人間の排泄物がサンゴ礁に深刻なダメージを与えている

サンゴが生息する美しい海に人間の排泄物を含む汚水が流れ込むと、藻類が急速に成長し、サンゴが窒息してしまう。ハワイなどの沿岸地域では、汚水管理の改善が急務となっている。
coral reef
Photograph: Greg Asner/Arizona State University

パロットフィッシュはギザギザとした歯をもつブダイ科の魚で、ハワイのサンゴ礁を彩る生き物たちのなかでもひときわ間抜けに見える。しかし、パロットフィッシュがいなければサンゴ礁は成り立たない。

サンゴの表面に生える成長の早い藻類をパロットフィッシュが食べると、サンゴの中に共生する藻類にも太陽光が届くようになる。藻類は光合成によって栄養を生み出し、サンゴもこれを享受する。この過程でパロットフィッシュはサンゴの骨格である炭酸カルシウムを食べ、その排泄物が砂となる。1尾につき年間800ポンド(約360kg)もの砂を排泄するのだが、ハワイの有名なビーチは、この砂からできている。

しかしいま、サンゴ礁と生き物たちの絶妙な関係が脅かされようとしている。原因は人間の排泄物を含む下水だ。ハワイの各都市では下水を1か所に集めて処理しているが、州内には88,000ものセスプール ──人間の排泄物を処理せずに地下の穴に埋める汚水溜があり、ここからしばしば汚水が海へ流れ出てしまうのだ。また、固形排泄物を溜めておく浄化槽からも窒素を多く含む液体が漏れ出すことがあり、これらが藻類の成長を促進してしまう(窒素肥料を使用する農場からの流出水が、近隣の水路に藻類を繁殖させるのと似ている)。

また、乱獲によりハワイの沿岸に生息する草食性の魚の数が減ってしまうと、藻類が過剰に繁殖してしまう。そうなれば、サンゴは窒息し、栄養が足りなくなり、若いサンゴが定着できなくなってしまうのだ。

家庭から出る汚水がサンゴ礁を汚染している

サンゴ礁は海水温の上昇に伴い、すでに危機的な状態にある。ストレスに晒されたサンゴは、本来はサンゴに栄養とその独特の色を与えてくれる共生藻を放出してしまう。これこそが白化現象だ。

8月9日に科学誌「Nature」に掲載された論文によると、サンゴ礁のバランスを保つには草食性の魚と汚染されていない水が不可欠であるという。この論文は20年近くに及ぶ量のデータに基づき、健康的な状態にあるハワイのサンゴ礁はそれ以外のサンゴ礁よりも海洋熱波による影響を受けにくかったことを証明した。健康的な状態とはつまり、水質がきれいであり、パロットフィッシュをはじめとする草食性の魚が存在している状態だ。そうでないサンゴ礁では草食性の魚が少なくなり、海洋汚染の影響が顕著になっている。

人間が海に与える悪影響には、陸からのものと水中からのものがある。論文が提示するモデルによると、いずれかひとつではなく両方を減らすことができれば、海洋熱波などからダメージを受けたサンゴ礁やそこに生息する生き物が、その4年後に元通りになっている確率が3〜6倍にまで上昇するという。

藻類の繁殖を制限するパロットフィッシュは、サンゴ礁にとって不可欠な存在だ

Photograph: Getty Images

「2015年には強烈な熱波に襲われましたが、きれいな水と草食性の魚がいる環境があったサンゴ礁では、20%が熱波を耐え抜いただけでなく、一部はその後さらなる成長を見せました」と語るのは、アリゾナ州立大学の環境学者グレッグ・アスナーだ。アスナーは論文の共著者であり、サンゴ礁をマッピングするプロジェクト「Allen Coral Atlas」を主導する人物でもある。

「地球上にある多くのサンゴ礁が同じ問題に悩まされています。現在わたしたちは気候変動がサンゴ礁にどのような影響をもたらすかということばかりに注目しています。誤解のないように言っておくと、もちろんこれについて考えるのは必然であり、とても重要です。他方で、サンゴ礁にダメージを与えているもうひとつの要素は沿岸都市の汚水と海洋汚染です。これが世界的な問題であることは間違いありません」

