「サンゴ増加」は本当?

世界の平均気温が産業革命前より2度上昇するとサンゴ礁は事実上絶滅するという。だが、豪グレートバリアリーフはかつてないほどサンゴが増えているという。

オーストラリアの東海岸に広がる世界最大のサンゴ礁、グレートバリアリーフは、年間200万人以上の観光客が集うダイバーの憧れの海だ。長さ南北に約2300キロ、面積約35万平方キロのサンゴ礁には約600種のサンゴや1600種以上の魚類、30種以上のクジラやイルカが生息し、地球上で最も生物多様性に富んだ生態系の一つと言われる。

1981年、サンゴ礁としては初めてユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界自然遺産に登録された。

だが、2016、2017年と2年連続で大規模な白化現象に見舞われ、2020、2022年にも起きた。世界遺産委員会と諮問機関の国際自然保護連合(IUCN)の調査チームは2022年11月、気候変動によって著しい影響を受けているとして、グレートバリアリーフの危機遺産リスト入りを勧告した。

グレートバリアリーフでは、2017年に大規模な白化現象が起きた=The Ocean Agency / Ocean Image Bank提供

サンゴは、クラゲやイソギンチャクと同じ刺胞動物の一つで、体内に褐虫藻と呼ばれる植物プランクトンが共生している。光合成によってエネルギーのほとんどを得ている。サンゴの生息に適する水温は25~28度とされるが、30度を超えると褐虫藻を体内から放出し、白い骨格が透けて見える。これが白化現象だ。水温が低下すれば褐虫藻が戻り、サンゴも健康を取り戻すが、白化が長く続くとサンゴは栄養を補給できずに死滅する。最大の脅威は気候変動だ。

ケアンズの港から高速船で約1時間半、約50キロ沖合にあるムーアリーフに潜った。世界遺産委員会などの調査チームが昨年3月に調査した場所の一つだ。実際に潜ってみて驚いた。

そこは、まぶしいほどの色彩の世界が広がっていた。赤や紫、青、緑、茶などさまざまな色の枝サンゴやテーブルサンゴ、ソフトコーラルに光が差し込み、きらきらと輝いていた。すぐ横を体長1メートルものアオウミガメやナポレオンフィッシュが、悠々と横切って行く。ゆらゆらと揺れたイソギンチャクからクマノミが顔をのぞかせた。以前と何ら変わらない楽園が広がっているように見えた。

ムーアリーフにいるナポレオンフィッシュのウォーリーはダイバーの人気者だ=2023年3月、豪グレートバリアリーフ、石井徹撮影

「ここでダイビングをするのが、バケットリスト(死ぬまでにやりたいことのリスト)の一つだったんだ。何もかもが色鮮やかで、期待以上の美しさだった」。海から上がった米国人観光客が興奮気味に話しかけてきた。私自身も「自然の回復力は偉大だ。IUCNの言っていることは大げさすぎるのではないか」という気分にさえなってきた。

増加しているけれど「健全であるとは言えない」

「グレートバリアリーフは、穏やかな夏を過ごしており、最近は大量の白化現象は起きていない。サイクロンも来ておらず、回復期にあります」と海洋公園局首席研究員代理ジェシカ・ステラ博士(48)は説明する。

グレートバリアリーフのサンゴ礁の回復は、オーストラリア海洋科学研究所(AIMS)が36年間続けている長期モニタリングプログラムでも裏付けられている。最新の調査結果(2021年8月~2022年5月)によると、北部と中央部のサンゴの被度(生きたサンゴが海底を覆っている面積割合)は、それぞれ36%と33%で調査開始以来、最も高かった。「サンゴの中で最も成長が早いアクロポラサンゴ(ミドリイシ科)の増加によるところが大きい」という。

ただ、ステラ博士は気になることも言った。「サンゴ礁が健全であるとは言えない。成長が早い草のような種類のサンゴで占められているに過ぎません」。どういうことなのか。「サンゴ礁は突然消滅するわけではなく、適応できないサンゴが徐々に消えていく。サンゴが消えれば、そこで暮らす魚やそのほかの生物も姿を消していく。生物多様性が失われ、今までのサンゴ礁とはまったく違った姿になる」

AIMSのサンゴ礁生態系調査担当ディレクター、デイビッド・ワッチェンフェルド博士(55)も「世界のサンゴ礁は10年前、20年前と変わってしまった」と話す。「すでに世界のサンゴは群集構造や遺伝子構成に変化が生じている。熱ストレスに対する耐性が低いサンゴはすでに死滅している」

「熱ストレスに強いサンゴ」が育っても

一方で、サンゴ礁の全滅を防がなければならない。そのために、熱ストレスに強い「スーパーコーラル」と呼ばれるサンゴを見つけて育てる取り組みも進められている。AIMSのサンゴ礁の回復・適応・再生担当ディレクターのリナ・ベイ博士(51)は「今後数百年は、海水温の上昇の影響と付き合うことになる。サンゴが厳しい時期を乗り越え、温暖化により早く適応できる解決策の開発に力を注いでいる」と説明する。海洋熱波でも死ななかったサンゴを研究所に持ち帰り、増殖や繁殖の実験をしている。

