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人間の機微 一途に追究 古今亭菊之丞

2009年11月13日

写真古今亭菊之丞さん=郭允撮影

 遊び人の若だんなや、色っぽいおかみさんが様になる役者のような顔だち。お調子者が美女の媚態(びたい)を妄想する場面では、指先まで神経を配った所作が爆笑の呼び水になる。華やいだ芸風で落語人気を支える一人だが、素顔には実直さがにじむ。

 中学の時、落語家志望だった先生に「寄席はいいぞ」と薦められ、通い詰めるようになった。高校を出て古今亭円菊に入門。日本舞踊も習い、歌舞伎を見ては、しぐさや着物の着こなし、鳴り物の間(ま)を学んだ。「小料理屋のおかみさんやカラオケスナックのおねえさんも、観察するともなく見ていました」

 前座時代から菊之丞の名で通しているのは異例のこと。真打ち昇進が師匠推薦ではなく、都内に4軒ある寄席の席亭全員の推薦で決まったのも異例だ。昇進を話し合う落語協会の理事会で師匠だけが反対したという。「あいつお金ないから」と。実際、披露興行のために数千万円の借金を負った。高座を掛け持ちして3年で返済してからも、精力的に寄席に出演し、先輩や後輩とネタ下ろしの会を開く。

 器用なタイプかと思えば「ぱっとできるネタは二つか三つ」。特に影響を受けたのも、完璧(かんぺき)主義で知られた8代目桂文楽(71年没)という。「二ツ目の頃に文楽師匠のお弟子さんにけいこをつけてもらった噺(はなし)がやっと自分のものになってきた。今まで納得できなかった言い回しや展開が、近頃すっと入ってぱっと出来るようになってきた。また面白くなってきました」

 「これからですね。挑戦は」と静かに語る。東京・鈴本演芸場で10月に始まった独演会では、陽気でつやっぽい「湯屋番」と、凶暴な場面続出の「らくだ」で意気込みを示した。

 落語を彩る吉原の花魁(おいらん)や長屋の隠居は今や存在しない。でも「『あのお客さんのお座敷には出たくない』という遊女の気持ちって、わかりますよね。『幾代餅(いくよもち)』みたいな純愛物語は今の人にも受けるし。人間の思ってることは変わらない。だからさほど我々、困らないんです」。

 しょせん大衆芸能。円菊師匠はよくそう言うとか。もうひとつ、心している師の言葉がある。「噺家は50歳から。味だの何だのは50、60になってやっと花開く。売れ急ぐな」。菊之丞ら個性派がじっくりと成長を競い合う平成の落語界は、刺激的だ。(藤崎昭子)

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