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まだまだ流れる「過払い金」CMの謎、バブルを生んだ最高裁判決から17年 いつまで続くのか?
画像はイメージです(Luce / PIXTA)

まだまだ流れる「過払い金」CMの謎、バブルを生んだ最高裁判決から17年 いつまで続くのか?

ラジオをつけるとやたらと聞こえてくるのが、弁護士事務所や司法書士事務所による過払い金返還請求のCMだ。

「なんと、クレジットカードにも過払い金が発生していました」「ずっと前のご利用でも大丈夫ですよ」「記憶が曖昧でも大丈夫ですよ」「間違っていてもかまいません。今すぐお電話を」「あなたも対象か、無料でご確認を」——。どのCMも早口かつ切迫感のある口調で呼びかけてくる。

過払い金の請求原因となる消費者金融や信販会社のグレーゾーン金利による貸し付けがなくなってから、既に十数年が経過している。そういえば何年か前までは「過払い金の請求権はまもなく時効を迎えます」と警告するCMも盛んに流れていた。

にもかかわらず、過払い金CMはその後もなくなるどころか、いまだに民放ラジオでは耳ざわりなほどあふれかえっている。とっくに時効を迎えていてもおかしくないはずなのに、今でも過払い金返還請求を起こせるのはなぜだろうか。そして過払い金CMはいつまで続くのか。(ジャーナリスト・角谷正樹)

●2006年1月の最高裁判決と過払い金バブル

過払い金返還を求める訴訟が一気に増え始めたのは2006年のこと。

最高裁の集計によると、全国の地方裁判所に起こされた過払い金等に関する訴訟の件数は、2005年には4万2614件だったのが、09年には5倍以上の23万5508件にも達している。その後は減少に転じたが、2007~11年の5年間は、全国の地裁に起こされた新たな訴訟の過半数を過払い金関係のものが占めるという状況が続いた。

この「過払い金バブル」を生むきっかけとなったのが、2006年1月13日の最高裁第2小法廷判決だ。

当時、消費者金融や信販会社は「グレーゾーン金利」と呼ばれる、利息制限法の上限金利(貸付額に応じて年利15~20%)は上回るものの出資法の上限金利(年利29.2%)内には収まる高金利で貸し付けを行っていた。利息制限法に違反していても一定の要件(「債務者が利息として任意に支払った」)を満たせば有効な弁済とみなされるという「みなし任意弁済」の規定が貸金業法にあったからだ。

そんな中、2006年1月の最高裁判決は、期限の利益喪失約款(返済が一度でも遅れたら残金を一括で支払わなくてはならないという条項)がある貸付契約に基づき、債務者が貸金業者に利息制限法の上限を超える利息を支払った場合、特段の事情のない限り、債務者が任意に支払ったものということはできないと判示した。期限の利益喪失約款は、貸金業者の貸付契約には必ずと言っていいほど付いている。つまり、判決は「みなし任意弁済」を実質的に無効化してしまったのだ。

この判例により、過払い金請求は訴えさえ起こせば簡単に勝訴できるようになり、全国の裁判所には過払い金訴訟が殺到した。このため貸金業者の中には消費者金融最大手の武富士のように資金難で倒産するところも出た。

一方で2006年にはグレーゾーン金利をなくすための法改正も行われ、2010年までに段階的に施行された。これにより貸金業法の「みなし任意弁済」規定は廃止。出資法の上限金利は20%に引き下げられ、利息制限法の上限を超える金利で貸し付けを行った業者は行政処分の対象となった。既に貸金業者各社は2007年ごろから相次いで金利を利息制限法の上限内に引き下げており、こうしてグレーゾーン金利は2010年までには名実ともに撤廃された。

●今も過払い金請求できるのは、どんな人か

画像タイトル 池田誠弁護士(弁護士ドットコムニュース撮影)

過払い金返還請求の対象となるグレーゾーン金利での貸し付けが行われなくなってから13年以上が経過しているにもかかわらず、今でも過払い金請求ができるのはなぜか。

消費者訴訟に詳しい池田誠弁護士によると、現在、過払い金返還請求ができるのは、グレーゾーン金利で貸金業者からお金を借りたことがあり、その返済が終わった後も同じ業者(合併等によって別法人になっているものを含む)から借り入れと返済を繰り返しており、最後の取引から10年たっていない人に限られるという。

