イスラエル軍は30万人以上の予備役を招集。陸上部隊のガザ侵攻はかなり大規模なものになりそうだ イスラエル軍は30万人以上の予備役を招集。陸上部隊のガザ侵攻はかなり大規模なものになりそうだ

ハマスの大規模な奇襲テロを許したイスラエルの報復作戦は、本稿締め切り時点でガザ地区への地上侵攻まで秒読み段階に入った。しかし、そこで待ち構えるのは地下トンネル網を駆使したハマスのゲリラ戦。さらに、強力な軍事力を持つ親イラン組織ヒズボラの参戦を危惧する声も......。その先に見える"最悪のシナリオ"を緊急検証する。

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■イスラエルの衝撃とハマスの焦燥感

「血まみれの怪物を根絶やしにする準備はできている」

10月15日、イスラエルのネタニヤフ首相はそう語り、パレスチナ自治区・ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスを叩く地上侵攻作戦の開始が近いことを示唆した。

突如3000発以上のロケット弾を発射し、同時にガザ地区とイスラエルを隔てる壁を各地点で破壊して、1000人以上の戦闘員をトラックやバイク、パラグライダーやボートでなだれ込ませた10月7日のハマスの奇襲テロは、イスラエル社会にすさまじい衝撃を与えた。

ハマス戦闘員は6人組のチームごとに各地へ展開し、キブツ(農業共同体)や音楽フェス会場などで多数の一般人を殺傷。完全に虚を突かれたイスラエル軍は迎撃部隊を派遣して応戦したが、ハマスの侵入部隊は米英など外国籍の観光客も含む199人(イスラエル側の発表。ハマス側は最大250人と発表している。以下、情報は日本時間10月18日現在)を人質としてガザ地区へ連れ去った。

元米陸軍大尉の飯柴智亮(いいしば・ともあき)氏はこう語る。

「襲撃でのイスラエル側の死者数は1300人に達していますが、われわれがこの数字から受ける印象と、イスラエル社会の受け止め方は10倍、あるいは100倍も違う。

過去にホロコーストを経て建国された人口1000万足らずのイスラエルは、これを『虐殺』と受け止めています。〝一対一〟でやり返しても数で負けてしまいますから、やられたら倍返し、3倍返しというのが彼らの鉄則でもあります」

〝イスラエルにとっての9.11〟ともいわれる今回の襲撃を受け、ネタニヤフ政権は野党も含めた「戦争管理内閣」を発足させ、ガザ地区に徹底的な空爆を続けた。パレスチナ側の死者数はあっという間にイスラエル側を超え、ハマスの司令官も少なくとも2人死亡している。

さらに、イスラエル軍は30万人の予備役を招集し、すでにガザ地区周辺に地上部隊を集結させている。「ハマスの殲滅」を目指しての地上侵攻が近いことは間違いない。

しかし、ハマスがイスラエルに大規模な攻撃を仕掛ければ、こうなることは十分に予想できたはずだ。それでも「アクサーの大洪水」(聖地エルサレムにあるモスクの名前に由来)と彼らが呼ぶ今回の作戦を決行した狙いはどこにあるのか? 中東情勢に詳しい国際政治アナリストの菅原 出氏が解説する。

「従来、アラブ諸国とイスラエルの国交樹立は『パレスチナ人国家の成立』とセットで実現させるというのが、少なくとも建前としては共有されていました。ところが近年はそれが無視される形で、アラブ諸国とイスラエルの関係改善が進んでいました。

そして、急速に接近しつつあったイスラエルとサウジアラビアの間に国交が樹立されれば、いよいよパレスチナは完全に置き去りにされる。いま行動に出なければすべてが終わるという焦燥感から、ハマスはこの攻撃に至ったのでしょう」

実際、イスラエルの反撃が本格化するとアラブ諸国で反イスラエル感情が高まり、サウジアラビアもイスラエルとの国交正常化交渉を凍結。この点はまさにハマスの思惑どおりに進んだ。

■イスラエル軍を迎え撃つ地下網と〝人間の盾〟

イスラエル軍は純粋な軍事力でいえばハマスを圧倒できる戦力を有するが、ガザ地区へ陸上部隊が侵攻してからの「殲滅作戦」は極めて難しいものになりそうだ。ハマスのスポークスマンは「ガザ地区に来れば〝見たこともないもの〟に遭遇するだろう」と警告している。

イスラエル軍にとって最大の障壁は、ガザ地区の地下に縦横無尽に張り巡らされたトンネル網だ。ハマスはこれを使ってゲリラ戦を展開し、対戦車地雷や対戦車ロケット砲でイスラエル軍を迎え撃つ。戦闘員にはイスラエル軍の主力戦車メルカバの弱点や、対戦車戦術を記したビラが配られているようだ。

