引退した武藤敬司と現IWGPヘビー級王者のオカダ・カズチカ引退した武藤敬司と現IWGPヘビー級王者のオカダ・カズチカ

2月21日、東京ドームに3万人超の大観衆を集め、〝プロレスリングマスター〟武藤敬司が約38年にわたる現役生活の幕を閉じた。その6日後、引退試合のセミファイナルで圧倒的な存在感を見せつけた〝レインメーカー〟オカダ・カズチカとの初対談が実現! 世界的レジェンドは、現IWGP世界ヘビー級王者に何を託したのか?

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■オカダが見た武藤の最後の花道

オカダ 武藤さん、38年間の現役生活お疲れさまでした。

武藤 おう、ありがとう!

――おふたりの対談は初めてですか?

オカダ 初めてですね。

武藤 ただ、プライベートでは会ってるんだよ。去年、(WWEの中邑)真輔が帰国してたとき、坂口(征二)さんの息子、憲二も含めて食事してたら、オカダも試合会場から直接来たんだよな。

オカダ 中邑さんがいるって聞いて行ったんですけど、武藤さんがいらっしゃるとは知らなくて。憲二さんもいて、すごいメンバーのところに来ちゃったなって(笑)。

――中邑選手のサプライズだったんですね(笑)。お互いの印象はいかがですか?

武藤 俺が新日本を辞めた後、後輩の棚橋(弘至)ががんばってくれて、その後、オカダがさらに業界を盛り上げてくれたと思ってますよ。今回の俺の引退試合でもセミファイナルの清宮(海斗)戦で、いい話題を提供して盛り上げてくれたしね。本当は俺、オカダは純粋なベビーフェイスの試合しかできねえのかなぐらいに思ってたんだけど、ノアに乗り込んできてヒール的な一面が見られたのもうれしかったし、頼もしく思ったよ。

オカダ 僕は新日本時代の武藤さんをリアルタイムで見ることはできなかったんですけど、多くのプロレスラーに影響を与えた大先輩だと思ってます。棚橋さんにしても内藤(哲也)さんにしてもそうですし、それだけ影響を与えてる存在はスゴいなって。

武藤 時代的なものもあるけどね。俺たちの世代はみんな猪木さんに憧れてプロレスラーになったんだから。ただ、スタイル的な部分で、俺は猪木さんの殺伐としたプロレスを否定してきたほうだから、その影響はあるかもしれないな。

――武藤さんは引退試合を終えて約1週間ですが、今の心境はいかがですか?

武藤 引退試合の翌日だけ休んで、次の日からはトレーニングしたり引退前と同じルーティンで動いてるから、試合がないだけであまり変わらないよ。ただ、引退試合を終えて少し肩の荷は下りたな。試合前に両足の肉離れがあって、あらゆる手を使ってベストなコンディションにするため、残り2週間くらいすげえハードだったんだよ。これまでとは違うトレーニングにもチャレンジしてさ。

オカダ どんなトレーニングをされたんですか?

武藤 設定で体重の50%の負荷で走れる最新のランニングマシンがあってさ、軽いからすげえ走れるんだよ。俺、ずっと膝が悪かったからこんなに足の回転速く走るのなんて何十年かぶりで、うれしくてうれしくてね。いろんなことに取り組んでベストを目指して、その甲斐あってか思った以上に動けて良かったよ。

引退試合の入場シーン。歴代テーマ曲メドレーの後に定番の『HOLD OUT』が流れ、武藤が花道に現れると満員の東京ドームから大「武藤」コールが湧き起こった引退試合の入場シーン。歴代テーマ曲メドレーの後に定番の『HOLD OUT』が流れ、武藤が花道に現れると満員の東京ドームから大「武藤」コールが湧き起こった

橋本真也のDDTや三沢光晴のエメラルド・フロウジョンなど、今は亡きライバルたちの技を繰り出した橋本真也のDDTや三沢光晴のエメラルド・フロウジョンなど、今は亡きライバルたちの技を繰り出した

――オカダ選手は、武藤さんの試合をご覧になることはできましたか?