たとえば、グレーゾーン金利での貸付契約を基本契約A、その後の利息制限法の上限内での貸付契約を基本契約Bとする。借り手側が基本契約Aに基づく借り入れを完済した直後に、同じ業者から基本契約Bに基づく新たな借り入れを行っていれば、基本契約AとBは一連・一体のものと評価される可能性が高い。そして両契約が一連・一体のものであれば、基本契約Bに基づく最後の借り入れまたは返済から10年たっていなければ、基本契約Aに基づく過払い金の返還請求権もまだ時効消滅していないことになる。

画像タイトル A契約とB契約の間の取引のない期間の扱いがポイントになる

貸金業者側としては当然、基本契約AとBは全く別の契約だとして、基本契約Aで発生した過払い金について時効成立を主張してくる。このため、両契約の一連性・一体性が認められるかどうかが、現在の過払い金訴訟では最大の争点となる。

「よく問題になっているのは、分断期間といって、いったん借り入れて返済をしてから一定期間取引のない空白期間がある取引で、その後、同じ貸金業者から借り入れをしたというときに、それらの基本契約を一体としてみるべきなのか、という論点です。完済直後に金利だけ変えて再び貸し付けているような場合、実質的には一体として主張しやすいですが、分断期間が長いものは一体性を否定されやすいです」と池田弁護士。

分断期間だけでなく、どのような場合に基本契約としての一体性が認められるかについては、多くの裁判例を通じ、ある程度具体的な判断要素が示されているという。

「単に分断期間だけの問題ではなく、再契約の際にカードを新たに発行しているのか、カードを新たに発行する際に再び与信審査をしているのか、返済方法や返済日が同一か、などという事情から、実質的に一体の基本契約に基づいているかが判断されます」

この争点については裁判例も積み上がってきており、弁護士や司法書士が受任した段階で、時効が成立するかどうか、ある程度の見通しはつくそうだ。

●過払い金は年利5%の高利回りで増えていく

最近の過払い金CMには、たとえ借入額が少額だったとしても、過払い金の金額は返還請求をしないでいた間に利息が付いて増えているとうたうものもある。本当にそんなことがあるのだろうか。

「過払い金返還請求は、法律的には不当利得返還請求という類型の請求になります。不当利得返還請求では、不当な利得をした側が悪意、つまり違法に収受したお金だということを知っている場合には、遅延損害金をつけて返さなければなりません。遅延損害金は過払い金発生当時の民法の規定により年5%で計算されます。たとえば過払い金発生時から10年たっているとすれば遅延損害金は50%になるので、過払い金は1.5倍になって返ってくることになります」

年利5%といえば、今の低金利時代ではかなりの高利回りになる。貸金業者からすれば、早めに過払い金を支払ってしまった方が損失が少なくて済むような気もするが…。

「過払い金返還請求の額が大きい顧客については、遅延損害金が拡大するリスクを考慮して業者側から払ってしまった方がいいんじゃないかと思われるのも、理解できます。それでも、まさに今でも過払い金CMがあることからお分かりのように、何も言わなければ請求してこない人がそれだけ沢山いるということだと思います。貸金業者側としては、“寝た子”を起こさないようにして消滅時効期間の経過を待った方が経済合理性にかなっていると判断しているのだと思います」

●過払い金請求はいつまで続く?

現在の過払い金請求は、時効の論点を乗り越えないと請求できないため、かつてほど簡単なものではなくなっている。それでも、弁護士や司法書士にとっては、他の訴訟に比べて少ない労力で短期間に決着する傾向にあるという。

「一般に広く知られているように、日本の訴訟には時間がかかると言われています。事実、私の事務所でふだん扱っている訴訟事件では、訴訟提起から解決までに1年以上、長ければ3年以上の歳月を要することも珍しくありません。また、訴状やその他の裁判所に提出する書類を作る際も、弁護士が依頼者から事細かに聴き取りをして丁寧に作り込んでいます。

これに対し、過払い金返還請求事件では、貸金業者から取引履歴を取り寄せ、これを表計算ソフトに入力して計算するだけで、返還請求額がある程度見えてきます。

先ほど申し上げた分断の問題など、個別の論点もありますが、通常の訴訟と比べたら個別性は強くありませんので、訴状もある程度は形式的に作成できます。それでいて、訴訟提起から比較的早い段階で、貸金業者から和解の提案があるか、裁判所から和解の勧試があるので、事実関係や法的な論点において決定的な対立のある事件を除き、せいぜい1回か2回の裁判期日で最終的な解決に至ることができます」