論文が調査対象としたのは、2003年〜2019年までの、120マイル(約190km)にわたるハワイ沿岸部のデータだ。アスナーとその同僚たちは海水温のデータを採取し、サンゴ礁を調査した。サンゴ礁の生き物全体のうちに魚が占める割合など、さまざまな指標を計算したのだ。

陸上では、特定の都市から海へ流入する液体の量を調査した。車道から流れる、エンジンオイルをはじめとする有害な化学物質を含んだ水などがその例だ。ほかにも、海へ流れ出る汚水も調査し、どれだけの窒素が海へ流入しているかのデータも集計した。「陸からのさまざまな影響のうち、現状いちばんの問題なのは人間の排泄物を含む汚水が海へ流入していることです」とアスナーは説明する。「それぞれの家庭からとんでもない量の汚水が海へ流れ込み、汚染の原因となっています」

(この研究では、下水に流れ込む汚水に含まれる化学物質のうち、人間が摂取するさまざまな医薬品の成分がどれほどの割合を占めているのかは集計してはいないという。人間の体を通って海に流れ込む医薬品の成分はサンゴ礁に悪影響を与えている可能性があり、アスナーはこの分野はさらなる研究を必要としていると語る)

ハワイをはじめとする多くの沿岸都市で、人間の排泄物を含む汚水が海洋生態系のバランスを乱している

Photograph: Greg Asner/Arizona State University

海水温の上昇により問題はさらに深刻に

海水温の上昇も、汚染と乱獲により荒らされてしまったサンゴ礁にさらなるダメージを与える要因となっている。「2015年以降、この問題は特に重要視されるようになりました。わたしたちのサンゴ礁に初めての、そして史上最大の海洋熱波が到達し、12週間にわたってサンゴ礁を熱し続けたのです。ひどいところでは50%近く、全体では25%以上のサンゴが失われました」とアスナーは語る。「海洋汚染、草食性の魚の減少、熱波、この3つが組み合わさると、その影響は単に蓄積されていくのではなく、相乗的にひどくなっていきます。こうした熱波が訪れると、サンゴ礁の健康状態が大幅に悪化してしまうのです」

海洋熱波はどんどんと深刻化している。以前発表された研究によると、2014年までに、海全体の半分の表面温度は、過去に危険域とされていた水準まで上昇したという。つまり、以前までは危険とされていたほどの高温が、いまでは“ニューノーマル”となってしまっているのだ。今年の3月以降、世界中の海面温度が急激に上昇しており、この傾向は北大西洋で特に顕著だ。7月末にはフロリダ沖の海水温が101F°(約38C°)に到達し、大規模な白化現象を引き起こした。

「世界中の海にとって恐ろしい時代です。米国だけでなく、さまざまな海で記録的な高温が観測されています」と語るのは、ザ・ネイチャー・コンサーバンシー(TNC)の海洋プログラムディレクターを務めるトム・デンプシーだ(デンプシー個人は論文に関与していないが、TNCは研究に関与している)。「気が重くなるニュースです。わたしたちは解決しなければいけない多くの重大な問題に直面しています。この論文の素晴らしいところは、わたしたちがどのような行動に出るべきかの指針を提示してくれている点です」

その指針とは、世界中の沿岸都市の汚水管理をいますぐに改善することだ。海に流れ込む窒素の量を減らして藻類の栄養を制限すれば、とめどない繁殖を抑止することができる。

これはつまり、サンゴ礁を守るためには、海洋問題を解決する以上のことをしなければならないということだ。サンゴ礁の生態系で重要な役割をもつパロットフィッシュの漁獲量を減らすのも重要だが、それだけでは不十分だ。陸上の問題も解決しなければならない。

「西側諸国の環境保全や資源管理の分野では、最終的な目的が全体に共有されていないことがしばしばあります。これが原因となり、大規模で包括的で効果的なアクションを採ることが難しくなっているのです」とデンプシーは語る。「魚の問題は食料問題であり、汚水の問題は人体の健康問題であると考える人が多いでしょう。しかし実際は、これらの問題がすべてサンゴ礁と関連しているのです。サンゴ礁の問題は、人間社会や地球全体の健康と確実に結びついているのです」

WIRED US/Translation by Ryota Susaki/Edit by Mamiko Nakano)

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