オカダ 僕はバックステージでコメントを出して控室に戻ったら、ちょうど(対戦相手の)内藤さんの入場だったんですよ。「武藤さんの入場は会場内で雰囲気を直接感じなきゃダメだな」と思って、裸に練習着を羽織って(野球の)ベンチから入場を見させてもらったんです。

武藤 マジで? スゴいね。

オカダ その後、試合は控室のモニターで見ていたんですけど、内藤さんがすごく楽しそうに試合をしているのが印象的で。元日にグレート・ムタと対戦したときの中邑さんからも感じたんですけど、相手がハッピーになるプロレスもいいなって思いましたね。

■〝間〟だけで魅せた武藤と蝶野

――オカダ選手も2015年に天龍源一郎さんの引退試合の相手を務められましたけど、レジェンドの引退試合を務めた者として意識はされましたか?

武藤 いや、それは俺のほうが意識したよ。引退試合をやるにあたって、対戦相手の候補の中にオカダの名前もあったからね。でも、すでに天龍さんとやってるから、二番煎じは......っていうのが俺の中ではあって。ほかには棚橋も候補のひとりだったし、一応、ザ・ロックにもあたってみたらしいよ。そしたら全然カネが合わねえよ。数十億円だって(苦笑)。

オカダ PPV(ペイパービュー)収益で元は取れたんじゃないですか?(笑)

武藤 取れない。絶対にムリだよ!(笑)

内藤哲也との引退試合の後、実況席にいた蝶野正洋を強引にリングに上げ、特別試合が実現! 最後の最後までファンを驚かせ、夢を見せてくれた内藤哲也との引退試合の後、実況席にいた蝶野正洋を強引にリングに上げ、特別試合が実現! 最後の最後までファンを驚かせ、夢を見せてくれた

――オカダ選手は武藤vs内藤戦に対して特別な意識はありましたか?

オカダ レジェンドの引退試合を務めた者として気になりましたし、内藤さんにも負けたくないって思いましたね。天龍さんの引退試合は(プロレス大賞の)ベストバウトを獲っているんで。

武藤 ベストバウト獲ってんの? 俺の試合は......まあ、コンディションもそんなに良くなかったからな(苦笑)。

オカダ その後、サプライズで蝶野(正洋)さんとやられたじゃないですか。

武藤 あれがベストバウト獲ったりして(笑)。

――1分の試合で(笑)。

オカダ ロックアップに行くまで、ふたりが見合っているだけの〝間(ま)〟で魅せるのはさすがだと思いましたね。

武藤 蝶野はサングラスを外した瞬間、プロレスラーの顔になってたよな。引退試合の後にもう一試合やってしまったのはちょっと内藤に申し訳ないことをしたけど、今回ばかりは俺の引退試合だから、俺のやりたいようにずうずうしくやらせてもらったよ。ファンも喜んでたしね。

オカダ 試合をしてみて、内藤哲也はどうでしたか?

武藤 正直言ってね、内藤が使う技は俺らが知ってる技じゃないからさ、そういう部分でちょっとやりづらさは感じたよ。あとはせっかちな長州力と反対で、ゆっくりゆっくりしてるなと思ってさ。試合前にコスチュームを脱ぐのもすげえゆっくりだったから。

――武藤さんもあれにはじらされたわけですね。

オカダ そういう気持ちに武藤さんがなったということは、内藤ワールドにハマったということですね。まさに「トランキーロ」ですよ(笑)。

――焦んなよ、と(笑)。あと今回の引退試合では橋本真也さんや三沢光晴さんの技を出したり、最後は蝶野さんとの一騎打ちがあったり、かつて「思い出とケンカしても勝てねぇよ」と言っていた武藤さんが、思い出を味方にして闘ってましたよね。

武藤 まあ、ラクな方法を取ったよ(笑)。

オカダ でも、武藤さんだからこそ意味があったと思いました。お客さんがすごく沸いてるのを控室にいても感じましたし、あれを見られたのは良かったなと思いましたね。

――武藤さんは闘魂三銃士の横のつながりや、全日本プロレスの四天王や高田延彦という他団体のライバルがいて、みんなで時代をつくってきました。〝ひとり横綱〟状態が続いているオカダ選手は、そこにうらやましさを感じたりはしませんでしたか?

