日本で多く見られるジョロウグモが、米国で生息域を急拡大している

日本などのアジア地域で多く見られるジョロウグモが、米国で数年前から生息域を急拡大している。人々の不安をあおるような報道もあるが、専門家は「ほとんどのクモは無害」として生態が明らかになるまで冷静さを保つよう訴えている。
Japanese Joro Spider in a web
DKosig/Getty Images

自宅の外で2020年に初めてジョロウグモを目にしたデイヴィッド・コイルは、すぐにクモの種類がわかったという。丸々とした黄色い腹部に、青みがかった緑色のしま模様が入ったこのクモは、簡単に見分けがつく。裏庭の隅で2匹目、続いて3匹目も見つけた。「ふと気づけば、庭はジョロウグモだらけだったのです」と、コイルは振り返る。

クレムソン大学で侵入種を研究しているコイルは、しばらく前から米国でジョロウグモを見かけられるようになったことを知っていた。しかし、身近な場所で実物を確認したのは、そのときが初めてだったという。

それから2年間でジョロウグモはジョージア州で爆発的に増加し、テネシー州とアラバマ州でも目撃されるようになった。さらにノースカロライナ州とサウスカロライナ州、さらに北上してメリーランド州やウェストバージニア州にも広がっていったのだ。

しかし、ジョロウグモが寒冷な気候に耐えられることを昆虫学者が突き止めたのは、22年春のことだった。コイルはニュースでの報道が増えたことに気づいたという。巨大なクモが空から降ってきて、北東部にも侵入すると騒ぎ立てられていたのだ。これを見たコイルは、何とかしなければならないと考えたのである。

ここ数年で米国で生息が急拡大

コイルと4人の科学者たちは、侵入種の管理方法を専門に扱う学術誌『Biological Invasions』で論文を発表し、ジョロウグモについて誤った情報を広げないよう呼びかけた。この論文では、ジョロウグモについて実際に把握できていること(残念ながらあまりない)と、より重要度が高い点として、これまで誤って報道されてきた内容が記されている。

また、一般市民にジョロウグモのことを説明する際には、伝える内容を注意して選ぶようジャーナリストや専門家に直接的に呼びかけている。そして、ジョロウグモが環境と経済に及ぼす潜在的な影響については、今後の研究を待ってから結論づけるよう釘を刺しているのだ。

クモが騒がれる理由は、コイルも理解している。ジョロウグモは米国では新種のクモで、大きくて鮮やかな色をしているからだ。そして住居や車庫、木々、電線の間に巨大な巣を張っている。

「メディアは食いつきやすいですよね」と、コイルは語る。「多くのメディアがジョロウグモについて報じて、クリック数を集めています」

一方でコイルは、「ジョロウグモについてはほとんどわかっていません。どんなクモでどこに生息しているのか、そして数が急増していることは把握しています。でも、どんな影響を及ぼすかはまったく見当がついていないのです」と語る。

Courtesy of David R. Coyle

東アジアに分布しているジョロウグモは、「ゴールデン・オーブ・ウィーバー(金色の円状の網を紡ぐもの)」と呼ばれるクモの一種だ。黄金色に輝く絹状の糸を紡いで巣をつくるので、この名前が付けられている(ちなみに巣の直径はおよそ3mに達することもある)。

ジョロウグモは、米国ではジョージア州コルバートで14年に科学者たちによって初めて発見された。しかし、地元住民の話を聞いてみると、その数年前から存在していた可能性がある。コルバート近郊には倉庫や流通センターが立ち並ぶ物流拠点があるので、ジョロウグモは貨物船で意図せず海外からもち込まれたのかもしれない。

ジョロウグモの生息数は、20年に一気に増加した。糸を使って空を飛ぶバルーニングと呼ばれる方法を主に使って拡散していると、科学者たちは推測している。子グモが高いところまで登っていって糸を吐き出し、気流に乗って次の場所まで飛んでいくのだ。初めてメディアに注目された時期が、まさにそのころだった。

ジョロウグモが次に話題になったのは、米国原産のクモとは違って寒冷な気候でも耐えられることがわかったときだ。一部の記事は、手のひらサイズのクモが風に乗って空を滑空し、東海岸にまもなく到達すると報じている。

一方で、ジョロウグモを好ましい生物だと表現した記事もある。クサギカメムシといった侵入種の害虫を捕食し、その増加を食い止められる可能性があるからだという。ところが、いずれも真実ではないことが判明している。

「ジョロウグモの存在が好ましいか好ましくないか、白黒つけたいのでしょう」と、フロリダ大学のクモ学者でコイルとともに論文を発表したアンジェラ・チャンは語る。「とはいえ、ジョロウグモに関する情報は少なく、何とも言えない状態です」

チャンがこれまでに実施した調査によると、クモに関するすべてのニュースは47%が不正確だったという。クモの構造や毒性についての事実を誤認した情報や、見当違いの偏見が含まれているのだ。

さらに、クモについて報じた記事の43%は誇張されており、体長や体毛を大げさに書き立てている。こうした記事では「ぞっとする」「悪夢のようだ」「致死性の毒をもつ」といった言葉が使われており、クモ恐怖症に拍車をかけているのだ。

