小説の題材は生活の中に 内館牧子さんが語る「高齢者3部作」の舞台裏

Reライフ文学賞創設記念講演 人生100年時代の小説/2021年2月 ReライフFESTIVAL@home

2021.03.12

 オンライン配信された朝日新聞Reライフフェスティバルで2月27日、Reライフ文学賞の創設が発表されました。これを記念して同賞の特別選考委員を務める作家の内館牧子さんが「人生100年時代の『小説』」をテーマに講演しました。自身の小説、高齢者3部作を通じて60代以降の生き方に触れながら、小説の書き方についてアドバイス。題材は普段の生活にあると話し、応募を呼びかけました。講演の抄録をお届けします。

内館牧子さんReライフFESTIVAL@home

 小説を書きたいけど、私は普通の暮らしをしていて劇的なことは何にもないから、書けない、という方が非常に多いですが、これは大きな間違いです。私は学校を出たあと大きな企業に勤めて、ごくごく普通の暮らしをしてきたからこそ、高齢者の三部作が書けたと思っています。

 社会の第一線で働いている人たちも必ず終わりが来るということを書きたくて、書いたのが3部作の最初の「終わった人」です。舘ひろしさん主演で映画になりました。会社員時代に私は社内報を作っていて、定年になる人全員に、第二の人生について聞くと、9割がた、「非常に楽しみです」とおっしゃった。でも、自分が40代、50代と年齢を重ねて、あるとき、ふっと思ったんです。あのとき楽しみだと言っていたのは、辞めていく男たちの見えだったんじゃないかと。

 まだまだいろんなことができるけど、ある年齢から上になると社会が必要としてくれなくなる。そのことに本人が気づく、という小説を書こうと思いました。それにはきっかけがありました。あるパーティーでひとりの男の人のお祝いのメッセージが延々と続いて終わらなかったのです。みんなが時計を見ていても終わらない。第一線にいれば、華やかな場、自分を必要としてくれる場があります。ですが、残酷な言い方ですけれども「終わった人」になってしまうと、求められない。だから、求められたら最後、延々としゃべっているんだと思ったのです。そのエピソードは、「終わった人」の小説に使っています。

 65歳で定年になったとして、人生100年とすると、あと35年は生きる。そのときどう生きていったらいいかということを真正面から書けないかと思いました。舘さんの役は東大の法学部を出たエリートですが、東大の法学部を出ようが、ハーバードを出ようが、中学校を満足にいかれなかった人であろうが、終わった65歳の着地点は大差ない。舘さんもいままでのかっこいい刑事と違うので、ご苦労だったと思いますけど、賞を取られたりして、私もたいへんうれしかったです。

 人はある年齢になったら必ず終わるんだ、そして、必ず世代交代がある、ということを書くのは、どなたでもできることだと思います。夫がそうなったとか、自分がそうなったとか、すごい楽しみにしていた息子が、どうっていうこともない人生で定年になったとか。これでいいのだろうかということも含めて、誰でも気がつけば書けることです。

内館牧子さんReライフFESTIVAL@home

 次に私が書いたのは、これもタイトルが怖いですけども、「すぐ死ぬんだから」です。三田佳子さん主演でテレビドラマになりました。78歳の主人公がそれまで自身の手入れを全然しなかった。そうしたら、しみも、しわもできる。世の中では、ひとは姿ではなく心だと言われるけど、姿というのは心にすごく影響するのでは、と感じることが私は多々ありました。80代前後の男女が集まる会に出たときに、自分に手をかけてきれいにしていようとしている男女と、自分に手をかけていない男女がいました。手をかけている人たちの方が、積極的で、ニコニコしながら陽気にしゃべっていました。それは、たぶん、外形に対してある種の自信というか、自分は努めているという自信があったからではないでしょうか。外形というのは心に出る、心というのは外形に出る、とその席で実感しました。

 「もうちょっときれいにすれば」と言われて、「いいのよ、どうせすぐ死ぬんだから」と答えるひとがいます。でもいまは、どうせすぐ死なないんですよ。人生100年ですから。化粧品会社の人に聞きましたら、化粧水を毎日つけるとか、夜寝る前にちょっとクリームをつけるとか、それだけでも3カ月経つと変わるそうです。ドラマでは、三田佳子さんは美人女優ですけど汚い役をやってくださって、そこから意識してだんだん変わっていく話になりました。すぐ死なないということをしっかり考えておく必要があると思います。

 3作目は去年の12月に出たばかりです。タイトルは「今度生まれたら」です。70歳の主婦の物語です。エリートの大企業の男の人と結婚して、子どもも2人いて、孫もいて、おうちもあって、なんにも自由はない。幸せな結婚だったことは自分でも分かっています。夫とは決して仲が悪いわけではない。一緒に旅行にも行くし、スーパーにも行くし、外食もする。とても幸せに普通に暮らしている70歳ですけども、夫の寝顔を見ながらつぶやくんです。「今度生まれたらこの人とは結婚しない」と。

 男の人は、おっかねー、って言いますが、女の人の間では「今度生まれたら」はよく会話に出てきます。今度生まれたら弁護士になりたい、とか、タカラヅカに入りたい、とか。夫に不満はない。生活にも不満はない。でも、自分の人生に不満がある。こんなはずではなかったと。

 3作目の主人公は国立大学の理科系に行けるくらいの学力があったけれども、お嬢さん学校の短大に行きました。結婚にプラスだと考えた。当時の考え方としては、絶対に正しかったのです。そういう女の人が70歳になったときに、70という自分の年齢以外なにも持っていない、と気がつくんです。人生には満腹している。でも満足はしていない。それは私がお友だちと食事をしたりしていろいろな話をしている中から出てきたテーマです。

