生物多様性の深刻な危機、絶滅危機種が4万種超に WWFと考える~SDGsの実践~【2】
今や広く認識されるようになったSDGs。ですが、期限とされる2030年までにゴールするには、まだ多くの課題が山積みです。このシリーズでは、国際環境保全団体WWFジャパン(世界自然保護基金ジャパン)が、SDGs達成に貢献するためのカギとなる視点や取り組みを、世界の最新の動きと共に紹介します。
WWFジャパン森林・野生生物室コンサベーションコミュニケーショングループ長。1997年からWWFジャパンの広報活動に従事。国内外の環境保全活動の動向・変遷を追いつつ、各種出版物、ウェブサイトなどの編集、管理、制作を担当。これまでに100種以上の世界の絶滅危惧種について記事を執筆。
生物多様性の構成要素とは?
SDGsの「17の目標」を三つの層で説明する「ウェディングケーキモデル」。その最も基礎となる層には、地球環境に直接かかわる四つの目標、すなわち目標6「水」、13「気候」、14「海」、15「陸」が設定されています。
その一つである目標13の「気候変動」は、近年の深刻な異常気象による災害や、太陽光や風力など持続可能な再生可能エネルギーの広がりに関係することから、国の政策や、新たなビジネスの在り方を左右する重要な課題として注目されるようになりました。
同時に、ここ数年、気候変動に並ぶ大きなテーマとして、国際的に注目されているのが「生物多様性」です。生物多様性という言葉は、SDGsの17の目標の標語の中には直接登場していませんが、これはSDGsの基礎を担う4目標のうちの、陸域、水、海洋、これら三つのテーマを考える上で欠かせない重要な視点となります。
なぜなら、生物多様性を構成する最も基本的な構成要素は、文字通り「生物」、つまり地球上に息づくさまざまな生命体だからです。
この「生物」には、私たち人類はもとより、誰もが知っているパンダやライオン、ゾウやキリンといった野生動物をはじめ、身近な公園から遠く赤道の島々を覆う熱帯林まで、世界各地で見られる多種多様な植物、そしてカビやキノコなどの菌類などなど、大小さまざまな野生の生きものたちが含まれます。生物多様性とは、これら数千万種ともいわれる多くの野生生物たちが、地球の環境の中で「縦横の糸」となり編み出している大きな「織物」のようなもの、というわけです。
しかし、SDGsを語る文脈のなかに、これらの野生生物が登場することは、どうもまれなようです。SDGsを多年にわたり追いかけ、相当に詳しいはずの方の口から、「野生動物というのは、具体的にどうやって保護しているのですか?」というご質問を頂いたこともあります。
それでも、自然環境の根幹をなす野生生物が、SDGsと深く関係があることに間違いはありません。そして今、世界中で野生生物が追い込まれている深刻な絶滅の危機は、地球環境の危機そのものを物語るものでもあるのです。
世界の絶滅危機種、20年で4倍近くに
2021年12月、国際自然保護連合(IUCN)は、絶滅のおそれのある世界の野生生物種のリスト「レッドリスト」の情報を更新。4万84種の野生生物が、高い絶滅の危機にあることを発表しました。レッドリストが、現在使用しているカテゴリーを基準に絶滅危機種を選定し、リストアップするようになったのは1996年。2000年時点で絶滅危機種とされた野生生物の種数は約1万1000種でしたから、この20年あまりの間に4倍近く増加したことになります。レッドリストの絶滅危機種が4万種を超えたのは初めてのことです。
増加の背景にある何よりも大きな要因は、野生生物そのものを脅かす、さまざまな環境問題の深刻化・多様化です。レッドリストでは、野生生物を危機に追いやる原因を大きく12に分類していますが、火山活動のような純粋な自然現象を除くと、そのほぼすべてが、人間活動によるものとなっています。
