コロナ禍・人生100年…ウチナルチカラを高めるフィジカルトレーナー・中野ジェームズ修一さんに聞く:朝日新聞DIALOG
2020/10/06

コロナ禍・人生100年…ウチナルチカラを高める
フィジカルトレーナー・中野ジェームズ修一さんに聞く

By 内田早紀(DIALOG学生記者)
写真=王翔一朗撮影

 新型コロナウイルスの感染拡大でステイホームが長引き、運動不足になっていませんか? 「新たな日常」は、肉体的にも精神的にも、私たちの健康に大きく影響するかもしれません。「人生100年」とも言われる時代。朝日新聞DIALOGは、私たちが本来持っている「生きる力」を高めるにはどうすればいいかを考える企画「ウチナルチカラ」をスタートさせます。初回のインタビューは『10年後、後悔しない体のつくり方』など多くの著書のあるフィジカルトレーナー・中野ジェームズ修一さんです。

運動しないほうが楽 でも……

 中野さんは、フィジカルトレーニングの現場で、アスリートをはじめ運動習慣のある人たちと、運動嫌いな人たちの「二極化が起こっている」と感じるそうです。

中野さん 運動しない人は「健康にならなきゃいけない」とか「健康でいなきゃいけない」などという気持ちがない。若くて健康を害した経験がないので、運動に対して興味がないのは当たり前だと思います。「将来、どこかが痛くなるから、予防しましょう」と言われてもやらない。それが人間ですよね。だから、そんなにネガティブにとらえていません。いずれ運動の必要性が分かってきたときに、思い出してくれればいいかな。

 コロナ禍で、運動しない時間が増えていることが問題視されています。中野さんは「人間は、体を動かさないと生きていけない生物」といいます。人間は、ものを食べて、糖質をはじめとする栄養素を摂取します。筋肉を動かせば、糖質が使われます。ところが、家にいてパソコンの前にいると、糖質は使うところがないので余ってしまい、体脂肪として蓄積されてしまう。すると、どうなるのか——

中野さん そんなに食べているわけではないのに、どんどん太ってしまうという問題が起きます。すると、体を使わなくなる、エネルギーを使わなくなる。だけど贅沢なものを買う、たくさん食べる、そして体脂肪が蓄積する。人間は体を動かさないほうが楽なので、どんどん便利になる方向にビジネスを発展させようとする。本当は不便な世の中になってくれればいいんだけど、テレワークで「会社に行かなくていい、ラッキー」ってなってしまうのは、ちょっと問題かな。

動かなくていい時代 40代で歩けなく?

 体脂肪が増えると、さまざまな生活習慣病の可能性が高まります。さらに、体を動かさないと筋肉も衰えていきます。中野さんは、体を動かす力が弱まれば、40代、50代で歩けなくなることもありうる、と指摘します。

中野さん 講演はオンライン。トレーニングも、家にトレーナーの映像が現れて指導する。大学も、キャンパスなんて存在しなくなるかもしれません。今の40代が60歳になったときに、5人に4人が介護を必要とする、という試算がありますが、そうなっても、ロボットが人間の体を起こしてくれたり、口頭で指示すると動いたり。そういうものを人間は作り、お金を払うと思います。今よりもっと便利になる世の中で、どれだけ自分の体を、筋肉を動かすようになるのか、すごく不安です。

楽しくて続くスポーツ きっとある

 それでは運動習慣はどのように身につければいいのでしょうか。中野さんは、若いときに「運動が好き」という感情を持つことが大切だといいます。若くて体を動かせるときにスポーツを楽しむ、スポーツができる仲間を作ることを勧めます。

中野さん テレワークが進むと、会社に行かなくていい、満員電車に乗らなくていい。その半面、人とのコミュニケーションが取れず、精神を病む人が出てくる可能性もあります。それでも、便利で楽なものへの進化は止まりません。だからこそ、会社以外で運動を介したコミュニティーを作ってほしい。会社の外だと上下関係もありません。体を動かすきっかけにもなるし、人とふれあうきっかけにもなります。

 名前を呼び合うコミュニケーションは人間に不可欠です。スポーツを介して広がる輪は、体だけでなく、心にも良い影響を及ぼします。しかし、運動の必要性を理解していても、運動が続かない人はどうすればよいのでしょうか。