オカダ いや、僕は恵まれてると思います。棚橋さん、中邑さん、そのほかいろんな先輩がいて、外国人でもケニー(・オメガ)やAJ(スタイルズ)、その下にはジェイ(・ホワイト)とか(ウィル・)オスプレイがいて、そういうメンバーと闘ってきたことで、もう明確なライバルがいないくらい自分がデカくなった自信がありますし。これから僕より下の世代がどんどん出てきてくれたら、もっと面白くなると思いますね。

武藤引退試合のセミファイナルで、オカダは因縁が深まっていたノアのGHCヘビー級王者・清宮海斗と一騎打ち。力の差、格の違いを見せつけるような厳しい攻撃で清宮を沈めた武藤引退試合のセミファイナルで、オカダは因縁が深まっていたノアのGHCヘビー級王者・清宮海斗と一騎打ち。力の差、格の違いを見せつけるような厳しい攻撃で清宮を沈めた

――今回、武藤さんの引退試合のセミで、オカダ選手と清宮選手の新日本vsノアの王者対決が実現したわけですが、どんなものを見せたいという思いがありましたか?

オカダ 清宮選手とは去年の1月、横浜アリーナでの初対決で僕が彼を泣かせて、その1年後、彼が(GHCヘビー級)チャンピオンになってタッグで再戦したときには顔面を蹴られて、僕もちょっとプロらしくないことをしてしまった。まあ、彼が僕と闘いたい気持ちもわかるんですけど、たとえチャンピオンになろうとも、どれだけ外の世界が広いかっていうのを教えてあげなきゃいけないと思ってましたね。なおかつ武藤さんの引退試合ですし、僕がカネの雨を降らさなきゃいけないという思いもあり、その両方ができたかなとは思います。

――武藤さんは、あの試合をどう感じましたか?

武藤 「いいんじゃない?」って思ったよ。オカダにとって今、相手が見当たらない中で清宮という自分に噛みついてくる人間が出てきたことも良かったし。この前のドーム、ノアは新日本に全敗じゃん。いい目標ができたと思うよ。プロレスは負けて這い上がるところが一番面白いわけであって、会場に来てるお客さんだって、実生活で勝ち続けてる人なんかいないわけだから。くじけてもまた這い上がる姿を見せて、夢を与えるのもレスラーの仕事のひとつだからね。

――ノアにとって次につながる負けだったと。

武藤 ただ、対抗戦をあまりやってもしょうがないからさ。どこかで区切って、それぞれ自分たちの団体を精進させていかないとな。

■引退試合でムーンサルトを出さなかった美学

――去年、猪木さんが亡くなり、今回、武藤さんが引退されて、大きな区切りにはなったと思うんですが、オカダ選手はこれからのプロレス界をどうしていきたいと考えていますか?

オカダ いまだに世間で「知っているプロレスラー」というと猪木さんだったり、武藤さん、蝶野さん、長州さんだったりするわけじゃないですか。でも、皆さんもうリングから離れているし、猪木さんは亡くなられてしまったので、「オカダ」という名前が真っ先に出てくるように変えていかなきゃいけないと思ってますね。そしてプロレス人気をもっと高めて、レジェンドの人たちに、「プロレスをやってて良かった」と思ってもらえるプロレス界にしていきたいと思ってます。

――オカダ選手は今35歳。武藤さんが35歳のときはnWoジャパンをやっていた頃ですから、これからプロレスラーとして一番いい時期じゃないですか。

武藤 俺は39歳で新日本を辞めて独立したんだよ。オカダも数年したら、そんな野心が芽生えるかもな(笑)。

オカダ でも、武藤さんは当時の新日本の格闘技路線に反発して全日本に行ったわけじゃないですか。その頃から「プロレスLOVE」を貫いて、いろんな団体に自分の遺伝子を残しているのがスゴいと思いますね。

武藤 俺は全日本では経営者になったから、人材を育てなきゃならなかったんだよ。40代の頃はプロレスラー武藤敬司としてまだまだ活躍できる自信があったんだけど、人材育成となると自分を殺さなきゃいけない部分も多々あったりした。だからオカダは、プロレス界のためにもまだ経営には関わらず、プレーヤーに専念していたほうがいいよ。俺、ノアに行って経営から離れたら、58歳でベストバウト獲ったからね。プロレスに専念すれば、いい作品つくれるんだよ。

オカダ では経営者になるのはもう少し後にします(笑)。

武藤 経営といっても昔の全日本と新日本は馬場商店、猪木商店だったし、俺が全日本をやってたときも武藤商店だった。でも、今は新日本にはブシロード、ノアにはサイバーエージェントがついて、もう商店じゃなくて総合商社だから。オカダには、その中の最高のタレントとしてプロレス界を底上げできるようにがんばってほしいね。

――武藤さんの今後のプランは?

