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旧アプリを起動すると表示される「24時刊」の1面

 今年3月、スマートフォンやタブレット端末でお使いいただける朝日新聞デジタルのアプリ版が一新されました。それ以前のアプリは、9月末にサービス停止となります。今回は古いアプリの一つの特徴だった記事のレイアウト機能を中心に、開発当時の様子を振り返ります。

 2010年4月、米国でiPadが発売されました。タブレットの本格的な普及のはじまりです。その直後、デジタル部門の数人が上司に呼び出され、こう言われました。

 「社長がiPadを見て『これからはこういう端末で新聞を読む時代が来る』と言っている。今すぐ開発に着手せよ」

■特命チームが描いた理想

 こうして、iPad向けに「新聞」を提供するサービスの開発が始まりました。100年以上の歴史がある紙でも、15年の歴史があるPCのウェブでもない、まったく新しい環境での新しいサービス。考えると、どんどん夢が膨らみます。コンセプトをまとめた資料も膨れあがっていき、そこには「夢のような、魔法のような新聞」の姿がありました。

 設計段階に入って検討を重ねたのは、記事のレイアウトでした。ウェブサイトのような見出しがリスト形式で縦に並ぶスタイルではなく、紙の新聞のようにページをめくるスタイル。しかもページごとにさまざまなレイアウトがあり、iPadで見やすいもの──それを求める日々が続きました。

■知恵を絞ったレイアウト方法

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1ページを12のマスに分けたときのイメージ(デザイン設計時の資料から)

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レイアウトされた画面。12マスに分かれた中に、大小の記事のブロックが埋め込まれている

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ブロックの割りつけ方のパターンをまとめた社内資料。これをもとに編集者がレイアウトを考えた

 紙の新聞では、編集者もしくは整理記者と呼ばれる人たちが記事の並べ方を決め、1ページもしくは見開き2ページの中で自由にレイアウトします。ただ、これは輪転機にも直結する巨大な新聞製作システムがあってなせる業でもあり、iPadで同じことを実現するのは簡単ではありません。さまざまな検討の結果、一画面を縦長の1ページとし12個のマスに分割。そこに記事のブロックを当てはめる方式が採用されました。

 記事ブロックはタテ長、ヨコ長、方形と様々で、組み合わせで40弱のパターンを設定。さらにブロックの中での写真や見出しの配置にも複数のプリセットを設け、掛け合わせると何千、何万通りのデザインができる仕組みでした。これを駆使して、デジタルならではの「新聞」を作成しようというもくろみでした。

 新しいサービスでは速報ニュースのページを「24時刊」と呼ぶことにしました。朝、夕と締め切りが決まっている紙の新聞とは違って、デジタルでは速報ニュースが次々に入ってきます。そこで従来のトップページに当たる「1面」については、編集者が24時間態勢でレイアウトをすることになりました。

 しかし「社会面」や「スポーツ面」などジャンルごとの「面」のレイアウトまでは手が回りません。そこで、ニュースのラインナップに応じて、自動的にレイアウトが選ばれる仕組みを考えました。記事の新しさと重要性、写真の有無、さらに写真がタテかヨコかなどを基にプログラムがレイアウトを選ぶのです。そのロジックを考える担当者は、自動選択が正しく働くよう調整するために、数週間ひたすら机上でレイアウトを繰り返しました。

■苦難の中で迎えた3.11

 開発を命じられてから半年。当初予定ではすでにリリースされている時期になっても、まだできあがりませんでした。

 今思えば仕様を、つまりは夢を盛り込みすぎたのでした。最初のモックアップができてきたのは年末。そこからは、「何千、何万通り」のレイアウトをすべて確認し、バグ(プログラムの不具合)を見つけるために毎日ダミー記事を作り続ける、という地獄の日々が始まりました。

 一方で、この開発をめぐる社内環境も変わっていました。iPad向けの「新聞」というコンセプトが発展し、Android端末やPCにも対応した「朝日新聞デジタル」として本格的な電子版サービスを始めることになったのです。開発中のアプリもその中に位置づけられ、先述したレイアウトの仕組みを使ってデジタル版独自の「朝刊」を毎日作ることも決まりました。すべての面に担当者がつき、手動で記事の配置をコントロールするのです。

 多くの人が準備に動く中でスケジュールは遅れに遅れ、開発担当者は各方面にひたすら謝り続ける日々。そんな中で、東日本大震災が発生した2011年3月11日を迎えました。

 ニュースへの注目度は格段に上がっていました。多くの人が正確な情報を欲していました。「制作中のアプリを、いますぐ無料で出そう」という提案がありました。しかし話し合いの結果、「致命的なバグが残っており、無料だとしてもユーザーに使ってもらうわけにはいかない」という厳しい結論になりました。

■サービスイン、奮闘は続く

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2012年総選挙投開票日の画面。各党の獲得議席をリアルタイムに更新

 改善を繰り返した「朝日新聞デジタル」サービスが始まったのは5月18日でした。初日から多くの方に使っていただき、ドキドキしました。しかし、別のドキドキもありました。記事のレイアウトの仕組みにバグが残り、編集画面がちょっとしたトラブルですぐに止まったのです。問題なく動くようになったのはリリースから半年後。それまでの間、開発担当者は交代で社内に泊まったり、携帯電話を枕元に置いて寝たりしていました。

 ページのデザインには「HTML5」という新しいウェブの技術を採用、自由でリッチな表現ができるようにしていました。ページに単純に記事や写真を並べるだけでなく、動画を配置したり、写真をスライドショーのように見せたり、Twitterでのつぶやきを自動的に表示したり、といったこともできるようになりました。

 ただ、大きな欠点もありました。動作が遅いのです。アプリのユーザーの不満は動作速度に集中しました。端末のOSが新しくなると規格が少し変わってレイアウトが崩れるという問題も起き、その都度対応に追われました。

■内容充実に工夫 そして新アプリへ

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リッチな表現の一例。毎日、世界の報道写真から選りすぐりを紹介する「写真地球儀」

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世界地図上のアイコンをクリックすると記事が表示されるページも構想された。画面は社内テスト用のもの

 デジタル向けの「独自の朝刊」は、紙の新聞を超える内容が盛り込まれていました。東京本社の記事だけでなく、大阪や九州など他本社の記事も載っていたのです。

 2012年のロンドン五輪の期間中は、早朝に行われる競技の結果を載せるため午前5時配信の「朝刊」に加えて午前11時にさらにページを追加して情報を充実させていました。

 それでも、ユーザーからは「紙と同じ朝刊が見たい」という声が多く寄せられていました。2013年1月、それに応えるべく「紙面ビューアー」機能が導入されました。紙の朝刊がそのままデジタルでも読めるようになり、独自の「朝刊」制作は終了しました。

 ほかにもアプリ開発は苦労の連続でした。多種多様な端末が発売されたAndroid版アプリでは、「自分の端末で正常に動かない」という苦情があると、その端末を何とか探し出して対応策を探りました。でも、どうしても解決できなかったこともありました。

 欠点を解消する新しいアプリの開発は、2014年春に始まりました。キビキビ動くことを重視して設計、デザインはわかりやすさを第一にしました。その結果、レイアウトはシンプルになりました。

     ◇     ◇

 多くの方にアプリをご利用いただきましてありがとうございました。今後は、新しいアプリをなにとぞよろしくお願いします。