「劣化した“自称・保守”たちへ」『ゴー宣』再開・小林よしのりが“1億総ゴーマン時代”に伝えたいこと

「ゴーマンかましてよかですか?」の決め台詞とともに、漫画家、小林よしのり氏が社会に対する“違和感”を問い続けてきた漫画『ゴーマニズム宣言』(通称・「ゴー宣」)。週刊誌『SPA!』の人気連載だったが、その後月刊誌『SAPIO』などに場所を移しながら続いてきた。

それがこの春、本家本元の『SPA!』に23年ぶりに里帰りする。政治から宗教、メディア、天皇制まで幅広く論じてきた小林氏に、今の社会はどう映るのか。

小林よしのりさん

小林さんの作品はこのデスクから生まれる。新生『ゴー宣』で伝えたいことは何か。

浜田敬子BIJ統括編集長(以下、浜田):漫画『ゴーマニズム宣言』(以下、『ゴー宣』)の連載が4月3日、『SPA!』で23年ぶりに再スタートしました。

小林よしのりさん(以下、小林):最初は『SPA!』の創刊30周年記念として数回描いてほしいと編集部から依頼を受けたんです。それで改めて『SPA!』を読んでみると「今はこっちのほうが『ゴー宣』をのびのび描けるんじゃないか」と思ったんですね。『SPA!』にはさまざまな価値観の特集があって、普通の生活感覚のある人たちが読んでいる。そこからいろいろと編集部とやりとりをして、連載を再開することになりました。

SPA!表紙

『ゴー宣』が再開した4月3日発売号。

浜田:『ゴー宣』だからこそ言いたいこと、伝えたいというテーマはありますか。

小林:わしはとにかく今の安倍政権が嫌で、その嫌い方がちょっと度を超しているというぐらいなんです(笑)。だから、なによりもまず安倍政権を倒したい。それが今、どうしても必要なことなんですね。

「ここまで民主主義が堕落してしまっていいのか」

浜田:安倍さんとそれ以外の政治家と、なにが一番違うと感じていますか。

小林:「アナクロ国家主義」、そして「権力に対する妄執」と言ったらいいのかな。例えば森友学園問題はいったん沈静化した後、財務省が資料を改ざんしたと明かした。これまでの政治家ならこの時点で辞めたよ。それが辞めない。恥知らずなのよ。

本来の保守とは美意識や恥の意識を持っているはずなんです。ところが安倍首相は「どうせ国民は忘れるから嘘で言い逃れてしまえばいい」と国民をなめきってるじゃないですか。しかも、それを擁護する連中がたくさん出てきてしまって、周囲も完全に権力の言うがまま。ここまで民主主義が堕落してしまっていいのか、と思いますね。

アナクロ:アナクロニズムの略。時代に逆行していること、時代錯誤。

森友学園問題について言えば、昭恵夫人が原因に決まってるじゃない。籠池(泰典前理事長)がいくら頼んだって門前払いだった土地の問題が、昭恵夫人が名誉校長になった途端、あっという間にひっくり返った。公文書まで改ざんされる。なのに、この期に及んで「昭恵夫人はなにも悪くない」「証拠がない」などと言う。だったら「私がやりました」と書かれた昭恵夫人の書類を見つけなければいけないのか?

でも、そんなのないに決まってるわけですよ。そもそもの原因が昭恵夫人にあることは、「常識」があればわかるでしょう。

それに「TPP(環太平洋経済連携協定)と森友学園問題とどっちが大切か」という(麻生財務相の)発言なんて、「アホか!」と思うわな。TPPの交渉がどういう経過をたどったのかも、公文書や資料を明らかにしてくれないとわからない。厚生労働省の裁量労働制に関するデータもしかり。「政府がやることはもう全部信用ならない」という状態にまでなってしまっている。今はもう民主制の根幹が崩れてしまったわけです。

彼らに比べれば、石破茂(元自民党幹事長)のほうがよっぽどまともですよ。もし彼が安倍首相と同じ立場だったら、中空をにらみつけながらも一生懸命理屈合わせをして説明しようとするんじゃない?(笑)

でも、今の政権はそれすらせず、説明もしない。

最初は皇位継承問題から。「男尊女卑がひどすぎる」

浜田:安倍政権が許せないという思いは政権発足当時からですか。それともどんどん強まってきている感じでしょうか。

小林さんの本棚

小林:最初は「天皇の皇位継承問題」のときに許せない、と感じたよね。「男系しか認めない」「女性宮家はだめだ」とか言い出して男尊女卑がひどすぎる。アナクロニズムがすごすぎて、時代を後ろ向きに進めようとしているのが気持ち悪いなって。そして保守論壇もそれが正しい、それが保守だと思い込んでしまった。「権力を守るためには事実や真実は関係ない」という時代になり、暴言を吐くのが普通になってきた感じがします。

浜田:小林さんはご自身のことをずっと保守だとおっしゃってます。朝日新聞のインタビューで、「自分の立ち位置は変わらないけれど、世の中がどんどん右に寄っているから自分が真ん中になってきた」と言っていらしたのが印象的でした。小林さんの考える「保守」とは?