中野さん 「運動したいけど運動が続けられない」。要因の一つは、楽しくないからだと思います。今の60~70代はモチベーションの第1世代と言われ、誰かのために、会社のために頑張ることがモチベーションになります。40~50代は、成果報酬で、報酬やご褒美のために何かをやる。20~30代は、自分が楽しいものにしかやる気が起きない。そんな若者世代は、自分が楽しいと思えるスポーツに出会うことが重要です。スポーツにはたくさんの種類がある。走るだけでなく、ボールを使うもの、ヨガやストレッチもある。楽しいスポーツに出会うには、まずは試してみることが必要です。自分にはできない、と思い込んでいるだけで、意外とおもしろい、と感じるかもしれません。

「分かっているけどできない」受け入れて

 やらなければいけないと思っても、できない、やる気が起きない——。若いころ、トレーナーとして歩み始めた中野さんは、この「壁」にぶつかったといいます。

中野さん アメリカに留学してトレーナーの勉強や実践をして、意気揚々と日本に帰国したんです。仕事がたくさん舞い込んできて、すごいことになると思って帰ってきたら、全然仕事がない。仕事が来ても、理論は間違っていないのに結果が出ない。「ダイエットしたいって言っているのに、また食べたんですか? 宿題のランニングやってない? なぜですか?」。成果が出なかったら僕がクビです。「あなたがサボったのに、どうして……」って、ずっと思っていました。でも、気づいたんです。トレーナーって「分かっているけどできないこと」をアドバイスして助けるのが仕事なんだと。トレーニングのやり方や食事法は、雑誌とかに書いてあるわけですから。

 中野さんは、健康心理学会で「行動変容論」を勉強し、健康心理士の資格を取得します。中野さんは「やる気を起こさせて行動を変容することができることに気づかなかったら、いまだにあぐらをかいてトレーナーをやっていたかも」と笑います。「モチベーション」、つまり「やる気を起こさせること」をキーワードに仕事をしたら、うまくいくようになったそうです。

 今回の取材に同行した3人の学生部メンバーのうち、2人は女性で運動好きです。「筋トレ女子」という言葉が生まれたように、女性の運動へのモチベーションは高まっているように感じます。

中野さん 筋トレ自体が楽しいのではなく、自分の体の変化がうれしいのだと思います。バストアップしたり、細くなったりして、「自分の容姿は変えられる」と感じると、喜びを感じる。そうすると、抜け出せなくなる。「筋トレ女子」をめざすなら、まずは一回変わるところまで頑張ってみるといいのではないでしょうか。

コンビニでカロリー計算していませんか?

 それでは、筋トレによる弊害はあるのでしょうか? 中野さんは、「筋肉のバランス」に注意が必要だといいます。

中野さん 運動すると、結果がダイレクトに表れる。誰でも走ったらカロリーを消費して、筋トレしたら筋肉ができる。成果がでてうれしい半面、健康のためにせっかく運動しても、筋肉のつき方のバランスが崩れると、体調を崩す恐れがあります。例えば、体の前側だけをトレーニングしても、裏側の筋肉がつかないと、体が前に引っ張られて骨格がゆがみ、肩や腰を痛める原因になります。筋肉は傷んでも快復しますが、関節が傷むと快復しにくい。フォームが間違っていたり、やりすぎたりすると、関節を傷めてしまいます。

 中野さんはトレーニングだけでなく、「食事にも気をつけてほしい」と話します。特に若い人がカロリーを気にしすぎる傾向にあると心配しています。

中野さん 人間の体はカロリーが足りないと、生命を維持しようとして、体脂肪を蓄積する反応が強まります。カロリーを増やせば太ると思っているかもしれませんが、適度なカロリーを取り、バランスのいい食生活をすると、体脂肪が燃焼しやすくなります。20代の女性が必要とするカロリーは、2100~2200キロカロリーと言われていますが、今は平均で1600キロカロリーしか取れていません。コンビニに行くと、すべての食品の裏にカロリーの表示があって、計算してしまいますよね。若い人たちは「お菓子の500キロカロリー」と「弁当の500キロカロリー」が同じだと思っているけれど、全く違います。カロリーだけにとらわれすぎないほうがいいです。

日本人の若い女性の「やせたい」という願望は強く、やせの傾向が10~30代だけでなく40代女性にも広がってきたことが指摘されている(グラフは2017年国民健康・栄養調査結果から作成した、BMI18.5未満の割合)

 バランスのいい食生活と言われて、イメージが湧きますか? 中野さんは「全然難しくない」と話します。茶碗1杯のごはん、具の入ったお味噌汁に、メインに魚か肉、副菜が一つあればバランスは完璧だそうです。

中野さん コロナの時期を使って、ぜひ自炊を始めてほしいです。味つけや量を自分でコントロールできますし、食に対する意識が高まります。ラーメンにチャーハン、ペペロンチーノのパスタだけ、菓子パン1個だけでは、バランスが崩れます。普通の定食を1日に3回取れば十分ですよ。

