ビートルズ「最後の曲」発表 レノンさん録音の音源から全員参加で完成

マーク・サヴェッジ、BBC音楽担当編集委員

The Beatles pose for a portrait in circa 1964

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ビートルズの「最後の曲」が2日、発表された。「ナウ・アンド・ゼン(Now And Then)」というタイトルのこの曲は、ジョン・レノンさん(故人)が1978年に前半を作曲したもので、昨年になってついに完成した。

「Now And Then」にはビートルズ4人全員の演奏が含まれており、ジョン・レノンさん、サー・ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリソンさん(故人)、サー・リンゴ・スターの全員がクレジットされる曲としては最後のものになるという。

1962年のデビュー曲「ラヴ・ミー・ドゥ」と合わせて、ダブルA面シングルとしてリリースされており、これをもってビートルズの歴史がひとつぐるりと回って完成したという形をとっている。

ロック史上最も偉大なバンドと評されることも多いビートルズにとって、これが終幕となるかもしれないとされている。

The Beatles

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イギリスでは「ナウ・アンド・ゼン」は2日午後2時(日本時間午後11時)過ぎに、BBCラジオ2とBBCラジオ6ミュージックで、初めて放送された。それと同時に世界的には、スポティファイ、アップルミュージック、アマゾンプライムミュージックといった配信サービスでの提供が始まった。

CDやレコード、カセットテープでの発売は3日から始まり、10日からはビートルズの「赤盤」と「青盤」の最新拡張リマスター版にも含まれて発売される。

曲作りの裏話を含むメイキング動画も、ユーチューブで公開された

また3日午後には、ピーター・ジャクソン監督によるミュージック・ビデオも発表された。レノンさんとハリソンさんの不在を惜しみながら、4人のさまざまなおちゃめな表情など、長年にわたり撮影された多彩な姿をつなぎあわせたものになっている。

4人全員が参加

レノンさんが録音した大元のデモテープは、長年にわたり海賊版が流通していた。短調で始まり、長調に転調しながら「今も昔も君が恋しい」と歌う、物悲しいラブソングで、1970年代のレノンさんがソロで作った「ジェラス・ガイ」など数々の曲との共通点がうかがえる。

この音源をもとに、マッカートニーさんとスターさんが昨年、スタジオで曲を完成させた。2人でコーラスを歌ったほか、マッカートニーさんがベース、スターさんがドラムスをそれぞれ演奏した。レノンさんが残した録音から「フリー・アズ・ア・バード」と「リアル・ラヴ」を完成させる作業を行っていた1995年に、この「ナウ・アンド・ゼン」についても作業していたため、当時存命だったハリソンさんが残したリズム・ギターのパートも取り込むことができた。これによって、ビートルズの4人全員が参加する曲になった。

そこにさらにマッカートニーさんの発案で「ビートルズらしさ」の要素として、バイオリンなど弦楽器の演奏をプロデューサーのジャイルズ・マーティンさんが加えた。ジャイルズさんは、ビートルズをレコード・デビューさせ、プロデューサーとして曲のアレンジを担当し続けたジョージ・マーティンさんの息子。

米音楽誌「ローリング・ストーン」のロブ・シェフィールドさんは、「最初のコーラスで、『今も昔も君が恋しい(Now and then I miss you)』という歌詞が出てくる瞬間は、実に強烈な印象だ。控えめに言っても」と書いた。

BBCラジオ6ミュージックのローレン・ラヴァーンさんは、「曲を聴いて、赤ちゃんみたいに泣いてしまった」、「ともかくひたすら美しくて」と話した。

1978年のデモテープから

「ナウ・アンド・ゼン」の誕生は1978年にさかのぼる。レノンさんがニューヨークの自宅でピアノを弾きながら歌い、録音したデモテープを、レノンさんの死後に妻ヨーコ・オノさんがビートルズに託した。

テープには、「フリー・アズ・ア・バード」と「リアル・ラヴ」も録音されており、ビートルズの3人は1995年と1996年にその2曲を25年ぶりのビートルズの「新曲」と位置づけ、シングルとして発表した。