 ですから、今回Reライフ文学賞に応募なさる方たちは、特別なことがないといけないとお考えになる必要はまったくありません。定年になった夫は、まったく無趣味なひとだったけどカルチャースクールに行って油絵を始めた。これも一つのドラマですよね。だけど夫はちっとも楽しそうじゃない。なんかしょうがなくて油絵を描いている気がする。それを見た妻はどう思うのか。息子や娘はどう思うのか。息子と娘の反応はまるっきり違いますから、そういったことを書くこともできます。今回の文学賞はたいへんに幅広いテーマですから、いろんなことを書いていけると思います。

内館牧子さんReライフFESTIVAL@home

 もうひとつ、年齢に関係なく人間はいくつからでも挑戦できる、だからがんばろうね、とよく言われます。私も54歳で相撲の勉強をしに東北大学の大学院に入りました。周りは18歳とか20歳とかですけども、54歳ですとまだ何でもできる気がします。仙台に居を移して、じっくり相撲の勉強をしました。でも、今できるかというと、博士課程に行って博士号を取りたいという意欲はありますが、現実には難しいだろうと思います。体力的なことももちろんありますけれども、テンションみたいなものが以前のようには上がらない。

 そうなると、今できることを今やるべきだ、と強く思うようになりました。80歳になってボルダリングはむつかしい。テコンドーも。何をするにもできる年齢があって、それは「今度生まれたら」ではなくて、「今でしょ」という物語です。今何をやるべきか、今できることは何なのか。2歳年上の夫は今できることを見つけている。主人公は、私は何にもないじゃないか、どうしたらいいんだろうか、と考えていく。

 これも圧倒的多くのみなさんが身に覚えがあったり、考えたりしていることだと思います。何か特別なことがないと小説が書けないことはない。書きたいと思ったことを書くことです。たとえば夫の定年後のあり方、私はああいう夫だとは思わなかった、ということが書きたいのであれば、その中の何を書きたいかを絞る。絞っていって、そこに枝葉を付けていくんですね。

 大河ドラマは、私は毛利元就を書きました。400字詰め原稿用紙だと5千枚ですね。私は今も鉛筆ですから、鉛筆で書きました。あのときに気づいたことは、どんなに大きなドラマであっても、真ん中を通すものを一本、自分の中で見つけること。私がおもしろいなと思ったのは、毛利元就はそれまではほんとに苦しい城主だったけど、58歳のときに自分よりもはるかに強い陶晴賢(すえ・はるかた)という武将を相手に決戦を挑むわけです。厳島の合戦です。人生50年の時代の58歳。人生80年と仮定したら、90代です。90代で立ち上がって自分の天下を取った男ということが縦に一本通りました。これを通しておいて、いろんな話があっても、かならずそこを忘れないようにするわけです。

 小説や脚本を書こうとすると、初心者は、ついついおもしろくしようと思って、ここで火事があって、ここで離婚があって、ここで子どもがぐれて、ここで長女が薬をやって、という風に事件を前もって列挙しておきたがる。それを物語に入れ込もうとすると思いますが、それでは絶対にだめです。ともかく自分が何を一番書きたいのか。定年になった夫の何を書きたいのか。カルチャーはつまらなそうだ。なのに、油絵をやっている。これは何だ、という風なテーマを一つ決める。そして、どんな登場人物にするのか、それができると、書きやすいと思います。

 最後に一点、タイトルに力を入れてください。テレビや小説、エッセーの公募の審査会に出ますと、どの作家も、どの選考委員もみんな言うのが、タイトルがひどいね、ということです。説明にならないように、でも、一番書きたいことを短くタイトルにする。私は「終わった人」も「すぐ死ぬんだから」も「今度生まれたら」も実はタイトル勝負だったのかなという気がしています。

 皆様の原稿を読むことをとっても楽しみにしています。文芸社から本になって出るなんて、こんなみんながうらやましがるようなことありませんから、気合を入れて書いていただきたい。ぜひ読ませてください。楽しみにしています。

(撮影・篠塚ようこ)

 定年や子育て後の世代を応援する文化祭「朝日新聞ReライフESTIVAL@home」(朝日新聞社主催、協賛各社)が2021年2月27日~28日に開かれました。この記事は、Reライフフェスティバルに登壇した内館牧子さんの講演内容を採録したものです。

  • Reライフ文学賞ロゴ
  • Reライフプロジェクトは文芸社とともに「家族のかたち~第二の人生の物語~」をテーマにした小説・ノンフィクションの投稿コンテスト「Reライフ文学賞」を開催し、6月6日(日)より作品募集を開始します。多様化が進む現代、家族のかたちもまた変化しています。本賞ではそんな家族とともに、人生後半戦を懸命に生きる人たちの奮闘記を通じて、生きる喜びを自らの筆で描き、発信していける場を提供したいと考えています。特別選考委員に内館牧子さんを迎え、大賞作品は書籍化し全国発売を予定しています。詳しくはこちら(https://www.asahi.com/relife/award)

  • 内館牧子
  • 内館 牧子(うちだて・まきこ)

    脚本家・作家

    1948年秋田市生まれの東京育ち。武蔵野美術大学卒業、東北大学大学院文学研究科修了。大手企業で13年間のOL生活後、'88年脚本家としてデビュー。NHK朝の連続テレビ小説「ひらり」で第1回橋田賞を受賞。シニアの暮らしを描いた小説「終わった人」「すぐ死ぬんだから」「今度生まれたら」「老害の人」など著書多数。

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