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第84話 アニサキス食中毒とそのアレルギーについて

2021.03.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

2021/3/1 update

  

○はじめに

わが国は水産物に恵まれ、古来より食べ続けてきました。1970年頃から、コールドチェーンと呼ばれる低温流通が、全国的に整備されました。水揚げ場所から離れた場所でも、魚介類の生食が可能になり、食べる楽しみも増えました。寿司も、それまでの、炙り、焼き、煮つけ、(醤油・酢)漬けなどの細工物が減り、生の切り身を使う生寿司が増えました。

寿司はコールドチェーンの普及とともに、国際的にも受け入れられるようになりました。魚やその生食を敬遠しがちな食文化を持つ国々でも、楽しまれるようになりました。その一方で、きちんと寿司の修行をしていない料理人の寿司で、食中毒や寄生虫症が発生するようになりました。図1のようにアニサキス等の寄生虫症が寿司用のネタ(魚)が原因で増えているとの報告も発表されるようになりました。今回は、アニサキスを話題の中心に、その対策を考察してみましょう。

 

 

1)アニサキスが人間の口に入る経路 

サバやイカなどの魚介類の内臓には、アニサキス幼虫がいることがあります。図1は鮭にいたアニサキスです。その体長は2~3cmで、白色糸状の線虫です。図2に示すアニサキス生活環の第3幼虫といわれる段階の虫体で、クジラやイルカなどの海洋哺乳類を最終宿主として成虫になります。成虫となって、卵を産みます。糞とともに排出された卵は、海水中で孵化して成長します。オキアミなどに食べられ、そのオキアミなどがサバやイカなどに捕食されて、クジラやイルカなどの消化管や内臓に到達します。

わが国では魚食にも旬があり、食事の楽しさ、美味しさを増しているようです。アニサキス食中毒は、年間を通じて発生していますが、春と秋が若干多いようです。春先のカツオ、秋のサンマなどの影響があると思われます。活魚や低温流通による水産物の国際流通が盛んになり、養殖技術がさらに進展すると旬がなくなるとともに、アニサキス食中毒も一年中発生するようになるのかも分かりません。

 

2)食品衛生法とアニサキス食中毒

1999年の食品衛生法改正で、アニサキスは、「その他の食中毒病因物質」に指定されました。水産物を含む食品の産地から消費までの流通システム、特にコールドシステムの性能向上による、鮮度を含む品質向上による水産物の消費拡大がありました。これらは、消費者の口に入るアニサキスの生残性や活性の維持ももたらし、食中毒を増やす結果となったと考えられます。

2013年の法改正により、アニサキスは病因物質としての寄生虫の4つの項目「①アニサキス、②クドア、③サルコシスティス、④その他の寄生虫」の1項目として取り扱うことになりました。

 2018年のアニサキス食中毒事件数は468件(患者数478人)、2019年は328件(患者数336人)でした。2020年は、厚生労働省への報告の速報値の集計ですが、240件(患者数245人)でした。この食中毒の特徴は、事件数と患者数がほぼ同じであることです。

2020年は、新型コロナウイルス感染症への予防対策の良い影響を受けて、他の食中毒は軒並みに大幅に減少していいます(第83話)。アニサキス食中毒の減少率は小さいようです。外食店での食事が減ったことにより、家庭でのアニサキス食中毒が増えているようです。アニサキス食中毒も、症状があっても病院に行かない人もおり、診察した医師も保健所に届出しない方もいるようです。実際のアニサキス食中毒は、もっと多いと推測されます。 

 さらに、食中毒として報告されなくても有症事例として処理される場合もあります。生鮮水産物を食べで発症し、症状は典型的アニサキス食中毒でも、虫体を確認できない場合です。アニサキス症は、食中毒と有症苦情を含む用語でアニサキスを原因とする急性胃腸炎を意味しますが、消化器からアニサキスが脱出し、体調不良の原因となるケースもあります。

 

 

3)アニサキスアレルギー

摂取してしまったアニサキスが抗原となり、アレルギー反応による症状を示す場合があります。じんま疹や血管性浮腫、気管支けいれん、アナフィラキシー(全身の発疹、呼吸困難、血圧低下、おう吐)などの症状を示す場合があります。劇症型のアニサキス症も、アニサキスの再感染によるアレルギーの機序が関与していると考えられています。

中には深刻なアナフィラキシーショックを起こす場合もあります。図3は、東京医科大学病院の救急外来での同症例の治療例数の報告ですが、アニサキスアレルギーで救急搬送される例も多いことが分かります。

アニサキスアレルギーは生きた虫体によるアニサキス症に伴って起きる場合と、虫体が死んだ状態の魚介類(凍結保存あるいは加熱調理)の摂取により起きる場合の2通りが考えられます。アニサキス症に伴うアレルギーの発症は、アニサキスの消化管への感染までの時間に依存して、発症までの時間は食べてから数分から数時間と幅が広いとされています。それに対して死んだ虫体によるアレルギーは、食物アレルギー同様、食べてから速やかに発症すると考えられています。

 

 

4)予防方法

アニサキスは、寄生している魚介類が死亡すると、とどまっていた腹腔内(内臓)から筋肉部位に移動することが知られています。よって漁獲後は速やかに内臓を除去することが有効です。また調理の際にはアニサキスを目視で確認することも有効です。

アニサキスは60℃で1分間以上、の加熱で死滅します。冷凍処理によりアニサキスは感染性を失うので、魚を-20℃以下で24時間以上冷凍することは有効です。加熱調理するか、十分に冷凍してから調理することが効果的です。

家庭用の冷凍冷蔵庫には、-20℃にまで温度を下げる能力を持たない製品があります。あるいは、冷媒の不足等で冷却できなくなっている場合もあります。アニサキスを殺虫できる冷却能力を確認して、冷凍温度(-20度以下)と時間(24時間以上)による処理を行うことを忘れないようにしてください。加熱処理では、温度(60℃の場合は1分間以上)の確認も忘れないようにしてください。

表1は、わが国や欧米のアニサキスのリスク管理を比較したものです。魚介類の生食への考え方、あるいは食文化によって対応が異なっています。

ノルウェーのサケの養殖などでは、アニサキスのいない環境で乾燥ペレットを飼料としているのでアニサキスのリスク管理は十分であるとしています。ノルウェーがEUに加盟しない理由はサケ冷凍処理だけではないと思いますが、ノルウェーは水産に自信を持っています。天然もののサケとの分別もできていることから、ノルウェーの養殖サケを生食用として使用する例が国際的に増えています。

適切な養殖は、アニサキス対策におけるリスク管理の一手法となります。20年くらい前ですが、ノルウェーの環境衛生の専門家と話したことがあります。「クジラやアザラシはアニサキスを持っている。彼らが現れると、サケの養殖用生け簀を船で引っ張って逃げるんだ。」と笑って言いました。冗談ではなかったようです。

 

参考文献

1)鎌田 洋一:アニサキス、アニサキス食中毒、アニサキスアレルゲン、食品分析開発センター、メールマガジンNo.158(2019)
http://www.mac.or.jp/mail/210201/02.shtml

2) 食品安全委員会:ファクトシート「アニサキス症」(2018)
https://www.fsc.go.jp/factsheets/index.data/factsheets_anisakidae.pdf

3)農林水産省:食品安全に関するリスクプロファイルシート「寄生虫」(2019)
https://www.maff.go.jp/j//syouan/seisaku/risk_analysis/priority/attach/pdf/hazard-info-13.pdf

4)小林知子ら:都市部の救命救急センターに搬送されたアナフィラキシー症例の検討、日臨救急医会誌、23、525-9(2020)