オーストラリア海洋科学研究所は、熱に強いサンゴを育てる実験をしている=オーストラリア・タウンズビル、2023年3月、石井徹撮影

ただし、ベイ博士は「私は『スーパーコーラル』という言い方は好きではない」と言う。

「得意、不得意があるのは人間と同じ。(人間にとって都合のいい)すべてが得意なサンゴなどいない。耐熱性に優れたサンゴは成長が遅い可能性がある。私たちが進めているのは異なる特性を理解し、サンゴ礁が将来にわたって生き残るための研究です」

サンゴ礁の回復には時間がかかるが、そのための時間が少なくなっているのも気掛かりだ。「白化現象やサイクロンが頻発し、サンゴが回復するまでの期間が短くなっている。サンゴが自然の変化に適応するためにはある時間が必要で、サポートには限界がある」と話す。

同僚のワッチェンフェルド博士も「スーパーマンと同様にスーパーコーラルも存在しない。どんな温暖化にも耐えられるサンゴをつくることなど不可能だ。一刻も早く温室効果ガスの排出を止めない限り、問題は解決しない」と話した。

グレートバリアリーフは、毎年64億豪ドル(約5700億円)の経済効果と、6万4千人の正規雇用効果を生み出しているとされる観光資源で、サンゴ礁の喪失は地元にとっては一大事だ。再生に取り組む動きに熱がこもる。

その一つがサンゴの再生事業だ。再びムーアリーフに潜ってみると、水深7~8メートルの辺りに六角形の格子「リーフスター」と呼ばれる鋼鉄製の構造物があり、そこから新しいサンゴがいくつも伸びていた。がれきの上に置いて、折れたけれどまだ生きているサンゴの断片を固定する。そうすることで、折れたままでは死んでしまうサンゴが息を吹き返し、新たにサンゴ礁を形づくるという。

ムーアリーフのサンゴ礁には、イソギンチャクや色とりどりの魚が群れをなして泳いでいた=2023年3月、豪グレートバリアリーフ、石井徹撮影

政府公認のマスターリーフガイドでガイドツアー会社マネジャーのエリック・フィッシャーさん(53)は「サイクロンでたくさんのサンゴががれきと化す。そのサンゴの一部を素早く回収してリーフスターで再生すれば生き返る可能性がある。入手可能な破片を使うのは、本当によい方法だ」と言う。

ムーアリーフでは、サンゴ礁回復基金という団体が取り組む「コーラルツリー」と呼ばれるサンゴ再生事業もある。鋼鉄製の木に、サンゴの破片を七夕の短冊のようにぶら下げて再生し、サンゴ礁に戻す方法だ。「ここでのサンゴ礁の保全には、人の手がとても重要だ」とフィッシャーさんは言う。グレートバリアリーフ、中でも特に観光客が集中するムーアリーフでは、もはや人為的な働きかけがなければ、その景観や観光資源を維持できない状況が生まれつつある。

「海の熱帯林」をよみがえらせるために

世界的にみても、サンゴ礁は海洋面積の1%にも満たない。だが、9万3千種以上の動植物の生息場所となり、浅海の生物の35%以上の種のすみかとなっている。このため「海の熱帯林」とも呼ばれる。サンゴ礁は人間にとっても重要で、世界人口の2割、80以上の国の人々が収入と食料をサンゴ礁に依存している。金額にすると、観光の360億米ドル(約4兆9千億円)を含めて年間2兆7千億米ドル(約368兆円)と推定されている。

一方で、サンゴは温暖化に最も弱い生きものの一つであることから、炭鉱で危険を知らせるカナリアに例えて「海のカナリア」とも呼ばれる。国際サンゴ礁イニシアチブ(ICRI)などによる最新の報告書「世界のサンゴ礁の現状2020」では、2009から2018年にかけて世界のサンゴの14%が死滅したと指摘、これはオーストラリアのすべてのサンゴ礁より大きい。一方で「2019年にはサンゴ礁がそれまで失われていたサンゴの被度を2%回復した」とも言及し、関係者に期待を抱かせた。

世界が、いますぐ二酸化炭素(CO₂)排出をゼロにしても、海の温暖化は当分続く。それでも、少しでも減らさなければ、温暖化や海洋酸性化の影響は一層ひどくなり、絶滅する生きものは増える。私たちがいまの社会経済システムを方向転換すれば、海やサンゴ礁はよみがえる。

ただ、心配事は尽きない。世界気象機関(WMO)は今年3月、3年にわたるラニーニャ現象が終わり、今後数カ月でエルニーニョ現象が発生する可能性があると発表した。比較的低温であるはずのラニーニャの時期も、世界は記録的な暑さや熱波が続いた。グレートバリアリーフでも2022年に、海水温が上昇して白化現象が起きた。

高温になることが多いエルニーニョ現象が重なった2016年の世界の気温は、観測史上最高を記録。グレートバリアリーフを始め、世界中のサンゴ礁が大規模な白化現象に見舞われた。今回のエルニーニョ現象は、世界のサンゴ礁や私たちに何をもたらすのか。7年前以上の熱波に襲われるのではないか。すでにベトナムやラオスなどの東南アジアでは、5月というのに過去最高気温を記録している。

【石井徹記者の記事は朝日新聞GLOBE+でも読めます】
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