前出の菅原氏が言う。

「ガザ地区からハマスを完全に排除するとなれば、比較対象となるのが、イラク軍が2016年の秋から行なった北部の都市モスルでのIS(イスラム国)掃討作戦です。開始時点でISの兵力は5000人、対するイラク軍は米軍の航空支援下で地上兵力10万人を投入しましたが、掃討が完了するまでに9ヵ月かかりました。

地形なども違うので単純比較はできませんが、ガザ地区の面積はモスルの約2倍で、ハマスの兵力は2万5000人とISの5倍。そして、ハマスには16年間のガザ統治歴があり、複雑かつ強力な防御ネットワークを築いています。

こうした条件を考えると、たとえ強力なイスラエル軍でも、ハマスを完全に掃討するとなれば数ヵ月で終わるような話ではありません」

しかも、ハマスは約200人の人質を取っており、戦闘員に配られた「戦闘指示書」には人質を〝人間の盾〟として使えと記されている。さらに、ガザ地区の戦闘地域に残っている一般のパレスチナ人も、ハマスにとっては〝人間の盾〟という位置づけになってしまうだろう。

イスラエルが襲撃を受けた当初、欧米ではイスラエル全面支持の世論が沸騰したが、その後、空爆によってパレスチナ民間人の犠牲者が増え、さらに多くの人が家を失ったり、避難のために家を追われたりする事態になると、イスラエルの〝やりすぎ〟を懸念する声が高まりつつある。

ガザへの空爆でパレスチナ側の死者は約3000人に達し(10月18日現在)、その大半は民間人。地上侵攻が始まればさらに犠牲は増える ガザへの空爆でパレスチナ側の死者は約3000人に達し(10月18日現在)、その大半は民間人。地上侵攻が始まればさらに犠牲は増える

「ハマスの戦闘員は軍服を着ていないケースも多く、民間人と見分けがつきません。あらかじめ民間人に退避勧告を出したイスラエルは、『残っているのはすべて戦闘員』という前提で作戦を進めたいところでしょうが、最大の後ろ盾であるアメリカからは『民間人の犠牲は最小限にしろ』というプレッシャーを受けている。そうでなければかばいきれない、ということです。

しかし、ネタニヤフ政権は『ハマス殲滅』という極めて困難な目標を掲げ、国内情勢的には突き進むしかない形で地上侵攻へ入っていく。それが長引けば長引くほど、外交的には厳しい局面となり、イスラエルは中東で孤立していきかねません」(菅原氏)

■「抵抗の枢軸」でつながるハマス、ヒズボラ、イラン

イスラエルの地上侵攻が始まった後、さらなる〝ワイルドカード〟となる可能性があるキープレイヤーが、北の隣国レバノンの南部を拠点とする親イランのイスラム組織ヒズボラだ。

「イスラエル殲滅」を掲げて1982年に結成されたヒズボラは、日本の公安調査庁の発表によれば最大兵力4万5000人。過去に何度もイスラエル軍と交戦しており、今回のハマスの襲撃後も散発的にイスラエル領内へミサイルを撃ち込むなどして攻撃している。

かつてヒズボラやハマスの指導者を直接取材した経験がある国際ジャーナリストの河合洋一郎氏が解説する。

「現在、ヒズボラの保有するロケット弾やミサイルは15万発と推定され、その中にはイスラエル全土を射程に収める高性能ミサイルも含まれます。これらの兵器は、北朝鮮エンジニアの指導によりレバノン南部の地中に縦横無尽に張り巡らされたトンネル網の中や、民間施設の中に隠されています。

2006年の第2次レバノン戦争では、イスラエル軍はこのトンネルを使った奇襲攻撃を繰り返すヒズボラに手こずり、事実上の敗北ともいえる撤退を余儀なくされました」

ヒズボラとハマスは宗派が異なるが、共にイランを領袖(りょうしゅう)とするネットワーク「抵抗の枢軸」の構成組織であり、関係は良好だ。今回の襲撃でハマスが駆使した戦術や、ガザ地区の地下トンネルネットワーク構築も、ヒズボラの指導が下地になっている可能性がある。

そして、親玉のイランからはイスラエルへの警告がたびたび発せられている。

「ガザとパレスチナ人への戦争犯罪が続けば、抵抗の枢軸から報復を受ける。その結果の責任はユダヤ主義組織と支持勢力が負う」(10月12日、アブドラヒアン外務大臣)

「イスラエルはガザでの虐殺をやめるべきだ。イスラム教徒や抵抗勢力はしびれを切らし、誰も止められなくなる」(10月17日、最高指導者ハメネイ師)

