坂東龍汰を思い返すとき、真っ先に脳裏に浮かぶのは人懐っこい声色と、柔らかい光を宿した瞳だ。他者と共有する時間を心地のいいものにしようとする彼の心遣いは、人の痛みを知っているからこそだと感じる。8月25日公開の映画『春に散る』で演じた期待のボクサー・大塚俊という人間は、坂東さんから見てどのような人物に映ったのだろうか。ボクシングに憑依された大塚の生き方や夢、日々の原動力の正体について話を聞いた。
大塚という人間性が垣間見える、一瞬の表情
坂東さんが演じた大塚は、所属する真拳ジムから期待の星とされ、世界戦を控えるほどの実力者。主人公・翔吾（横浜流星）との対戦を前に、自身の人生をかけるほどに湧き上がるボクシングへの情熱や勝利へのこだわりは、大塚という人間をどのように映し出しているのだろうか。
「ボクシングをずっと続けてきた大塚にとって、もうそれしかないというか。東洋チャンピオンになるほど没頭していたものですからね。だからこそ、ライバルとして突然現れた翔吾とのスパークリングの後から、彼は取り憑かれたかのようにまたボクシングにのめり込んでいく。チャンピオンという称号がなくなるかもしれないという状況下で、公式戦で初ダウンを奪われるシーンがあって。大塚はそこで初めて会場の天井を見るんですが、僕はこの瞬間にこそ大塚の人間性が、たったの一瞬だったけど詰まっていると思ったし、詰めたいと思いました。初ダウンを奪われ、リングで見上げた時に初めて見た天井が、あ、こんなに綺麗だったんだっていう」
過去と決別し、いまを受け入れる勇気
公式戦を経て、大塚は自身の人生を大きく変える決断を下す。人生が変わるタイミングには、抱えきれないほどの絶望や希望、あるいはその両方が混在する瞬間があるのかもしれない。大塚を演じた坂東さんは、彼の決断をどのように解釈したのだろうか。
「あの試合を、ひとつの区切りにしたんだろうなとは思います。それはある種、ライバルである翔吾を認めることと同じ。公式戦の後に翔吾と話す時間にしても、リングを去っていく姿にしても、彼が執着していた過去と決別して新しい道を進むという覚悟があったように思います。諦める、諦めないとかではなくて、次の人に託して自分は新しい人生を進む。大塚の中で何かが変わった瞬間なのかなと思います」
役者として蓄えておきたい起爆力
何度挫折しても諦めない気持ち、あるいはまだ誰にもバトンを渡さないというプライドや情熱。それは仕事だけではなく、人生のあらゆる選択において言えることかもしれないが、現在の坂東さんをそれほどまでに魅了するものはあるのだろうか。
「いまのところ、僕自身においてはお芝居ですね。お芝居が楽しいし、映画館という場所がすごく好きです。役者って、常に一瞬を選ばなくてはいけない職業だと思っていて。先のことばかり考えていたら本物は生まれない。だからこそ、カメラが回った時にその瞬間で終わってもいいくらいの爆発的な起爆力を持っていたいなと思います。たまに、本当に死ぬんじゃないかって思う瞬間もあって。それこそボクシングは、生身の状態で殴り合っているので、自分がちょっとでも間違えたら顔がなくなるかもしれない。けれど役者をすると決めた以上は、命さえ守れれば、その瞬間は何かを成し得るための努力の過程だと思って向き合いたいんです」
映画『春に散る』
40年ぶりに故郷の地を踏んだ、元ボクサーの広岡仁一（佐藤浩市）。引退を決めてアメリカで事業を興し成功を収めたが、不完全燃焼の心を抱えて突然帰国した。所属していたジムを訪れ、かつて広岡に恋心を抱き、今は亡き父から会長の座を継いだ令子（山口智子）に挨拶した広岡は、今はすっかり落ちぶれたという二人の仲間に会いに行く。そんな広岡の前に不公平な判定負けに怒り、一度はボクシングをやめた黒木翔吾（横浜流星）が現れ、広岡の指導を受けたいと懇願する。そこへ広岡の姪の佳菜子（橋本環奈）も加わり不思議な共同生活が始まった。やがて翔吾をチャンピオンにするという広岡の情熱は、翔吾はもちろん一度は夢を諦めた周りの人々を巻き込んでいく。果たして、それぞれが命をかけて始めた新たな人生の行方は——？
坂東龍汰
ばんどうりょうた 1997年5月24日生まれ。北海道出身。2017年に俳優デビュー。主な出演作にドラマ『ユニコーンに乗って』、『リバーサルオーケストラ』、『王様に捧ぐ薬指』、映画『スパイの妻』、『冬薔薇』、『峠 最後のサムライ』などがある。2022年『フタリノセカイ』で、第32回日本映画批評家大賞で新人男優賞を受賞。待機作には『バカ塗りの娘』（鶴岡慧子監督）、『首』（北野武監督）がある。
Photo: Kyohei Hattori Styling: Lee Yasuka Hair & Make-up: Misato Hara Interview: Rei Sakai
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