――映画『正欲』に出演を決めた理由は？
稲垣：朝井リョウさんの小説はデビュー当時から拝読していまして。番組で対談させていただいたり、プライベートでお話させていただいたこともあったので、以前、『正欲』を読んだ時には朝井さんの新しい一面を垣間見た感じがして衝撃を受けました。今回の映画化にあたってはとてもデリケートな問題を扱っているので、出演するには覚悟のいる作品だなとも。だからこそやりがいがありますし、報われる作品に仕上がるだろうという気持ちで臨みました。
――実際に作品を観ていかがでしたか？
稲垣：自分が出演していないシーンも多かったので、どんな風に仕上がったのかなと、期待と期待と期待だけで見ました（笑）。岸善幸監督の作品は『あゝ、荒野』『前科者』など、生々しくて強い、エモーショナルな印象があったのですが、この作品はどこかファンタジックな雰囲気に包まれていて、とても美しい映像に仕上がっています。重いテーマではありますが、心に染みわたるようなきれいな作品なので、ぜひ映画館で見ていただきたいです。
――実力派の共演陣でしたが、現場の雰囲気は？
稲垣：新垣結衣さんや磯村勇斗さんをはじめ、キャストのみなさんが大変な覚悟を持って取り組まれていて、本当に素晴らしかったですね。映像からもその気迫が伝わってきて、圧倒されました。岸監督はワンカットで１つのシーンの最初から最後まで通して撮影して、それを何回も繰り返す手法なので、俳優にとっては途切れずに芝居ができますし、任せられているという手応えも感じられて役に集中できました。
――検事・寺井啓喜役は、いかがでしたか？
稲垣：映画『十三人の刺客』をはじめ、今まで僕が演じてきた役は主人公の敵だったり、人を振り回したり、翻弄したりするようなキャラクターが多かったんです。ですが、啓喜は検事であり、世の中のマジョリティとして、見る側に最も近い感覚を持つ人物。観る人は最初、僕の目線で物語に入っていくので、とても静かに演じました。派手に動いて爪痕を残すよりも我慢することが大切な役だったので、そういう意味では新しい挑戦になったと思います。
――大切な人と意見が食い違った時、どう振る舞いますか？
稲垣：僕は一人で暮らしているし、人とぶつからないように逃げながら生きてるから（笑）、あまりそういう状況に直面しないのですが……。だけど、もし妻や子供がいたり、人と何かを作り上げるような時は、みんな考え方が違うからぶつかることはありますよね。だとしたら、お互いを受け入れていくのが一番いいのかなと思います。すべての違いをクリアにするのは難しいから、お互いにどこかを我慢して歩み寄って、許容していくしかないのかもしれません。
――消えない心の傷や痛みを、どのように受け止めますか？
稲垣：非常に前向きな性格なので、あんまりうじうじ悩んだりしないんです。鈍感力を大事にしているところもあるし、前に進んでいこうという気持ちが強いから、なにかあっても普段は脇に置いておくとか。時間とともに忘れてしまったり、強引に蓋をしちゃうことが多いですね。それでも昔の苦い経験がいきなり夢に出てきたりするので、人生のなかで解決していないことがあるんだなとつくづく感じます。もしかすると、これから先の人生で今まで蓋してきたことを、少しづつ見つめ直していくのかもしれないけど。
――役柄と稲垣さんは、真逆の性格のように思えますね。
稲垣：確かに、啓喜と僕の性格は違いますね。だけど、ある一定のルールを作らないと不安になってしまって前に進みにくいところや、アドリブがきかない不器用さがあるので、そういうところは似ている気がします。その不安まで楽しむとか、格好いいことは言えません（笑）。自分でも真面目なんだか、不真面目なんだかよくわからないんです。
――最近何か価値観が変わったことは？
稲垣：今までは一人で音楽をかけて静かに暮らしていたんですが、最近、生き物が増えました。最初に花や植物を置き始めたら、発するエネルギーが心地よくてどんどん増えていったんです。生き物と暮らすのもいいなと思い始めて、猫を２匹お迎えしました。もともと猫は大好きで、長毛種に憧れがあったのでペルシャを。毎日賑やかで楽しいので、さらにブリティッシュショートヘアを仲間に加えました。飼い主も猫も依存しすぎず、同じ空間で共生している距離感がちょうどよくて。随分とライフスタイルが変わったなと自分でも思います（笑）。
――最後に、25ans読者にメッセージをお願いします。
稲垣：映画『正欲』を通して、自分自身を愛することの大切さが一人でも多くの方の心に響いたらいいなと思います。誰でも絶対に人に言えないことや、二面性どころかいろんな面を抱えて生きているから、なによりも自分を好きになることは大切。そういう自分を受け入れて認めることで、自分とは違う他者も認められるようになるんじゃないかな。
■INFORMATION
映画『正欲』朝井リョウのベストセラー小説を映画化した衝撃作！
検事の寺井啓喜（稲垣吾郎）は、息子が不登校になり、教育方針を巡って妻と度々衝突している。ショッピングモールで寝具販売員として働く桐生夏月（新垣結衣）は、中学生の頃に転校していった佐々木佳道（磯村勇斗）が地元に戻ってきたことを知る。ダンスサークルに所属し、学園祭の準ミスターに選ばれるほどの容姿を持つ諸橋大也（佐藤寛太）。学園祭でダイバーシティをテーマにしたイベントに携わり、大也を気にする神戸八重子（東野綾香）。家庭環境、性的指向、容姿――様々に異なる背景を持つ5人の関係は、予想もしなかった感情で少しずつ交錯していく。誰ともつながれない、だからこそ誰かとつながりたいと求める彼らのストーリーは、この時代にこそ必要とされる、心を激しく揺り動かす衝撃作。
キャスト：稲垣吾郎 新垣結衣 磯村勇斗 佐藤寛太 東野絢香
監督・編集：岸善幸 原作：朝井リョウ『正欲』（新潮文庫刊） 脚本：港岳彦 音楽：岩代太郎
主題歌：Vaundy『呼吸のように』（SDR）
撮影：夏海光造 照明：高坂俊秀 製作：murmur 制作プロダクション：テレビマンユニオン 配給：ビターズ・エンド
©2021朝井リョウ／新潮社 ©2023「正欲」製作委員会
■映画『正欲』ギャラリー
Photo:SHUN YOKOI Styling:AKINO KUROSAWA Hair＆Make:JUNKO KANEDA Text:HARUMI YASUDA ※この記事は2023年11月10日時点のものです。
