杉咲花×志尊淳「昔は“こうありたい”と思う気持ちが強かった」実力派俳優の二人がこの先“目指すもの”

杉咲花×志尊淳「昔は“こうありたい”と思う気持ちが強かった」実力派俳優の二人がこの先“目指すもの”

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INTERVIEW
2024.3.3

本屋大賞に輝いたベストセラー小説『52ヘルツのクジラたち』が映画化。家族に人生を搾取されてきた主人公・三島貴瑚役を杉咲花さん、そして、そんな貴瑚の声なきSOSを聴き、救い出そうとする岡田安吾役を志尊淳さんが演じる。性的マイノリティをめぐる差別や偏見、ヤングケアラー、ネグレクトなどの問題を扱った本作。撮影現場では価値観の一つひとつをすり合わせながら、常に議論が生まれていたという。演じたお二人にとって、とくに印象的だったシーンとは――。

インタビュー前編はこちら

杉咲花×志尊淳「志尊くんにとても救われていた」撮影現場で感じた“すごさ”とは

この作品に関わること自体に、緊張感があった

――杉咲花はすごい、とインタビュー前編でおっしゃっていましたが、どのあたりがすごかったのでしょう。

志尊 いやもう、全部ですよ。言葉なくただ歩いているだけでも、そこに立っているだけでも、素晴らしかった。対峙しているときは、僕はアンさんとしているので「すごい」なんて思わないんですけど……映像を通して観るとさらに「すごい!」って思う。安っぽく聞こえるかもしれないけど、それ以外の言葉が思い浮かばないんです。たぶん、演じている間は、苦労していないところがなかったと思うんだけど……。

杉咲 苦労……かどうかはわからないのですけれど、この作品に関わること自体に、やはり緊張感がありました。私の視点を通して物語を解釈するなかで、偏りをもってしまっていないだろうか、とか。制作陣の皆さんとひとつひとつの価値観をすり合わせながら、常に議論の生まれる現場だったので。その日のシーンを無事に撮り切るために、毎日一歩ずつ乗り越えていくような感覚でした。

――議論が生まれるほど、スタッフ全員がこの作品のテーマに真剣に向き合っていたんですね。

杉咲 とくに今作においては、「こうでなきゃだめ」といった考え方を持つことが何よりも危険だということを、全員が理解していた気がします。多種多様な視点に敬意を抱いて、物語を制作していくことに集中する日々でした。大分に着いた初日、志尊くんが「スタッフさんたちと一緒にごはんに行く時間をつくらない?」と提案してくれたんです。それが本当にありがたくて。おかげで、その後も大分編の撮影ではスタッフさんたちとご飯を食べながらコミュニケーションを深めていける機会が増えて、とても充実した日々でした。

志尊 東京での撮影中は、取り憑かれているような雰囲気がありましたからね。

とくに印象的だった“居酒屋のシーン”

――演じていて、印象に残っているシーンはありますか?

杉咲 私は、貴瑚が安吾や美晴と日々を過ごすようになってから、居酒屋に集うシーンがすごく好きです。あそこって、貴瑚やアンさんにとって、シェルターのような場所だったんじゃないかなと思うんです。店内の喧騒も二人にとってはノイズではなくて、みんなに聞こえるヘルツのなかに自分たちも存在していられるということが、かけがえのない時間だったのではないかなって。

志尊 それでいうと僕は、最初の居酒屋シーンが印象的ですね。僕とアンさんは、人としてのありようや物事の捉え方、感情などいろんなものがかけ離れているんですが、あのシーンでは想いがつながった部分があって。貴瑚を見つめるアンさん、花ちゃんを見守る僕は、どちらも「はやくいろんなものから解かれてほしい」と願っていたから。ただ、あのときの僕は、「今は花ちゃんに話しかけられる状況じゃないな」と距離を置いていたけれど、アンさんはどうにかして貴瑚を救い出そうと思った。そこはやっぱり、僕とアンさんで違うんだけれど、そんなアンさんにどう寄り添えばいいんだろうかと考えたのを覚えています。

杉咲 貴瑚の精神が極限まで追い込まれているシーンだったので、やはり緊張感がありました。撮影は一発で終わるわけではないので、同じお芝居を繰り返すなかで、最後まで貴瑚の感覚に鮮度を保ち持ち続けられるだろうかというプレッシャーもありました。ですが本番が始まると、不安に追い込まれる自分の姿は消えていて。それは、相手の反応を見て、まるでその時生まれた言葉のようにこちらに訴えかけてくれるアンさんがいたから。言葉がとてもピュアに届いてきて、そのときの状況が自分の中で真実になっていくことを感じました。何度本番を繰り返しても、心を注いでお芝居をしてくださった志尊くんには本当に感謝しています。

