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識者コラム「現論」 エンタメ消費に大きな変化 配信サービス普及の先に 柴口育子

 テレビが壊れたので10年ぶりに買い替えたら、リモコンに「アプリ」というボタンがある。押すと「Amazonプライムビデオ」「U―NEXT(ユーネクスト)」「DAZN(ダゾーン)」などの、動画配信サービスのチャンネルが現れたのに驚いた。パソコンやスマートフォン用だと思っていたものが、ワンタッチでテレビの画面で見られるのだ。もちろん加入して設定すればだが。

柴口育子さん
柴口育子さん

 動画配信サービスとはインターネットを通じて映画やドラマ、アニメ、スポーツ、コンサートなどが見られるサービスのこと。ほとんどが有料で、加入すれば自分が見たい番組を好きな時間にいくらでも見られるし、スポーツの場合は試合の生配信もある。
 わが家はすでに有料のケーブルテレビを契約しているので、これ以上、有料のものはいらない。スマホやパソコンで動画を見るのは動画投稿サイト「YouTube(ユーチューブ)」だけでたくさんと思っていたのだが、一時期評判になった韓国ドラマ「梨泰院クラス」と「愛の不時着」を見たいと思っていたので、気がついたら「Netflix(ネットフリックス)」に加入していた。
 ▽自分がテレビ局に
 「ABEMA」は去年のサッカーワールドカップ(W杯)全試合を無料で配信して喝采を浴びたが、これもワンタッチで見られた。今やわが家のテレビに映っている半分は動画配信サービスの番組だ。
 音楽のほうも同様である。有料で聴き放題の音楽配信サービスの利用者が増え、去年の売り上げは1千億円を突破してCDの売り上げを抜く勢い。ヒット曲も、かつてはテレビの音楽番組や、ドラマ・CMのタイアップから生まれることが多かったが、今は動画投稿サイトの「TikTok(ティックトック)」や「YouTube」でバズった、つまり注目を集めたものが多いのだという。
 こうした配信サービスの普及からは、確実に娯楽の形が変化していることが見て取れる。
 テレビはチャンネルを選んで放映される番組を受動的に見るのではなく、好きな時間に好きな番組を見る。自分自身がテレビ局になって、番組編成をするようなものだ。音楽もミュージシャンが丹精込めてアルバムを作っても全曲は聴かず、興味を持った一曲だけ聴いて次に移る。
 もう一つは所有欲のなさだ。私などは配信サービスのデメリットは録画、録音できないことだと思う。好きな番組は録画してDVDなどに残して何度も見る。音楽もCDやLPという形あるものを買って残しておきたい。
 ▽共有できない同時代
 だが、独り暮らしをしている25歳以下の若者に聞くと、「テレビは見ない」「うちにテレビ(の受像機)がない」「CDプレーヤーもない」などと言う。彼らにとってはパソコンやスマホですべてが事足りる。ジャニーズとか〇〇坂とかのファンやアニメオタクでもなければ、ビデオやCD、グッズなどを欲しがることもないのだ。
 これまでいくらかは胃にたまっていたエンターテインメントは、今では喉を通るだけで消費されている、という感じだ。しかも、そのサイクルはどんどん早くなり、情報収集も追いつかない。昔は「テレビの音楽番組なんて遅れてる」と思っていたが、最近はテレビ朝日系の「関ジャム完全燃SHOW」という番組で、ヒット曲やそれが生まれた背景などを「オベンキョー」している始末だ。
 配信サービスの普及によって、あらゆるコンテンツを誰もが手に入れられる時代になった。だが、というか、だからこそというか、かつてのようにお年寄りから子どもまで誰もが知っている番組やヒット曲はなくなった。趣味が合う人たちはネットでつながり、グループごとに分断している。つまり同じ国で生きていても「同時代」を共有できなくなった。その傾向が加速する先に、どんな社会があるのだろう。
 日本で韓国ドラマやK―POPがブレイクしたように、配信サービスは、世界市場が相手だ。実際、日本のドラマが世界配信されているが、日本のエンタメが国際化する日は来るのだろうか。
 チャットGPTの登場で、社会がどう変わるのかという議論が尽きない中、エンタメの未来も超不透明である。(ライター)
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 しばぐち・やすこ 兵庫県生まれ。雑誌記者を経てフリーに。インタビューや映画、本、グルメなどについての記事を書きつつ、阿川佐和子、東海林さだお、椎名誠らの対談の構成を担当。著書に「アニメーションの色職人」などがある。

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