エリート銀行員の定年後とその妻を描いたベストセラー小説「終わった人」が2018年6月に映画公開される。作家の内館牧子さん(69)に、作品に込めた思いや人生後半の生き方を語ってもらった。
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「定年って生前葬だな」。定年を迎える日にそうつぶやく63歳の主人公を演じるのは、舘ひろしさん。充実した第二の人生を目指してもがくけれど、うまくいかない役どころです。映画では、量販店に売っているようなネルシャツや安っぽいカーディガンを着て、「終わった人」の哀感を十分出していました。
執筆を始めたのは65歳。きっかけはクラス会や同窓会です。60歳を過ぎると定年して時間ができるから、急にそういう場が増える。そこで気づきました。すごく優秀で高校や大学が一流だった人も、中学卒業後に就職した人も、着地は横一線なんだと。女性も同じです。プロセスや見てきた風景は異なるけれど、みな同じに終わっている。自分もまっただ中。「書くのは今だ」と思いたちました。
実は、以前にも定年について考えたことがあります。新卒で就職した大企業で社内報の編集をしていたとき、毎年定年を迎える社員にインタビューをしていました。テーマは「第二の人生、何をしますか」。当時は定年が50代後半でしたが、「孫と遊ぶ」「妻と温泉にいく」「茶わんを焼いてみる」などの答えが多かったのを覚えています。そのときは「満員電車に乗らず、楽しめていいな」と思う程度でした。
その後会社を辞めて、朝の連続テレビ小説や大河ドラマの脚本を書いていた40代の頃、ふと当時の取材の記憶がよみがえりました。「あのときの答えは見栄(みえ)だったのかも」って。勤めていた頃は、まだ女性が期待されておらず、仕事に責任もない時代です。フリーになって、責任を持って仕事をするのは面白いと実感しました。私が書いたもので視聴率が左右される。局の利益につながるかということだから。どんなこともスリリングで刺激的。これは力の入る面白さでした。
「終わった人」というタイトルは、すぐに浮かびました。定年という制度がある勤め人だけが終わるのではありません。会社員もフリーランスも、仕事をしているほとんどの人は社会的に終わりが来る。勤め人だけではないということで、作品にはフリーで働く人物も登場させました。
主人公のモデルはいません。定年間近の人を取材もしていません。「なぜ女性なのに男の気持ちがわかるのか」という感想も寄せられますが、性別を問わず、また作家でなくても、仕事をしている人ならわかる気持ちですよ、絶対。
60代は「空腹の世代」だと思います。多くの場合、男女ともまだ体も頭も動く。まだやれるのに、社会が認めてくれなくなるから満たされない。努力ではどうしようもないことです。若い人の満たされなさとは質が違います。
60代以上の方は、自分は終わった今、「成仏」できているか、考えてみることだと思います。一番まずいのは、終わっているのに「終わっていない」と思っていること。私たちは年を取った人を凌駕(りょうが)して、第一線に出ました。今度は凌駕される番。「まだ若い者に負けない」と思いたくても、世代交代なのです。「残る桜も散る桜」。終わったことを認めると、次に動き出しやすくなります。
40、50代から「終わった人」になる前に何をしたらよいかとよく聞かれます。私自身は、社会や会社から認められ、必要とされている間は、定年後のことは考えない方がいいと思っています。定年後に備えて趣味を広げたり、地域活動をしたり――という考え方が最近多い。でも趣味は定年後に始めても十分間に合います。プロになるわけじゃないんだから。途中で杖を何本も用意する必要はありません。思い残すことなくやりたい仕事に時間を使うことが、終わった後に「成仏」できるコツかもしれません。
今月から、小説現代で新しい連載を始めました。タイトルは「すぐ死ぬんだから」。78歳の女性が主人公です。今、自分より10歳くらい上の人たちの気持ちがすごく面白い。10年先、20年先は見た目にすてきな人とそうでない人に分かれると思う。想像でしかわからないけれど、想像することが面白いの。
(聞き手・吉浜織恵、撮影・西田裕樹)
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