向井理「“普通の男”を演じるときのほうが難しい」3年の延期期間を経て…舞台『リムジン』への想い

向井理「“普通の男”を演じるときのほうが難しい」3年の延期期間を経て…舞台『リムジン』への想い

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#舞台インタビュー
INTERVIEW
2023.11.3

現在放送中のドラマ『パリピ孔明』で諸葛孔明役を演じ、大きな話題となっている向井理さん。しかし、舞台『リムジン』で魅せるのは孔明とは真逆のキャラクター。もともと本作が上演される予定だったのは2020年。新型コロナウイルスの影響で延期となったが、この度ついに満を持してその幕が上がる。主演を務める向井さんに本作への思い、そして“演じる”ということについて全3回にわたってお話を伺った。

前を向くことだけを考えていたかった。プロットも読めなかったあのころ

――もともと舞台『リムジン』が上演される予定だったのは、2020年。不要不急の外出自粛が叫ばれ、演劇業界にとってもつらい時期が続きましたね。

あのころはいろんなことを諦めざるをえなくて。今回演出を務めている倉持(裕)さんが『リムジン』より前に上演するはずだった『お勢、断行』も、本番を迎えることなく終わってしまいましたし、僕自身も決まっていた仕事がいくつも中止になりました。改めて上演できることになり、みんなにとって一番つらかった時期は乗り越えたのだという感慨はありつつ、いつまた同じように中止になるかわからないと、手放しで喜べない自分もいて。なかなか複雑な気分ですね。

――三年前と今とで、作品に対する向き合い方は変わりましたか?

公演中止が決まったのは稽古に入る前でしたし、いただいていたのもプロットと一場の脚本くらい。それも、実をいうとちゃんとは読んでいないんです。読めば、「できなかった」「やりたかった」という未練が生まれてしまう気がしたので。あのときは、前を向くことだけを考えていたかったんです。水川(あさみ)さんと番宣やポスター撮影でお会いした以外は、共演者のみなさんと顔合わせすることもなかったですし、わりと新鮮な気持ちでいます。

劇的な事件が起きないからこその日常会話の“生々しさ”

――今回、向井さんが演じるのは、親から継いだ工場を営む康人。地元の有力者に気に入られ、社会的な地位を得るチャンスが巡ってきたところで、ある失態をおかしてしまい、ごまかすために嘘を重ねて追い詰められていく……という役です。

康人は、どこにでもいる市井の人なんですよね。基本的にはまじめだけれど、保身のために嘘をついてしまうずるさがあり、堂々とその嘘を貫き通せるほど強くもない。だけど、弱い自分を隠すために強がってしまう。人は誰しも、そんなふうに一見矛盾するような多面的な側面を持ち合わせていると思うんですよ。向き合う相手によって態度も変わるし、見せる顔も違って当たり前ですし。

――今、放送中のドラマ『パリピ孔明』で演じていらっしゃる、諸葛孔明とは真逆ですね。

孔明みたいなキャラクターは、突飛なようで、正解がはっきりしているから、演じやすいんですよね。マンガなどの原作があるものは、どう演じればいいんだろうと悩むことがあまりなくって。むしろ、康人のような“普通の男”を演じるときのほうが難しい。それでも、物語に派手な起承転結があれば、山場に向かってどういう対応を重ねるかでキャラクターをつくりあげていけるんですけど……。

――今作は、会話劇。康人がおかしてしまった失態を除いては、わりと淡々と物語が進行していきますね。

そうなんです。わかりやすいアクションではなく、ふとしたときの表情や間のとりかたなど、繊細なリアクションで表現していかなくてはならない。その、よりどころのない不安定さは、演じる僕だけでなく、お客さんも感じると思います。「いったいこの物語はどこへ転がっていくのだろう」と、会話の端々から想像力をかきたてるものになればいいな、と。劇的な事件が起きないからこそ、日常会話の生々しさが前面に押し出されていて、動きはないのに心がざわつく、みたいな場面もたくさんありますから。

倉持さんは人を丁寧に描く、とても優しい方だと思う

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――とくに掛け合いの多い水川さんと、実際に向き合って演じることで、引き出されるものも変わりそうですね。