ユダヤ人国家として1948年に建国されたイスラエルは78年までに4度の中東戦争を戦い、その後もレバノンや同国のイスラム組織ヒズボラと交戦。また、パレスチナ問題とそれに伴うアラブ諸国との対立も長年続いている。一方で近年はUAEやバーレーンと国交を樹立し、"アラブの盟主"サウジアラビアとも接近しつつあった ユダヤ人国家として1948年に建国されたイスラエルは78年までに4度の中東戦争を戦い、その後もレバノンや同国のイスラム組織ヒズボラと交戦。また、パレスチナ問題とそれに伴うアラブ諸国との対立も長年続いている。一方で近年はUAEやバーレーンと国交を樹立し、"アラブの盟主"サウジアラビアとも接近しつつあった

ヒズボラやハマスは「抵抗の枢軸」の一員(写真はイラン最高指導者ハメネイ師) ヒズボラやハマスは「抵抗の枢軸」の一員(写真はイラン最高指導者ハメネイ師)

この警告をどの程度深刻に受け止めるべきか、あるいは現時点でヒズボラがイスラエルと「事を構える」つもりがあるかどうかについては見解が分かれる。しかし、ガザ地区でイスラム教徒であるパレスチナ人の犠牲が増え続けること――特に、SNSで凄惨(せいさん)な映像が発信され続けることの影響は、決して軽視できない。

「ハマス掃討にてこずっているときにヒズボラが全面戦争を仕掛けてくるというのは、イスラエルにとって最悪のシナリオです。アメリカが何度もイランやヒズボラに『今回は手を出すな』とメッセージを送り、空母を派遣して牽制(けんせい)しているのはそのためです」(前出・河合氏)

■北朝鮮の核ミサイルは「交渉カード」だが......

さらに言えば、ハマスの襲撃でイスラエルの防空システム「アイアンドーム」の迎撃ミサイルはかなり在庫を減らしている。もしヒズボラが大量のミサイル攻撃とともに、北から本格参戦してくれば、そう簡単に押し戻せるとは限らない。

そうなると――頭をよぎるのが、イスラエルが〝事実上の核保有国〟であることだ(公には肯定も否定もしない戦略をとっているが、保有は公然の事実で、弾頭数については諸説あり)。

もちろん、核兵器使用のハードルは高い。国際社会で長年、「使われない兵器」とされてきたのも事実だ。だが、前出の飯柴氏はこう語る。

「私は国際政治学の修士課程で、このテーマを論文のテーマにしました。当時、日本のマスメディアは北朝鮮が核を使うとあおっていましたが、私の結論はこうです。

北の核は金王朝の存続を目的としたもので、あくまでも交渉のカードであり、攻撃目的では使われない。しかし、イスラエルは国家の存亡がかかれば、核の使用に躊躇(ちゅうちょ)しない。『滅びるか、核を使うか』の選択肢を迫られた場合、必ず使用する。

そう発表したら、周囲はシーンとしてしまいました。アメリカでこれを言うのはタブーだからですが、誰も反論はできませんでした」

前出の河合氏もこう言う。

「仮にイスラエル軍が地中海に追い落とされる瀬戸際まで追い詰められれば、彼らは核を使うはずです。ただし、それは広島、長崎のように都市を壊滅させるような規模の戦略核ではなく、戦場で敵の兵員と兵器を無力化するための、比較的低出力の戦術核弾頭になるでしょう」

仮にイスラエルが核を使用した場合、国際的なハレーションの規模は計り知れない。前出の菅原氏はこう語る。

「イスラエルは〝自分の足元〟で核を使わないだろうと私は考えていますが、もし使った場合、それはほかの国にとっても核使用のハードルが下がることを意味します。世界の軍事バランスは大きく変わるでしょう」

その影響は、ウクライナの戦場にも及ぶ可能性が高い。前出の河合氏はこう指摘する。

「『イスラエルが核を使うことで国家破滅の危機を脱した』となれば、ロシアのプーチン大統領のように核使用を示唆している指導者にとって、決断の障壁はかなり低くなるでしょう。また、もし実際に使わないとしても、〝核の脅し〟の効果はこれまでとはまったく違うものになるはずです」

アメリカのバイデン大統領は18日にイスラエルを訪問し、「アメリカとイスラエルの連帯」を強調したが、その代償としてアラブ諸国との関係や人道問題の調整には苦慮している。中東は新たな混迷の時代に入ってしまうのか――。

アメリカのバイデン大統領(右)は18日にイスラエルを訪問し「連帯」を強調。一方でネタニヤフ首相(左)に人道問題への対応、民間人の犠牲を最大限避けることを求めているが、先行きは不透明だ アメリカのバイデン大統領(右)は18日にイスラエルを訪問し「連帯」を強調。一方でネタニヤフ首相(左)に人道問題への対応、民間人の犠牲を最大限避けることを求めているが、先行きは不透明だ