あふれる情報 「楽ちん、疲れない」疑おう

 世の中には、食事や健康に対しての情報があふれています。「〇秒でやせる」「○○だけ食べればいい」などとうたう広告は、本当に正しいのでしょうか? 中野さんは、見極めるポイントを三つ挙げました。

ポイント
・自分の中で「信用する専門家」を決める。
・「楽ちん、疲れない」で筋肉はつかない。脂肪は燃焼しない。
・「○○だけを取る、取らない」食事の考えはウソ。

中野さん 残念ながら、医学博士などの資格を持っていても、間違った発信をしている人もいます。信用できる専門家を見つけましょう。一部の人が言っていることを信用せずに、厚生労働省やWHO(世界保健機関)の考えを判断基準にするといいです。また、トレーニングは、きつくなければ筋肉はつきません。「楽ちん、疲れない」は「効果がない」と言っているようなものです。「大汗かいて、疲れる」なら正解ですね。食事に関しては、特定の栄養素だけを取る、特定の栄養素を取らないっていうのは間違っている証拠。炭水化物・白米を取ってはならないとか、牛乳は害であるなどという考え方は、全くのウソです。

取材したDIALOG学生部メンバーと

「できたね」「勝ったね」いつまでも

 体を動かしたり、生活習慣を見直したりして、自らに内在する力を高めれば、人生が豊かになる。これが「ウチナルチカラ」のめざす価値観です。そのモチベーションとなるキーワードを、中野さんは挙げました。

中野さん 大事なのは「達成感と共感」です。若いときは、何でも達成感があって喜びを感じるけれど、だんだんそれが日常になり、達成感を得にくくなる。年を重ねると、「達成感がほしい、共感してくれる人がほしい」と思うのが人間です。達成感や共感が得られる場を、スポーツに求めるときが必ずくると思います。スポーツをすると、「勝てた」とか「ゴールが入った」とか、喜びが得られる。みんなで「できたね」「勝ったね」って、輪ができる。心配なのは、始めようと思ったときに「健康的な体でない」ことです。20代で元気だからといって、何もしないで年をとると、体は衰えて疲れやすく、スポーツをする気力すら湧かなくなります。マッサージに行こう、あるいは寝ていようと思うでしょう。将来にわたって「達成感と共感」を得るために、いま何が必要なのか考えてほしいと思います。

楽しむことが強さになる
内田早紀(DIALOG学生記者)

 コロナ禍で家にこもる日々で、「私は外に出なくても平気だ」と思ってしまっていました。体を動かすことは大好きですが、読書やテレビなどの娯楽で一日は過ぎていきます。中野さんの言う「便利な世の中への不安」は現実味を帯びています。お箸より重いものは持たないお嬢様ではなくても、力を使う機会が減り、体を動かさない日常……想像できてしまうことが恐ろしい。さらに、そうなっても食生活はあまり変わらないであろう自分が恐ろしい。

 私たちの世代のモチベーションの源泉は「楽しいかどうか」。それはいうなれば、ただ素直に、自分の欲求に耳を傾け、感情を大切にするということではないでしょうか。だからこそ、「やせなきゃ」と義務のように思って行う運動ではなく、心から「楽しい」と思えるスポーツに出会うことが大切だと感じます。何もやりたくない、と思って、一時の「楽さ」を手に入れることではなく、体を動かすこと、そのものが喜びで、疲れさえも楽しさの余韻になれば最強です。

 中野さんは「絶対に好きなことを仕事にしてやる」と幼いころに誓い、「お金を稼げるか」ではなく「楽しいと思うか」だけを考えて仕事をしてきたといいます。中野さんの強さには及ばなくても、運動だけでも、その心持ちでいたいと思いました。「楽しくなかったら、他のスポーツを試せばいい」。そんな自由さがあれば、体だけでなく、心も健康でいられるように思います。


中野ジェームズ修一

1971年、長野県生まれ。日本の専門学校で運動生理学を学んだ後、ロサンゼルスでトレーニング理論を学び、帰国。2003年に(株)スポーツモチベーションを設立。2011年に会員制パーソナルトレーニングジム「CLUB100」開業。2008年に伊達公子選手の現役復帰のカラダ作りを担当。その後は福原愛選手のロンドン・リオでのメダル獲得に貢献。2014年からは箱根駅伝を4連覇した青山学院大学の駅伝チームのフィジカル強化も担当している。主な著書に「医師に運動しなさいと言われたら最初に読む本」(日経BP)、「世界一伸びるストレッチ」(サンマーク出版)。米国スポーツ医学会認定運動生理学士 。フィジカルトレーナー協会代表理事。
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