小林:簡単に言うと、「バランス感覚がある」ということです。「庶民の常識感覚」と言ってもいい。昔から「暗黙のルール」ってあるでしょう。例えば「1時に会おう」と約束したら、契約なんてしなくてもみんな1時に来る。そういう世の中に満ち満ちた暗黙のルールの方が明文化されたものより大事なもの、と考えるのが保守です。

(亡くなった)西部邁の言っていたことが一番分かりやすいですね。「時代という綱を、伝統というバランス棒を持ちながら渡っていく。これが保守の構えだ」と。つまり、バランス棒が右に傾けば右の谷底に落ちるし、左に傾けば左の谷底に落ちる。時代の向かっている方向にバランス棒を持ちながら、綱をうまく渡っていかなければならないんです。

ところが、“自称・保守”の人たちはアナクロニズムに陥っているから、時代が進んで行くのを止めようとするのね。「男尊女卑こそが保守だ」とかね。ところが時代はもうそこにはない。今は女性を大切にしなきゃいけないし、「#Me Too運動」も認めなきゃいけないし、パワハラやセクハラなんてやっている場合じゃない。子育てしやすい環境を整えないと国が滅ぶんですよ。そうならないためにどうしたらいいのか。それを考えるのが保守なんです。

安倍首相はそのバランス感覚が崩れていると感じます。普通、首相の奥さんは影響力が強いということをわかっているから、あちこちの名誉会長みたいなものは引き受けない。これが「常識」でしょう。妻がそんなことをやっていたら、夫である首相が「そんなことはやめろ」と言うのも「常識」。これが本来の保守の立場なんです。

「“自称・保守”はアメリカに追従するだけ」

浜田:小林さんはこれまで「親米保守」の人たちを批判されて来ました。なぜ“保守”と言われる人たちはあそこまで親米なのでしょう。

小林よしのりさん

小林:イラク戦争の時に保守の多くが「アメリカに追従しろ」と言い始めた。あれでわしは「この国には保守がいないんだ」ということがよくわかった。“自称・保守”の連中は、「アメリカなしには何も成り立たない」という考え方がすっかり身についてしまっているんです。

今の日本はアメリカの属国みたいなもので、イニシアティブがない。彼らは「森友問題なんてたいしたことじゃない。それより北朝鮮の方が問題だ」と言うけど、北朝鮮に対して今の日本に何ができるのか。アメリカや中国を出し抜いて、日本だけが北朝鮮と話し合いをするとなったら、アメリカが怒って大変なことになりますよ。今の北朝鮮をめぐる国際情勢を見ても、日本だけはなーんにもできていない。

同様に、もしも北方領土問題で返還交渉をロシアとしたとしても、日本は北方領土に「米軍基地は置かない」とは明言できない。アメリカとの間では、米軍基地は日本のどこにでも自由に置いていいことになっているから。一方で、ロシアからは「北方領土に米軍基地を置くなら返還交渉はできない」と言われてしまうでしょう。

浜田:「保守」の人たちはなぜ変質したのでしょうか。

小林:本当の保守なら、国民をより建設的な方向に鼓舞していかなければならないのに、「この国はアメリカなしには立ち行きません」と堂々と言ってしまった。これがまさに保守の劣化です。「日本を自国だけで守る」という覚悟は、国民国家を選択するからには持っているべきものなんです。一国の首相なら、ちゃんと国民に自立心を持たせなければならないのに、そういう感覚も崩壊してしまっている。

山尾さんとは「立憲的改憲」で合意している

浜田:小林さんは、いわゆるリベラルの山尾志桜里議員を応援しています。それはなぜですか?

