【解説】 シリアのアサド大統領、アラブ連盟に復帰 落胆と恐怖
ジェレミー・ボウエン、BBC国際編集長(レバノン)
シリアのバシャール・アル・アサド大統領が19日、サウジアラビア・ジッダで開かれたアラブ連盟(21カ国・1機構)の首脳会議(サミット)に姿を現した。内戦に勝利したことが明確に認識されたと、満足した様子だった。
アサド大統領はサミット会場で、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子の抱擁を受けた。サウジアラビアは10年前、シリアの反アサド派の民兵に資金を提供していた。しかし今、皇太子は中東を作り直したいと考えているため、シリアを味方につける必要がある。
アサド大統領は演説で、シリアはいつだろうとアラブ世界の一員だと主張。同時に、国内で起きていることに他国は干渉すべきではないとして、こう述べた。
「内政問題はその国の国民に任せることが重要だ。最もうまく対処できるからだ」
大統領の言う「国民」とは、国の指導者とその支持者のことだ。サミットに出席した複数の王子や大統領たちは、自分たちと対立する人たちを何千人も拘束している。
ジッダでの出来事に、反アサド政権のシリア人たちは失望している。私がレバノンで会ったシリア難民全員を含め、多くのシリア人は、アサド政権が自分たちの国を破壊したと非難しているからだ。
レバノンは小さく貧しい国だが、内戦を逃れてきた100万人をはるかに超えるシリア人を受け入れることとなった。これはレバノンの人口の4分の1に当たる人数だ。
多くのレバノン人は今や、もう限界だと感じている。そして、自国の慢性的な経済・政治問題を、シリア人たちのせいにするようになっている。
レバノン軍はここ数週間で約1500人を、銃で脅してシリアに逆戻りさせている。子どもをレバノンに残して親が戻るケースや、親を残して子どもだけが強制的に帰国させられるケースもある。
身分を明かさないことを条件に取材に応じた難民家族は、ベイルート近郊の町での生活について語った。その町では、シリア人に外出禁止令が出ている。
子どもたちは学校を追い出された。10代少女の苦悩に満ちた美術作品には、一家の生活がいかに大変か、はっきりと表現されている。少女の父親は、アラブ諸国の独裁者たちがアサド大統領を再び歓迎する様子を、侮蔑しきっているし、恐れてもいる。
「アサド政権は独裁政権だ。他のアラブ政権と同じだ。彼らは互いに助け合い、協力し合って、国民を苦しめている」
レバノンのベカー高原にある難民キャンプでは、アサド大統領のアラブ連盟サミット出席は大勢にとって大きな打撃だった。2013年からここにいるナセルさんとマルワさんの夫妻は、大統領のアラブ連盟復帰を口実に強制送還がさらに増やされるのではないかと恐れている。
マルワさんは毎朝、自分が強制送還されていないことを神に感謝しながら目を覚ますと話した。
「私たちはずっと摘発を恐れている。男性を全員連れ去り強制送還するのではないかといつも考えている」
ナセルさんは、戻れば軍に徴兵されると話した。彼はアサド政権のために戦うことを避けるため、シリアを脱出した。強制送還されれば妻と1歳半の娘リラスさんに何が起こるのか、強く心配している。
ナセルさんは、アラブ連盟がアサド政権下のシリアを復帰させたことに強く憤っていた。
「あれほどのことをしたというのに、彼を受け入れている。シリアであれだけの殺りくと破壊をし、悲惨な状況を生んだというのに。自分には理解できない。こんなことは受け入れられない」
シリアおよびアサド政権は、今も欧米の制裁対象となっている。人権団体アムネスティ・インターナショナルは、アサド大統領が「シリアを大虐殺の地に変えた」としている。アムネスティは英政府に対し、「アサドの国際的地位を強化するいかなる試みにも激しく反対」するよう求めている。
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アラブ連盟の中には、これに同意する国もある。シリアの反政府勢力に資金を提供していたカタールは、アラブ地域でアサド大統領が徐々に再び一定の地位を占めるようになることを容認していない。
一方で、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)は、アサド政権を中東の現実と受け止め、シリアに影響を与えていく必要があると考えている。そうした地政学的な構想のほかにも、大統領に言い寄ろうとする理由は存在する。
ヨルダンはサウジアラビアと同様、「カプタゴン」という違法薬物が国内で広がるのを食い止めようと戦っている。この薬物は、シリアで製造されて密輸されるアンフェタミンで、元は戦闘員の持久力を高めるために与えられていたが、今では快楽などを目的としたレクリエーショナル・ドラッグとして広く使用されている。
アメリカとイギリスは、アサド一族の一部を名指しし、カプタゴンの取引に深く関わっているとして制裁を科している。この取引では年500億ドル(約6兆9000億円)以上が動いているとの試算もある。
シリアとレバノンで大規模な救援活動を展開している国連は、慎重姿勢を取りつつも、シリアのアラブ連盟への復帰が、外交面での進展へとつながることを期待している。
国連のレバノン担当、イムラン・リザ副特別調整官は、ポジティブな要素を見いだそうとした。
「この地域で今起きていることが政治的解決につながるのであれば、良いことだ」
しかし、国連は強制送還を支持していない。シリア難民については、シリアが安全かつ安心できる状況になるまで、帰国は不可能だとしている。しかし、そうした状況が訪れるのはかなり先のことだ。
アサド大統領は自分の政権を守るため、自分の国を破壊した。しかし、誰も罪に問われておらず、犠牲者にとっての正義は実現されていない。
一方で、冷酷で独裁的な指導者にとっては、参考になる出来事ではあった。とりわけ、2015年にシリアに軍事介入し、アサド政権を勝利に導いたロシアのウラジーミル・プーチン大統領にとっては、学ぶべきことがある。
つまり、嵐が過ぎるのを待てば敵をしのぐことができる――というわけだ。