ジョロウグモが生態系に及ぼす影響とは

否定的な報道は、クモが人間に及ぼすリスクに関しての見方をねじ曲げ、野生生物の保護活動を巡る意思決定を方向づけてしまう。最悪の場合、焦燥感をあおるような報道が金銭やリソースの損失につながりかねない。

実際にこれまでにも、クモが目撃されたとして学校が無駄に休校になったり、極端な手段で根絶しようとしたりする事例がみられている。殺虫剤の使用量が増えれば(これは一時的な解決策にすぎないとコイルは指摘する)、住宅の所有者はその費用を負担しなければならず、周辺の動植物に害を及ぼすかもしれない。

一方で、むやみに好意的に報じることは不誠実だと、コイルは指摘する。なぜなら、新たな種が環境と経済に及ぼす影響について科学者が徹底的に評価する前に、誤った安心感を人々に与えてしまう可能性があるからだ。

今後の予測を立てることが非常に難しい原因は、侵入種のクモに関する研究があまり実施されていないことが影響している。クモは昆虫とは違って農作物に害を与えないので、侵入種のクモの観察調査は経済的観点から見て優先度が低い。また、ほとんどのクモは無害だ。

「ほとんどのクモは、人間にまったく脅威になりません。むしろ大いに役立ってくれるのです」と、マギル大学で行動生態学を研究するキャサリン・スコットは語る。クモはほぼすべての陸上生態系において、均衡を保つうえで不可欠な捕食者なのだ。

しかし、生息数が急増していることを受け、多くの専門家はジョロウグモが何らかの影響を及ぼしているに違いないと主張している。ジョロウグモの生息域はいまのところ、およそ12万平方キロメートルに及ぶという。特に密集している地域はジョージア州北部だが、北はワシントンD.C.から西はオクラホマ州でも若干の目撃情報がある。

「ジョロウグモが生態系にひとつも影響を与えることなく、何事もなかったかのように入り込んでいるとは考えられません」と、コイルは語る。事前調査を踏まえると、ジョロウグモは小さめの土着のクモを排除する可能性があるとコイルは推測する。これにより、雪崩のように食物連鎖に次々と影響を及ぼすかもしれない。また、ジョロウグモの巣に受粉媒介者が引っかかってしまうことでハチやチョウの個体数が減り、作物の収穫量に影響を及ぼす可能性も少なからずある。

生態系への大きな害はない?

種の拡散をリアルタイムで目の当たりにすることは、研究者たちにとっては状況進展を観察できるめったにない機会だ。特定の地域でジョロウグモの数が増えていけば、地域特有のクモや昆虫の生息数がどう変化していくのかを調査し、在来種に及ぼす影響を解明できる。

コイルが率いる研究チームは、ごく基本的なクモの追跡調査を実施した。自分たちが暮らす地域からクルマで出発したコイルらは、数マイルごとにクルマを停めてジョロウグモを探し、現在の生息域の端を突き止めたのだ。

コイルのチームはタイミングよく論文を発表できたと、マギル大学のスコットは考えている。「ジョロウグモについて慎重になるよう論文でメッセージを発信したことはいいことだと思いますし、高く評価しています」と、スコットは語る。

そして、ジョロウグモを「侵入種」に分類することは、実のところ時期尚早だと指摘した。「侵入種」とは、環境や経済に何らかの悪影響を及ぼした新しい種に対してのみ使われるべき用語だからだ。

ジョロウグモは、むしろ新たに土着した外来種と捉えるべきだろう。つまり、ジョージア州とその近隣の州で人間の手を借りずに拡散し、繁殖して定着したということだ。

しかし、ジョロウグモを巡る大騒ぎには明るい側面もある。人々が関心を寄せているということを意味しているからだ。

地域の野生生物を特定できるアプリ「iNaturalist」には、多くの観察情報が寄せられている。ジョロウグモの拡散については調査資金が乏しく、大半の研究者は片手間で取り組んでいるという。このため、iNaturalistに寄せられる一般市民からの情報は増え続ける膨大なデータとなる。

コイルのチームはそうした目撃情報をすでに生かしており、南東部一帯の生息域を割り出したり、ジョロウグモの観察が最多だった月と、駆逐される可能性のある土着のゴールデン・オーブ・ウィーバーの観察が最多だった月を比較検討したりしている(クモの個体数が最も多くなるのはたいてい10月だ)。

ジョロウグモについては不明な点が多々あるが、明らかになっていることがひとつある。ジョロウグモは、このまま米国に定着するだろう。ジョロウグモは自立して生息するクモであり、個体数は増える一方だ。いまのところは天敵も確認されていない。

ジョロウグモが広く知られるようになったこの機会に、クモ学者はクモについて一般に周知を図り、クモを怖がる人が減るよう努めてほしいと、フロリダ大学のチャンは願っている。「わたしも幼いときはクモをひどく怖がっていました。教科書に掲載されたタランチュラの写真を見ただけで、すぐにページを閉じてしまうような子どもだったんです」と、チャンは振り返る。「だからこそ、クモについての面白い情報が増えて、クモ嫌いが克服されたらいいと思っています」

WIRED US/Translation by Yasuko Endo/Edit by Naoya Raita)

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