小林:わしが評価しているのは「国会議員としての能力があるかどうか」ということだけ。所属する党やプライベートなことはわしにとっては関係がない。どんなに品行方正な政治家でも仕事ができないやつは役に立たないからいらない。漫画家だって、ひとつも面白くないけど品行方正なんて、いらんでしょ、そんなやつ(笑)。

小林よしのりさん

山尾さんとの出会いは皇位継承問題の時です。当時、「劣化保守」の連中のなかに「生前退位なんかさせない」と言っている人がいて、無茶苦茶だなと思っていたんですね。

ところが、山尾さんは民進党時代に皇位検討委員会を開いたりして、生前退位の法的道筋をつけてくれた。ほかの議員たちも巻き込んで、我々が考えている方向にしっかり進めてくれた。そこまでできる政治家はなかなかいない。

そして今は、山尾さんもわしも立憲的改憲を主張しています。イラク戦争の時、わしと西部邁は「これは侵略戦争だからダメだ」と徹底的に批判しました。現在、安倍政権が進めようとしている改憲は、安保法制によって集団的自衛権が認められたままの状態で「自衛隊明記」をしようとしています。これはわしの目から見ても、非常に危険なんですよ。

そこで、立憲的改憲によって「侵略戦争を根本的にできない憲法にしていく」ということで、山尾さんとは合意しています。立憲民主党としては自衛隊明記の改憲案に対抗するために、「反対」という状態にしておきたいんでしょうが、「安倍改憲」が発議されて国民投票までいってしまえば必ず負ける。「自衛隊を違憲にしたい」とは、国民は思わんでしょう。

野党も与党も国民全体が保身的

浜田:小林さんがおっしゃったように時代は動いています。今の野党はその時代感覚がない、と感じていますか。

小林:まったくその通り。野党も与党も国民全体が保身的なの。改憲の話で言えば、「本当は憲法で権力を縛れる」んだ。そう言えば、国民も「それは一体どういうこと?」と興味を持つわけ。そもそも憲法っていうのは「今週のモットー」みたいなものじゃないんですよ(笑)。「今週は守れなかったですね。来週は新しいモットーを掲げましょう」なんてもんじゃない。

憲法には「公務員は全体の奉仕者である」とも定義されている。だから、一部の奉仕者になってしまった財務省はこれに違反している。ただ、憲法には罰則がないから、どうしても絵に描いた餅になっちゃう。わしは今、立憲的改憲の一環として「憲法裁判所をつくれば、憲法で権力を縛れる」ことを啓蒙することから始めている。本当はこれを政党にやってもらいたい。立憲民主党の枝野幸男代表が言えば、新聞も書かざるを得ないから啓蒙が早まる。でも、やらんから、どうにも進まない……。なので、そういうこともわしが新たな『ゴー宣』で訴えていこうと思っています。

今の若者たちは自分よりも弱いやつを叩く

SPA!の中吊り

浜田:今の若年層は安倍政権への支持率が高い。『ゴー宣』も知らない世代です。安倍政権を支持する大学生に聞いてみると、自分の半径5メートルぐらいの状況が良くなるかどうかということが大事だと言います。

小林:若い人たちはあまりにも近視眼的かな。昔の大学生は社会問題や政治課題に関心があったよね。『ゴー宣』も大学生協でガンガン売れてたんですよ。

確かに今の若い人たちの生活が大変になったっていうことはある。中流が崩壊して、貧困層がどんどん広がって。それで、反権力の動きが広がるのかなと思っていたら、活力も反抗心もない若者たちは権力に絡めとられて、自分より弱いやつを叩く。生活保護とか沖縄とか女性とか。これは「差別の構造」そのものだよね。わしはもともと、そういう弱い人間を助けるために自分が強者になろうとしたんだ。

みんな欲求不満の持って行き場がなくて、ネットで言いたいことを言うようになった。「暴論を言っていいんだ」「激しい言葉でいいんだ」と。そういう快感を誰もが手にすることになっちゃった。今やある意味、「みんながゴーマンかましてる」とも言えてしまうわけです。「一億総ゴーマン時代」になっちゃった。でも、彼らは何を根拠に、何がしたくてかましてるのだろう。

でも、まずは安倍政権が倒れたら、日本はかなり変わるね。今の保守論壇の人たちは、安倍首相を守ることだけに心血を注いでいる。安倍体制が終われば、彼らは崩壊する。そうなるとさまざまな種類の言論が出てきて、きっと庶民の常識感覚が通用する国になれるはずだ。そう思いますよ。

(構成・宮本由貴子、写真・今村拓馬)


小林よしのり(こばやし・よしのり):漫画家。1953年福岡県生まれ。1976年デビュー。『おぼっちゃまくん』『ゴーマニズム宣言』『戦争論』など話題作を連発。現在は『SAPIO』で『大東亜論』、『小説幻冬』で『おぼっちゃまくん』を連載中。ニコニコ動画にてWebマガジン『小林よしのりライジング』を配信中。

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