Nさんは長年、日本の民衆文化や世界各国の建築物を専門としてきた歴史研究者。東日本大震災以降は、さまざまな人々が千年単位で居住した可能性のある地域を調べるようになっていた。その中で出会ったのが、茨城県郊外のとあるエリアだ。人里としての歴史の深さとともに、果てしなく広がる田園風景に魅了されたという。東京から移住し、ここで培われてきた営みを体験していこうと決めた。
古今東西の建築に造詣のあったNさんには、建てたい家のイメージがあった。特に外せなかったのが、木造の高床構造であること。高い位置に居室があると、いろいろなものを俯瞰できて気持ちがいいというのが理由だ。「稲穂がそよぐ田んぼを眺めたり、コオロギの鳴き声を聞いたり。毎日、違う風情を味わっています」(Nさん)
遠景から近景までを望む開口部。昔の民家に倣い、半屋外の土間を出入口に。バーティカルブラインドとよろい戸で目隠しと防犯対策 |
メイン設計を託したのは、研究活動を共にし、同じような知見を持っていた建築家の福島加津也さんだ。高床式の木造住宅を建てる場合、建物底面と地面の間に満遍なく柱を立てて支えるのが一般的だが、福島さんは類のない発想をした。中央部に太い柱を4本立て、複数の斜材を立体的に組み合わせて耐久性を確保し、宙に浮かせたような形にしたのだ。「柱を集約させたことで、地上に開放的な空間が生まれました。心理的なのびやかさがあり、格好のコミュニティーの場になるでしょう」(福島さん)
この家のもう一つの特長が、災害から生活を守る防災機能を備えていること。電気自動車の蓄電池を活用した太陽光発電システムを完備し、万一のときはエネルギーを自給自足できる。しかしNさんは、防災に必要なものは、設備や機能だけではないという。 「太古から続く集落は、一見、目立たないものですが、欠点になり得る地盤や地形を使いこなし、協力して物事を乗り越える知恵と文化を育んできました。その宝物に触れられたら、こんなにうれしいことはありません」
太陽光発電システムは、環境エンジニアの協力を得てオリジナルで製作。三角屋根に設置された太陽光パネルから、蓄電池に電気が送り込まれる |
いつか自宅で寺子屋教室を開けたらと語るNさん。旧来の建築様式から導いた新発想の住まいは、未来への期待をも表している。