志尊 二人で撮るシーンは常に緊張感がありましたよね。その都度、アンさんと僕自身の感情のズレみたいなものを感じながらも、そのズレをとっかかりにアンさんという人物に向き合うことができたし、その積み重ねがあったからこそ、理解できたものがあったと思います。今振り返っても、花ちゃんの、貴瑚の、一挙手一投足が鮮明に思い出せるし、一緒のシーンすべてが胸に残っています。

二人がこの先目指すもの

――貴瑚の絶望やアンさんの慟哭、観ているだけで胸がえぐられるシーンがたくさんありました。観終わったあとの余韻も深かったので、現場を離れたあとのお二人も役に引きずられたりしなかったのかな?と思ったのですが……。

杉咲 私は、現場を離れたら自分の生活に戻っていくことに集中したいタイプなので、意識的にオンオフの区別をつけるようにしていました。没頭することで、その役のことをわかったような気になってしまうのが怖いんです。あくまで自分とは違う他者を演じているのだ、ということを忘れないようにしていたくて。だからこそ家に帰ったら、おなかがすいたら食べたいものを食べたり、好きな曲を聴いたり、部屋を片付けたり。自分の感覚に素直でいることを心がけていました。

志尊 僕はあまり、その境目を気にしたことがないなあ。役に引っ張られるときは引っ張られるけれど、それが悪いことだとは思わないし、きっちり切り替えていることも悪いとは思わない。ただ、今回の撮影期間中は、友達と遊んで飲み食いして、みたいな気分にはなれませんでした。アンさんに寄り添いながら自分は好き勝手やる、という余裕は生まれなかった。そういう意味では不器用なんです。

――お二人の凄味を感じた作品でもありますが、今後、どんな役者になっていきたいなど、目指すものはありますか?

志尊 この仕事をしているとどうしても他者と自分を比較してしまい、自己肯定できなくなる瞬間があるんです。以前の僕は欲にまみれていたというか、「こうありたい」と思う姿が強ければ強いほど、負のループに飲み込まれてつらくなることも多くて。でも、20代後半になってから、目指す場所にたどりつけた自分だけでなく、なりたい自分になれずにいる自分も認めてあげようと思えたことで、ずいぶんとラクになりました。これまでは仕事に100パーセントの力を注いできたけれど、ちょっと緩和できるようになったことで、逆に向き合えるようになったものもある。だから今は、こうなりたいと気負うより、ありのままの延長線上にある自分を受けいれていこうと思っています。

杉咲 私は、自分がどういう視点で世界を見つめて生きているかということが、作品に向き合い自分ではない誰かを演じることにも、反映される気がしていて。だからこそ役から離れた自分の生活も大事にしたいし、自分の感覚をもっと言語化できるようになりたいです。

杉咲花/Hana Sugisaki

1997年生まれ、東京都出身。主な出演作に映画『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016年)やNHK連続テレビ小説『おちょやん』(2020-21年)など。映画『市子』で第78回毎日映画コンクール女優主演賞を受賞。公開待機作に、『朽ちないサクラ』(2024年6月21日公開予定)、『片思い世界』(2025年公開)などがある。

志尊淳/Jun Shison

1995年3月5日生まれ。東京都出身。2011年にミュージカル『テニスの王子様』でデビューし、2014年に『烈車戦隊トッキュウジャー』で主人公に抜擢され注目を集める。主な出演作に、『帝一の國』、NHK連続テレビ小説『半分、青い。』、『さんかく窓の外側は夜』、NHK連続テレビ小説『らんまん』、『フェルマーの料理』、『幽☆遊☆白書』など。

映画『52ヘルツのクジラたち』

TOHOシネマズ 日比谷他全国ロードショー中

©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

2021年本屋大賞に輝いた、町田そのこのベストセラー小説を映画化。『八日目の蝉』の成島出が監督を務め、その他出演陣には宮沢氷魚、小野花梨、桑名桃李、余貴美子、倍賞美津子らが名を連ねている。

Photo: Masaru Miura Styling:Ayano Watanabe(Sugisaki), Kyu (Yolken/Shison) Hair & Make-up: Ai Miyamoto(Sugisaki), Jun MATSUMOTO (tsujimanagement/Shison)  Interview:Momo Tachibana Edit:Miyuki Iwasaki

(杉咲さん衣装問い合わせ先)
・セットアップ/MARIA McMANUS 03-3470-2100
・イヤーカフ/Hirotaka 03-3470-1830
・そのほかスタイリスト私物

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