特に深刻な要因は、農業や畜産、漁業や養殖業、人工林の造成などによる、生息環境の改変(土地改変)です。4万種の絶滅危機種のうち半数以上の2万1295種が、この環境の改変による脅威を受けています。次いで多いのが、生物資源としての利用。漁獲や伐採、乱獲、密猟など消費を目的とした直接的な圧力で、1万7678種が影響を受けているとされます。
また、ダム建設などをはじめとする流域の攪乱(かくらん)や、森林火災といった自然システムの改変(1万374種)、人の居住区や商業利用を目的とした開発(1万52種)、外来生物など(7545種)も、絶滅危機の主な要因となっています。
深刻化する気候変動も野生生物の脅威に
今や「気候危機」とも呼ばれるようになった気候変動もまた、野生生物を脅かす大きな要因の一つです。2021年12月に更新されたレッドリストで、気候変動が絶滅危機の要因になっていると指摘された野生生物種は5775種。その内訳は、気候の変化に伴う生息環境の変化(2854種)、干ばつ(2522種)、暴風雨や洪水(1399種)、極端な気温変化(1106種)などです(要因の重複あり)。
数字だけを見れば、土地改変や過剰な利用などよりは、影響を受けている種数が少なく見えますが、問題はこれが、2000年時点のレッドリストではゼロであったこと。そこから急増しているということです。つまり、この20年間で気候変動は、自然環境や野生生物にも深刻な脅威をもたらす問題となったことが、明らかにされているのです。実際、絶滅危機種以外の、まだ絶滅のおそれが高くないとされる種まで含めると、最新版のレッドリストでは1万1475種の野生生物が気候変動の影響を受けていると評価されました。この数字は今後、さらに増えていくことが懸念されます。
こうした絶滅危機の要因として挙げられる気候変動にかかわる現象、極端な気温の変化や洪水、干ばつといった災害が、今や人間にとっても大きな脅威となっていること、また社会に甚大な被害をもたらしていることは、言うまでもありません。
生物多様性の危機はどう解決していく?
このように、世界の野生生物の絶滅危機の要因に目を向けてみると、その多くが、人の抱える問題と通底していることが分かります。
気候変動はもとより、新型コロナウイルス感染症のような新興の動物由来感染症をもたらした大規模な森林破壊や、必要であるにもかかわらず枯渇寸前に至っている生物資源の過剰な利用、膨大な廃プラスチックを含む廃棄物や汚染、さらには戦争まで含む、「野生生物を絶滅危機に追いやる要因」の多くは、いずれも非・持続可能な人間活動によるものであり、人間自身にも大きな脅威をもたらすものです。今後も増加が懸念される絶滅危機種の種数は、間違いなく、人間自身の危機の増大を表しているのです。
世界の生物多様性を守り、次世代に引き継いでいくためには、まずその共通した問題と関係性を理解し、人と野生生物の未来を一つのものとして守っていく取り組みが必要です。
地域の貧困が原因で、保護区や生息地の森が違法に、しかしやむを得ず伐採される問題が起きています。暮らしに困って野生動物を密猟したり、森を輸出用の農作物を育てるプランテーションに造り替えたり、魚を乱獲したりするような状況も生じています。経済力や技術力が足りず、廃棄物や温室効果ガスの発生を十分に抑えることができない国もあるでしょう。野生動物を保護するためと称して、その現場の人たちをただ責めてみても、何も問題は解決しません。
ですが、人が抱えるこうした社会的な問題を解決していけば、状況は必ず変わります。そのためのSDGsの17の目標は、まさに野生生物を絶滅から救い、生物多様性を保全することにもつながる大事な要素を持っている、ということです。
これまで野生生物の保護というと、人とは別の弱い存在を守る、という印象がどうしても先に立ってきました。しかしこれからは、より大きな視野をもって、何より私たち自身の課題として、この問題を考えていかねばなりません。
SDGsが実現した世界。そこには必ず、絶滅の危機を脱した、多くの野生生物の姿があるはずです。それこそが、地球が豊かさを守り抜き、人が自身の健全な未来を築いた証しといえるのではないでしょうか。