水川さん演じる彩花も、康人と同じように、これといって特徴があるわけではない、ごく普通の女性。水川さんにとっても難役だと思いますが、彼女は普段からとてもナチュラルなお芝居をされる方ですからね。観る方が、自然と自分自身を投影し、心をかき乱される……そんな夫婦を演じられたらと思います。最初は役をつかむために、大袈裟にリアクションすることもあるだろうけど、それをできるだけ削いで抑制していく方向に注力することになるんじゃないのかな。

――確かにその方が、じわじわと追い詰められていく二人が浮かび上がる気がしますね。

セリフの言い方ひとつで、お客さんをミスリードすることもできますしね。もちろん、どこまで不穏さを演出するかは倉持さんの演出次第ですけど……。でも、人間の弱さやずるさを浮き彫りにするような作品ではありますが、露悪的な仕上がりにはならないと思っています。ブラックユーモアというか、結構笑えるところもありますし、倉持さんが基本的にとても優しい方なので。

――どんなところに優しさを感じますか?

個人的にお話しする機会はそんなにたくさん持てていないのですが、作品においては人を丁寧に描く方だという印象です。それこそ、サイコパスの殺人鬼みたいなわかりやすい悪役がいれば物語は盛り上がるし、エンタメ性も増す。実際、そのためにキャラクターをためらいなくひどい目にあわせる演出家もいて、それはそれで一つの面白さですが、倉持さんは絶対にそれをしない。しないことで作品づくりがより難しくなるのをわかった上で、康人たちのような、どこにでもいそうな市井の人々の、平凡でささやかな日常を掬いあげようとする。それはやっぱり、優しくなきゃできないことなんじゃないかな、と。

――人を類型化しない、ということは、一人ひとりを蔑ろにしないということですもんね。

僕はわりとすぐ役をつくりこもうとするタイプだし、全然優しくはなれないんだけど(笑)、倉持さんに演出をつけていただくことで、自分自身の演技がどんなふうに変化していくのか楽しみです。倉持さんの意図を汲んで、僕もより深く『リムジン』という物語を理解して、観客の皆さんにお届けしたいですね。

インタビュー第2回に続く

向井理「年に一度は舞台に立ちたい」『ハリー・ポッターと呪いの子』出演後に変化したこと、舞台にしかない“魅力”とは

向井理/Osamu Mukai

1982年2月7日生まれ。神奈川県出身。2006年、ドラマ『白夜行』で俳優デビュー。2009年にドラマ初主演を務め、翌年のNHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』の水木しげる役で注目を集める。以降、ドラマや映画、舞台など幅広く活躍。現在放送中のドラマ『パリピ孔明』では主演・諸葛孔明役を務める。

舞台『リムジン』

作・演出:倉持裕

キャスト:

向井理 水川あさみ 小松和重 青木さやか 宍戸美和公 田村健太郎 田口トモロヲ

東京公演(本多劇場):11/3(金・祝)~11/26(日)

以降、11月末より地方公演が予定されている。

<あらすじ>

田舎町で小さな工場を営む康人(向井理)は、町の実力者・衣川(田口トモロヲ)から後継者に選ばれる。ところが、その喜びもつかの間、康人は誤って衣川に怪我を負わせた上にごまかしてしまう。そうして濡れ衣を着せられたのは康人の友人・坂(小松和重)。「全部正直に話そう」と、妻・彩花(水川あさみ)に説得されて、ようやく覚悟を決めた康人だが、いざ衣川を前にすると、夫婦ともども再び迷い出し……。小さなコミュニティーの中で起こるささいな事件。そのさざ波のような波紋が静かに拡がっていき、康人は、これまでの選択すべてに疑念を抱き始める――。

【問い合わせ先】

ENKEL 03-6812-9897

08book 03-5329-0801

Photo:Ken Okada  Styling:Yukari Tonoyama Hair&Make-up:Yasushi Miyata(THYMON inc.) Interview:Momo Tachibana Edit:Miyuki Iwasaki

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