『渇水』に出演する女優の尾野真千子さん『渇水』に出演する女優の尾野真千子さん

『さんまのスーパーからくりTV』『中居正広の金曜日のスマたちへ』など、数多くの人気番組を手がけてきたバラエティプロデューサー角田陽一郎氏が聞き手となり、著名人の映画体験をひもとく『週刊プレイボーイ』の連載『角田陽一郎のMoving Movies~その映画が人生を動かす~』。

6月2日公開予定の映画『渇水』に出演する女優の尾野真千子さんが登場。デビュー作で形成された役者観、写真と演技の違いなど、語ってくれました!

■お芝居は"嘘"だから気持ちだけはリアルに

――子供の頃に見た映画で記憶に残っているものはありますか?

尾野 小学校高学年のときに、授業が終わって時間を持て余した先生が映画の時間をつくって、『死霊のはらわた』を見させられて怖かった思い出があります。先生が独断で選んだんですよ。

――そこで『死霊のはらわた』を選ぶ先生のセンスはすごいですね! テレビはどんな番組を見ていましたか?

尾野 テレビは家族みんなで見ることになっていました。必ず見ていたのはアニメの『YAWARA!』ですね。ほかに『ドラゴンボール』や『SLAM DUNK』、ドラマだと『東京ラブストーリー』も見ていました。

テレビをひとりで見ることは基本的になくて、学校から帰ってきて、夕方こっそりと『北斗の拳』を見ていたくらいです。アニメはけっこう見ていて、最近だとスタッフと一緒に『鬼滅の刃』にハマっています。

――もし女優になっていなかったら、どんな仕事をしていたと思いますか?

尾野 小学生の頃の夢は"お寺の住職さん"でした。家の隣がお寺で、同い年の子たちが近所にいなかったのもあって、おじいちゃんの住職が一番の親友でした。お寺の跡継ぎがいなかったから、「私が継ぎたい」と思っていたんです。

――住職さんが親友! どんな関係性だったんですか?

尾野 一緒に山に入ったり、おじいちゃんしか知らないタケノコの生えている場所を教えてもらったりしました。もう死んじゃったけど、いまだにそのおじいちゃんのことは親友だと思っています。

――女優というお仕事を選んだきっかけはなんでしたか?

尾野 15歳のときにスカウトされて、ひと夏の思い出として「やってみようかな」と思って映画に出てみました。やってみたら楽しくて「続けてみたい」と思ったから、今この仕事をやっています。だから、「この作品に憧れて」みたいなのはないんですよね。

最初に出演した『萌(もえ)の朱雀(すざく)』の河瀨直美監督と出会わなかったら、たぶん、私はこの仕事をしていないし、仕事のやり方も違っていると思います。

――『萌の朱雀』出演時に15歳だった尾野さんは、映画の世界のことはまったくわからなかったわけですよね。河瀨監督とお仕事をして、どんなことを感じましたか?

尾野 その頃は台本の読み方もわからなかったし、感情のコントロールもわからなかったから、言われたままやりました。「変なことをやるなあ」と思いましたね。

河瀨監督は"気持ちのリアル"を求めるので、今の自分にもその影響はあると思います。物語自体が嘘だし、私が演じる人物のやることも嘘ですよね。

でも、気持ちが嘘をついたら表に出てしまう。だから、お芝居のときに気持ちはなるべく嘘をつかないように心がけています。画面に映っている一瞬だけですけどね。

――尾野さんはどの作品でも"自分"が消えていて、演じているのか演じていないのかわからない印象があります。それは最初に出会った河瀨監督の影響だったんですね。

尾野 あの人がいなかったら気持ちを重視する仕事の仕方はしていないし、仕事の選び方も違うものになっていたと思います。たぶん、最初の作品で気持ちまですべて嘘で演じてうまくいっていたら、今もそうやって仕事をするようになっていたんでしょうね。

尾野真千子

――2018年には写真集『つきのひかり あいのきざし』(撮影・川島小鳥)も出されていますが、同じ撮影でも写真と演技で感覚は違いますか?

尾野 映画やドラマで芝居をしているときには、ビデオカメラを見たくないんです。「カメラに目線ください」みたいに言われると、気持ち悪くて吐きそうになります。

相手が人間なら顔のいくつかのパーツを見ればいいけれど、レンズひとつだと目玉のおやじみたいで、どこに目を配ればいいのかわからなくなるんです。

――演技をしているとき、カメラは本来その世界にあってはいけないものですからね。

尾野 でも写真は好きなんです。なぜかわからないですけど、写真のときは撮ってもらいたくなるし、レンズを見たくなります。自然とレンズの奥を見られるんですよね。

■台本だけ覚えて、共演者に会いに行く

――6月2日公開予定の映画『渇水』で尾野さんは、生田斗真(いくた・とうま)さんが演じる主人公・岩切の別居している妻・和美を演じています。作品にどんな印象を持っていますか?

尾野 もどかしいですよね。さっさと水道の元栓を開けてあげればいいのに、主人公は水道局の仕事をしているから開けられないんです。ちょっとくらい融通してあげればいいのにと思うけど、「ちゃんと決まりどおりにやらなきゃいけない」と葛藤しているから、見ていて悶々(もんもん)としました。

――尾野さんが演じた和美も、妻として岩切のことをもどかしく感じていますよね。"気持ちのリアル"を大事にされている尾野さんはどういう気持ちで演じましたか?

尾野 演じているときは、夫婦の子供のことしか考えていなかったと思います。岩切に対して、「この人がどうだから」みたいな気持ちよりも、「子供のために」という気持ちでした。

角田陽一郎×尾野真千子角田陽一郎×尾野真千子

――なるほど。主演された『茜色に焼かれる』をはじめ、尾野さんは母親を演じられることが多いですよね。

尾野 そうですね。最近は母親役をやる確率が100パーセントですから。

――ひと口に「母親」と言っても、それぞれ人物像が違いますが、どんな感覚で演じ分けているのでしょうか?

尾野 そういう質問をよくいただくんですが、本当に、いつも何も考えていないんです。毎回違う人物を演じますし、共演者も違うので、自然と変わってくるんです

自分で何かを変えようとするのではなくて、例えば、「相手が生田くんだから、こういう声やテンションになった」という感じ。作品や共演者によっても自然と変わるんですよね。

――水のように、流れにあらがわないんですね。

尾野 考えても仕方ないんですよ。台本を覚えるときはひとりきりで相手がいないので、そのときに「こうかな」と考えても、撮影に行って共演者が目の前に来たら全部変わっちゃう。

考えても無駄で、時間がもったいないですよね。だから、今回も「台本だけ覚えて、生田くんに会いに行こう」という感覚でお芝居に臨みました。

●尾野真千子(おの・まちこ)
1981年生まれ、奈良県出身。1997年に映画『萌の朱雀』でデビューし、『そして父になる』『茜色に焼かれる』などの映画や『カーネーション』や『最高の離婚』などのドラマに数多く出演。実力派として評価され日本アカデミー賞をはじめ、さまざまな賞を受賞

■『渇水』全国劇場にて公開中
配給:KADOKAWA
©「渇水」製作委員会©「渇水」製作委員会

ヘア&メイク/黒田啓蔵(Iris) スタイリング/関口琴子(ブリュッケ) 衣装協力/ブリュッケ(アクセサリー)

【★『角田陽一郎のMoving Movies』は隔週水曜日配信!★】