造の延長線上で考えたのみのシミュレーションではありますが、イメージとしてはざっくりこんな感じでしょうか。
事業の持続可能性・拡張性に注目
出前館の藤井英雄社長は2021年10月のインタビューで、「我々の今の目標は黒字化ではなく、流通取引の量を増やすこと。まずは最初の段階で大きく規模を拡大させて、最後に果実を刈り取るときのベースを作る」と話しています(※4)。
市場の成長期には、黒字化を目指すよりも思い切った投資をして市場規模自体を広げ、シェアを積極的に獲っていくことを優先するという戦略はもちろんありでしょう。
ただし、企業の価値は「企業が将来生み出すであろうキャッシュフローの割引現在価値の合計額」で決まります。このことと上述のシミュレーションとを踏まえると、出前館が今後、十分にキャッシュフローを生むとともに企業価値を高めるためには次の5点が必須になります。
- GMVを今の成長ペースで拡大させる
- GMVに対するテイクレートは20%以上を確保する
- そのうえで粗利率を20%以上確保する
- 規模の経済を活かして、売上高に占める販管費の割合を10%台に抑える
- 売上に占める広告宣伝費の割合は1桁%台に抑える
不可能ではないかもしれませんが、それなりにハードルは高そうです。そしてもちろん、これらを実現するためには引き続きLINEとZホールディングスによる財務支援は必須でしょう。
正直なところ、フードデリバリーのビジネスモデルだけを見れば、ビジネス的には必ずしも利幅があるものとは言えません。
しかしLINEとZホールディングスがフードデリバリー市場を握ることで、LINEやZホールディングス全体のサービスというエコシステムの中で相互補完的な価値を提供できる可能性はあります。具体的には、日用品を30分以内に配達するクイックコマースへのビジネスモデルの拡張などです。
実際、欧州ではフードデリバリーの発展形としてクイックコマースが伸びています。日本でも最近では出前館でコンビニ弁当なども購入できるようになってきていますし、Zホールディングス全体でも、ヤフー、LINE、アスクル、そして出前館でクイックコマースを強化しています(※5)。つまり、クイックコマースの布石はすでにできているのです。
見方を変えると、現時点で私たち消費者が出前館のサービスを格安で利用できているのは、LINEとZホールディングスがクイックコマース拡張を見越して出前館に出資したおかげ、とも言えます。
問題は、この出前館のサービスが持続可能かどうかということです。出前館はこの点が、広告宣伝費を抑えれば黒字化できるのに顧客獲得のため敢えてそうしていないスタートアップ企業とは決定的に異なる、という点は頭の片隅にとどめておいたほうがいいでしょう。
果たしてフードデリバリー市場は今後もこのまま拡大し、出前館は粗利を確保して事業を持続可能なものへと成長させられるのか。そして、クイックコマースへの拡張は実現するのか。LINEとZホールディングスの出方を含め、今後の展開に注目です。
※1 出前館「LINEグループとの資本業務提携および新体制に関するお知らせ」2020年3月27日。
※2 出前館「海外募集による新株式発行及び自己株式の処分並びに第三者割当による新株式発行に係る発行価格及び処分価格等の決定並びに主要株主の異動に関するお知らせ」(2021年9月15日)を参照。
※3 出前館はZホールディングスの持分法適用会社になっています。
※4 「出前館の社長に聞く。『営業赤字500億円予想』でも投資し続ける5つの理由」Business Insider Japan、2021年10月28日。
※5 Zホールディングス、ヤフー、アスクル、出前館「Zホールディングスグループ、食料品や日用品のクイックコマースを本格展開〜 本日より『Yahoo!マート by ASKUL』に名称変更配達エリアは2022年度中に都内23区全エリアをカバー 〜」2022年1月26日。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に『決算書ナゾトキトレーニング』(PHP研究所)がある。