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オープニング

第1部:世界を逃避「最後の1年」

北朝鮮の金正恩氏の兄で、暗殺された金正男氏は事件の1年前、パリにいた。金正日氏の長男だったが後継者レースから外れた後、海外を転々とする生活。スパイとの接触。追い詰められていく日々を追った。

金正男の家系図

金正男の家系図
  • 金日成
    故人
  • 成恵琳
    故人
  • 金正日
    故人
  • 高英姫
    故人
  • 金敬姫
  • 張成沢
    故人
  • 金正男
    長男・故人
  • 金正哲
    次男
  • 金正恩
    三男
    党委員長
  • 金与正
  • 動向監視か 重点監視か パリに逃亡か 粛清(死刑)

金正男の家系図

第一章(I)

第一章(II)

第一章
パリで「最後の別れ」を告げた人

 正男氏が病床の「恩人」について周囲に語るようになったのは、2016年春、暗殺事件が起きる1年前のことだった。正男氏にとって「育ての親」とも言える叔母は、夫の張成沢(チャン・ソンテク)元国防副委員長が2013年に処刑された後、パリに逃れ、病に伏せていた。恩人の闘病生活を支えていたのが、正男氏だった。病院で手術のための手続きをしたり、ベッドに寄り添って思い出話をしたり。そんな叔母と交わした「最後の会話」があった。

 海外の親族の多くは、北朝鮮で粛清の波にもまれ、故郷を追われた人たちだ。隠し口座の資産を取り崩したり、外国機関に頼ったり、息を殺して暮らしてきた。隠し口座を持てる国や、滞在を許してくれる国は、世界でそれほど多くない。正男氏と欧州をつなぐ「もう一つの線」は、正男氏や親族の生命線になっていた可能性がある。

第一章(III)

 日本への再訪を願っていた正男氏。暗殺の10カ月前に起きた熊本地震では「どうか安全でありますように」とのメッセージを日本人の知人に送っていたという。そんな正男氏の運命を揺さぶったのが「東京ディズニーランド」強制退去だった。

 事件までの1年間、ほとんどの時間を欧州で過ごした正男氏。その間の近親者や友人との秘められたエピソードや、わずかにのぞかせた「海外ビジネス」の実態に迫った。

第二章(I)

第二章(II)

第二章
監視されながらアジアでの逃避行

 北朝鮮に戻れない正男氏は、世界を放浪するように暮らしながら、レマン湖を望む絶景のフランス料理店やスイス料理店に出向いた。ドイツでは世界最大のビール祭り「オクトーバーフェスト(10月祭)」にも。そんな正男氏には、外食時に守る「ある決まり」があった。

 正男氏がお気に入りだった街は、アジア有数の観光地シンガポール。東洋、インド、中東、欧米など世界各国から様々な人や物が集まる国際都市は、正男氏にとって「都合のいい」場所だった。

第二章(III)

 2011年ごろ、北朝鮮の後継問題が浮上すると、シンガポールでの生活に暗雲が立ち込める。メディアに追われ、当局からは「来ないでほしい」と厄介払いまで受けた。次に目を付けたのが隣国マレーシアだった。

 自宅のある中国南部のマカオに戻った時は、中国政府の監視を避けながら、秘密裏に連絡を取ることも。「米国のカジノ関係者と会ってきた」。世界を転々とした正男氏の生活ぶりと、マカオの酒席で漏らした「裏人脈」を追った。

第三章(I)

第三章(II)

第三章
暗殺直前、五つ星ホテルでの密会

 いつもなら、家族や交際女性、友人らが付きそう正男氏の旅。ところが、殺害される1週間前は違っていた。愛用のスーツケースを置いたまま、身軽な格好で一人、飛行機に乗って向かったのは、あるリゾートの島だった。

 ホテルで日本料理を楽しんだ正男氏。「あなたの人生は幸せですか?」とつぶやき、相席者を驚かせた。悩みがあるような口ぶりだったが、多くは語らなかったという。

第三章(III)

 知人たちに「忙しくなりそう」と語り、正男氏は5つ星ホテルにチェックインをした。スイートルームでの「密会」では正男氏のノート型パソコンにUSBメモリーが差し込まれていたという。「その人物」に何を渡し、何を受け取ったのか。

 謎を隠したまま、ひっそりと自宅のあるマカオに帰ろうとした正男氏。そんな正男氏の行動を見抜き、帰路で待ち伏せる男たちがいた。男たちの仕掛けた網に絡め取られるように、事件現場へ近づいていく正男氏の足跡をたどった。

真相解明は

2017年2月の事件発生後、捜査当局は女2人を起訴し、指示役とされる北朝鮮の男ら8人の名前を公表した。ところが北朝鮮の8人は事件後に全員出国。北朝鮮当局は捜査に協力せず、容疑者の引き渡しに応じていない。真相解明が難しくなる中、女2人の裁判が続いている。

エンディング

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