旧優生保護法 「なぜ手術」経緯解明を 救済に調査徹底不可欠【表層深層】
旧優生保護法を巡る国会の調査で、26道府県が保有資料を黒塗りにして提出していたことが明らかとなった。立法府が「戦後最大の人権侵害」を検証するため、調査目的に限定して提出を求めたものだったが、自治体側は個人情報を理由に不開示に。なぜ、どんな人が不妊手術を強制されたのか。個人の手術記録は調査の要であり、被害に向き合うことが救済の第一歩となる。識者らは、全ての資料が集まればさらに詳細な経緯が分析できるはずだと指摘する。
▽マスキング
国会がまとめた調査報告書で、手術の申請理由の欄に目立つ「マスキング」(黒塗り)の文字。自治体側が当該部分を非開示としたことを示している。検証のために最大限の内容を記した自治体もあり、差異が際立っている。
問題となったのは手術申請書や健康診断書、手術の適否を判断する審査会の決定通知書など個人名が書かれた資料だ。山口県は全項目が黒塗りになるとして提出しなかった。個人情報保護と情報公開に関する条例から「個人が識別される」「本人の権利を侵害する恐れがある」と判断。旧法に守秘義務が定められていた点も考慮したとする。
新潟や山梨、香川も県条例に個人情報が公開の対象外とされていることなどを理由に、生年月日や手術の申請理由を含む多くの項目を黒塗りとした。
▽配慮
衆院調査局によると、調査に強制力はなく、都道府県が個人情報保護条例などに基づき提出範囲を決める。国会が自治体に送った調査要領では、手術を受けた個人情報の「最大限の開示」を強く求める一方で、「氏名や住所は開示しなくても支障ない」とも付記した。
結果、宮城や兵庫など10都県が全ての資料を提出した一方で、最多となる7千枚超の資料を提出した北海道など、多くの自治体が一部を非開示に。神奈川県は個人情報保護条例などから「調査に必要な情報」を検討し、氏名と住所の詳細のみを黒塗りとした。
中には、国会側が「少なくとも必要」とした手術申請理由をマスキングした自治体もあり、調査の一貫性が失われる形になった。「最大限」としながらも、資料を出しやすくするために一部非開示の余地を残した配慮が裏目に出た格好だ。
▽横串
国会による実態調査は2019年に成立した被害者への一時金支給法に定められたものだ。特定の疾病や障害を理由に不妊手術を強いるような優生思想に基づく差別を「二度と繰り返さない」ための調査であり、「人格と個性を尊重し合う共生社会の実現」に生かすと明記されている。
報告書では、親や施設関係者に促されたり、理由を告げられずに手術を受けさせられたりした事例も明らかにされた。旧法の抱えていた根深い問題の一端が読み取れる。
手術の関係書類は申請、審査、決定、実施の各段階で作成されており、個人名が分かれば経緯を追うことができる。差別を招いた構造の解明にもつながる可能性もあり、調査担当の一人は「氏名があれば横串を通した分析もできた」と漏らす。
調査結果では違法な手術も判明したが、自治体名は一切書かれていない。旧法の問題に詳しい立命館大大学院の松原洋子教授は「実務を担う自治体の、どのような施策や運用がこうした事例を生んだのか、これでは検証が難しい」と指摘する。