武藤 「普通のおじさんになる」ことだよ。膝や股関節のケガが少しでも良くなって、普通に歩いたり、ゴルフに行ったり、普通のおじさんみたいな生活ができるようになるのが目標だな。

オカダ 肉離れしてなかったら、引退試合でムーンサルトプレスをやってましたか? 2回トライしようとされてたじゃないですか。

武藤 辞めていく試合だから、やった美しさより「やらない美しさ」が勝ると思ったのかもな。(ムーンサルト解禁は21年6月の)丸藤(正道)戦でもやったし、2回やっても芸術として美しくないじゃん。

オカダ ご家族に怒られるとか、そういう理由だけじゃなかったんですね(笑)。

武藤 やってたら、間違いなく家族にも医者にも怒られてたけどね(笑)。俺は今のオカダと同じ、35歳の時点でもう膝がすげえ悪かったんだ。もうテーピングでガチガチに巻いていたから、nWoでロングタイツに替えたわけでね。だからオカダもケガだけは気をつけてがんばってほしい。

――オカダ選手は、武藤さんに対して今後のプロレス界で「こんな存在でいてほしい」という思いはありますか?

オカダ 武藤さんにはいろんな試合会場に顔を出してもらいたいですね。OBの人たちにもっと優しいプロレス界であってほしいと思ってるんです。新日本でも、OBの方がふらっと訪れてくれるような場面があまりなくて、それが寂しいなと思っているので。

武藤 それが実現するのもプロレス界全体が潤ってこそだよ。引退してからもなんらかの仕事で関われる業界であれば、若い人材だって安心して入ってこられるだろうしね。プロレスラーはみんな体がボロボロになって引退するから大変だよ。去年、新日本の50周年の日本武道館でOBがいっぱい集まったけど、マトモに歩ける人がほとんどいない。俺、OB集めて運動会やりたいと思ったもんな。50m走れる人は誰もいないから、30mくらいだったらまだ1位取れる自信あるもん(笑)。

オカダ それ、見てみたいですね(笑)。

武藤 「プロレスリングマスターズ」(ベテランレスラー中心の大会)もまたやりたいんだけどね。意外と集客できるし、今の現役もいずれ年を取るわけだからさ。でも、「マスターズ」なんかやったら俺、試合したくなっちゃうからな。「こんなじじいより俺のほうが動けるぞ!」って(笑)。

オカダ なかなか普通のおじさんにはなれそうにないですね(笑)。

武藤 そんな〝老後〟の話はいいとして、これからのプロレス界、オカダたちが引っ張って、ますます爆進していってほしいと思いますよ。

オカダ がんばります!

●武藤敬司(むとう・けいじ) 
1962年生まれ、山梨県出身。84年、新日本プロレスでデビュー。90年代に橋本真也、蝶野正洋との闘魂三銃士で台頭し、以降、長きにわたりマット界のトップに君臨。全日本プロレス、WRESTLE-1を経て2021年、58歳にしてプロレスリング・ノアのGHCヘビー級王座を獲得。2月21日、東京ドームで新日本の内藤哲也を相手に引退試合を行なった

●オカダ・カズチカ 
1987年生まれ、愛知県出身。現IWGP世界ヘビー級王者。15歳で闘龍門に入門し、2004年、メキシコでデビュー。07年新日本プロレス移籍。12年、24歳の若さでIWGPヘビー級王座を初戴冠。打点の高いドロップキックや一撃必殺のレインメーカーは必見。武藤敬司引退試合のセミファイナルでは、プロレスリング・ノアの王者、清宮海斗を圧倒した