「店はここにあるよ」老舗の呉服店、慣れ親しんだ平和通りで再出発

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 那覇市の牧志公設市場衣料部・雑貨部が2月末に閉場し、1カ月がたった。入居事業者の中には、閉場とともに店を閉じた人、移転して事業を続けている人もいる。衣料部で「京呉服きくむら」を営んでいた比嘉園子さん(81)は、シャッターが閉まった同部建物の真向かいに店舗を借り、閉場翌日の3月1日から再出発した。慣れ親しんだ平和通りで、今も楽しみながら店を続けている。

 「ほら、こうすると店が広く、着物がきれいに見えない?」。比嘉さんは、1坪もない店舗スペースで商品の並べ方、見せ方を試行錯誤しながら「こんな感じで考えていると、結構楽しいのよ」とはにかむ。衣料部・雑貨部の閉場が決まり、在庫商品をどうしようかと途方に暮れたという。店を持つこと以外に整理できないことと「自分のできる範囲で、仕事をできる限り続けていたい」と店の継続を決めた。

 移転先をあちらこちら探したが、家賃などでなかなか折り合いがつかなかった。最終的に衣料部建物の目の前の現店舗に。「平和通りでずっとやってきたんだから、というアドバイスや家族の後押しもあった」。何より周囲が顔見知りでやりやすいと話す。

 衣料部・雑貨部は創立から71年で幕を閉じた。比嘉さんの母が施設オープン当初から衣料品を扱う店を始めたのが、比嘉さんの店の始まり。1972年の日本復帰後から京呉服を扱うようになり、その頃から比嘉さんが店を引き継いだ。時代の変遷とともに、観光客向けに琉装着物を商品に取り入れるようになり、気付くと京呉服と入れ替わる主商品となった。

 観光客でにぎわっていた時期は良かったが、新型コロナウイルス感染拡大で平和通りの人通りも一変し、閑散とした時期が続く。それでも第4日曜以外は店を開けると決めた。「移転してから1日だけ休んだけど、うずうずして仕方なかった。やっぱり働かないと」と腕をまくる。「店がここにあるよ、と存在感を出していきたいね。スマホで支払いができるようにもしたい」と意欲を見せた。(沖縄タイムス)

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