弁護士や司法書士の全体からみればごく一部かもしれないが、業界を大いに潤したであろう過払い金請求。いったい、いつまで続くのだろうか。

「理論上では今後も幾らでも続き得ると思います。借入と返済を繰り返している人は少なくありませんので。これからもそういった方々がいなくならない限り、時効にかからず請求権を維持する人は減っていくと思いますが、なくなることはないと思います」

グレーゾーン金利がなくなっても、生活苦その他の事情で借金生活から抜け出せない人はまだ世の中に多い。だからこそ消費者金融などの貸金業者は今も生き残っているし、それらがなくならない限り、過払い金請求も続き得るということか。

ただ、池田弁護士はこう警告する。

「過払い金返還請求に関する判例は、借主側に有利なものと、業者側に有利なものとで、過去にそれぞれに大きな揺れ動きがありました。近年は、その点で大きな動きはなく、実務として安定した印象が強いです。

もっとも、これから過去に発生した過払い金返還請求権に対して起こり得るとしたら、借主側に不利な判例ではないかと思います。

これだけ多くのCM等で過払い金返還請求権の存在が周知されている状態ですし、過払い金返還請求権の発生時から時間がたつ一方ですから、借入と返済が繰り返されていても消滅時効が起算するような新しい判例や、過払い金返還請求権の行使が権利濫用として阻止されるような判例が出てこないとも限りません」

●「多くの被害者が救われたのも確か」

消費者金融などのグレーゾーン金利問題をめぐっては、消費者保護の立場から貸し手責任を追及する弁護士たちの取り組みが古くからあり、そうした努力の結果、借り手側の救済につながる判例が積み上げられてきた。

池田弁護士に、今ラジオを中心に盛んに流れている過払い金CMをどう思っているかについても聞いてみた。

「過剰と思われるようなCMがあることも事実ですが、これだけ商業的に過払い金返還請求が成功したからこそ、多くの被害者が救われたのも確かです」と指摘する池田弁護士だが、懸念点もあるという。

「最近の過払い金返還請求のCMでは、依頼者を絞るような訴求の仕方が多いと聞いたことがあります。確かに、その方法は、これまで自身が過払い金返還請求の主体になると気付いていなかった視聴者に当事者意識を持ってもらう上では有効な方法だと思いますが、その結果、CMの条件に該当しないことをもって請求権がないと誤解する人が出てこないか心配です。

また、受任後の話になりますが、商業主義に走り過ぎてしまい、勝てるはずの争点を争わず、安易に和解交渉に応じてしまっていないか、という点にも疑問を感じることがあります。

現在の過払い金返還請求事件は、過去の多くの最高裁判例や下級審裁判例によって安定した実務環境が築かれ、商業化することを成功させました。商業化したからこそ、自身が過払い金返還請求権の主体だと気づかなかった方々が権利を行使する機会を確保できているのも事実ですから、権利の保護という観点で、弁護士業務の商業化や過剰と思われるようなCMが果たしている功績は小さくありません。

ただ、先ほどの例のように、CMの特性上、本来の権利者が権利がないと誤解したり、せっかく権利を行使する機会を得たのに、本来持っている権利を十分に行使できないまま和解的な解決を余儀なくされたりしている例も少なくないと思います。

消費者保護の観点から紡ぎあげられた多くの最高裁判例や下級審裁判例の意義やその背景にある先人の努力を十分に生かすため、弁護士事務所として、正しい情報を、誤解を生じないように発信し、かつ、依頼者の利益の最大化のために常に最善を尽くす姿勢を体現していただきたいと願いますし、依頼者の皆様も、弁護士事務所のCMだからと言ってうのみにせず、依頼した事件の進行についても疑問や興味を持って関わるようにしていただきたいと思います」

プロフィール

池田 誠
池田 誠(いけだ まこと)弁護士 にっぽり総合法律事務所
証券会社、商品先物業者、銀行などが扱う先進的な投資商品による被害救済を含む消費者被害救済や企業や個人間の債権回収分野に注力している下町の弁護士です。債権回収特設ページURL(https://nippori-law-saikenkanri.com/)

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