当時、「ナウ・アンド・ゼン」も完成させられないか着手はしたものの、作業は間もなく中止になった。「1日というか、1日の午後の間だけ、ちょっといじってみただけだった」と、当時のプロデューサー、ジェフ・リンさんは話していた。

最終的に、カセットテープの録音から発表に耐えるだけの音を取り出すのは無理だということになった。ハリソンさんは「ひどいもんだ」と言ったとされるものの、マッカートニーさんはずっと諦めていなかった。

音を切り離すソフト

ジャクソン監督の製作会社は、2021年発表のドキュメンタリー「ザ・ビートルズ:Get Back」を製作中に、複数の音が重なり合う音源から、個々の音を分離して切り離すソフトウェアを開発した。

ビートルズのアルバム「リボルバー」の2022年リミックス版を作る際にも、この技術は活用された。

ジャイルズ・マーティンさんはBBCに対して、「たとえばジョン・レノンのギターの音を、このソフトウェアが学習する。たくさん情報を与えれば与えるほど、精度は上がる」のだと説明していた。

「ナウ・アンド・ゼン」では、このソフトを使い、1978年の音源からレノンさんの声を「抽出」した。それまで曲の完成を妨げていた背景音や電源の振動音といった雑音を、取り除くことに成功した。

マッカートニーさんは、この技術によってレノンさんの声が「くっきり澄んで聞こえる」ようになったと話す。

メイキング動画では、雑音交じりのカセットテープから取り出されたレノンさんの声だけが流れる瞬間がある。確かに、1970年代に録音されたか細いおぼろげな声が、まるでアビイ・ロードのスタジオで録音されたかのように聞こえるようになる。

「ジョンが部屋にいるみたいな、その感覚にここまで近づけるなんて」と、スターさんは言う。「最高だ」。

「あらゆる記憶がよみがえって押し寄せてきた」とも、マッカートニーさんは話した。「この3人が自分の人生にいたなんて、なんて僕は運が良かったんだろう」。

「そして2023年になっても、ビートルズの音楽の作業をしているなんて。すごい」

批評家の意見は

批評家はもっぱら好意的に「ナウ・アンド・ゼン」を受け止めている。英紙ガーディアンは星5つのうち4つをつけて、「バンドのきずなを、愛情たっぷりにたたえた」曲だと評した。

音楽サイトCLASHは、幸福感に満ちたセンチメンタルな曲で、「素晴らしい感染力がある」と書いた。ローリング・ストーン誌は、「ビートルズとファンに実にふさわしい、見事な最後の作品だ」と評した。

一方で、従来のビートルズの曲には匹敵しないという意見でも、ほとんどの批評家は一致している様子だ。英紙テレグラフは、3つ星をつけたうえで、「ナウ・アンド・ゼン」は「ビートルズの最高級のバラードに見合うほどの高みには届かない」と指摘した。

米芸能業界誌ヴァラエティは、この曲が「ビートルズの全作品と、メンバー各自がソロで残した全作品という、偉大過ぎる業績」に匹敵するかという問いかけは、むしろ不公平だという意見だった。「もちろん匹敵しない。それでも、思わぬ喜びを与えてくれた」と、ジェム・アスワドさんは書いた。

「まるでジョンが隣の部屋に」

マッカートニーさんは、「ナウ・アンド・ゼン」の収録は「魔法のような」素晴らしい経験だったとBBCラジオ1に話した。

「スタジオにいると、ジョンの声が耳に入ってくるから、すぐ隣のボーカル・ブースにジョンがいるんだと想像することができた。また彼と一緒に曲を作っているんだと思えて、とてもうれしかった」

「そういう経験はもちろん、もうずいぶん久しぶりで。なのにいきなり、いつものジョニーとまた一緒に作業していた」

「ナウ・アンド・ゼン」は「切ない」曲だとマッカートニーさんは言い、聞く人が「愛する気持ち」になってくれるといいと思うと話した。

「自分たちのレコードでは、だいたいそれを目指していたので。愛を広めようとしていた」

「ジョンが『君が恋しい』とかそういうことを言ってる曲なので、聞く人に感じてもらいたいのは気持ち、そう、気持ちというのがキーワードだと思う」

The Beatles in 1966

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