激動の時代に企業が見るべきは、「ビジネスモデル」という名のフロンティアだ──ビジネスモデル学会会長、平野正雄

周辺環境が目まぐるしく変化するこの時代に、企業はどうやって新事業を創造し、生き残っていけばよいのか。そのカギとなる経営概念を研究しているのが、ビジネスモデル学会だ。今年度、『WIRED』日本版とともに毎月トークセッションを開催する同学会の平野正雄会長に、ビジネスモデルとは何か、そしていまの企業に必要なビジネスの発想を訊いた。
激動の時代に企業が見るべきは、「ビジネスモデル」という名のフロンティアだ──ビジネスモデル学会会長、平野正雄
PHOTOGRAPHS BY KAORI NISHIDA

平野正雄|MASAO HIRANO
ビジネスモデル学会会長。早稲田大学ビジネススクール教授および東京大学大学院工学博士。1987年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社、1998年から2006年まで同社のディレクターおよび日本支社長を務める。元カーライル・グループ日本共同代表。著書に『マッキンゼー 組織の進化 自立する個人と開かれた組織』〈ダイヤモンド社〉、翻訳書に『マッキンゼー 経営の本質 意思と仕組み』〈ダイヤモンド社〉など。

周囲の環境が大きく変化するなかで、いかにして時代にあったビジネスモデルをつくるか。それを追求する、その名も「ビジネスモデル学会」というコミュニティがある。ビジネスパーソンから大学教授、学生まで、分野を越えて多様なメンバーが揃うこの学会は、ウェブ上のプラットフォームやイヴェントなどを通じて、互いにビジネスにおける最先端の知見や情報を共有している。

そして今年度、同学会が定期的に行ってきたイヴニングセッションを、ビジネスやイノヴェイションの最先端をレポートしてきた『WIRED』日本版がともに開催していくことになった。6月14日に行われる第2回のセッションを前に、そもそもビジネスモデルとは何なのか、そしていま求められるビジネスのあり方を、同学会の平野正雄会長に訊いた。


ビジネスモデル学会 Evening Session

ビジネスモデル学会が『WIRED』日本版とともに毎月開催する、少人数限定のトークセッション。各回のテーマごとに、その分野のスペシャリストを招き、討議会と懇親会を通じてビジネスを考える。本来はビジネスモデル学会会員限定のイヴェントに、『WIRED』特別枠として、定期購読者のなかから毎回抽選で3名様をご招待!また、今後のイヴェント情報も、購読者向けメールマガジンで随時配信予定なので、そちらもお見逃しなく。

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なぜいま「ビジネスモデル」か

一般的には「どのような事業を行い、いかにして収益を上げるのか」という、いわばビジネスの設計書のようなものを指す“ビジネスモデル”という言葉。近年はビジネス書や雑誌でもよく取り上げられており、なんとなく聞き覚えがあるという人も多いだろう。

それにしても、なぜいま、この言葉にビジネスパーソンの注目が集まっているのだろうか? その答えへのヒントは、ビジネスモデルという概念の始まりにあった。

「ビジネスモデルの概念は、90年代初期、ヴェンチャー企業が数多く立ち上った時期に、ビジネスの現場の人たちの間で自然発生的に出てきました。20世紀型の経営戦略論が限界を迎え、それに代わる新しい事業創造の考え方としてこの概念が登場したのです」

20世紀型の方法論が使えなくなってしまった理由を、平野はアプローチ上の特性と産業区分の変化という2つの要因を挙げて解説してくれた。

「まず経営戦略論というのは、極めて分析的・要素還元的に考えるアメリカのビジネススクール流のメソッドで成り立っていました。それは、マーケットをセグメント化し、ターゲットの属性を調べ、それに応えるようなかたちで商品を出し、競合と差別化を図るという方法論です。結局、見えている市場に対して論理的にアプローチするので、みんながそこに殺到する。その結果、いわゆるレッドオーシャンのようなことになってしまうのです。

加えて、それまで流通業なら流通業、製造業なら製造業といったように、きれいに産業区分が分かれ、その枠組みに従って競争していたものが、20世紀末の規制緩和や技術革新、金融技術の発展などによって、境界そのものが壊れていきました。これによって、境界を前提にして構造的に組み立てる戦略論自体が、有効性を失ってしまったのです。

同様に、これまでの戦略論は、顧客・競合・自社という固定的な関係性のなかで考えるというのが一般的でした。ところがいまや、顧客も一緒になって自社製品の開発に参加してくれるアクターであったり、競合だったところが、同じエコシステムを形成するパートナーとなることもある。ここでも、これまでのような固定的な関係性に基づいて戦略を組み立てることができなくなってしまったのです」

ビジネスを創造する者にとっての「フロンティア」

こうした要因が、20世紀の経営を支えてきた構造的で分析的な戦略論を陳腐化させ、ビジネスを新しい思考法でつくることが求められるようになった。そこで生まれたのが、ビジネスモデルという概念だ。

ビジネスモデルは、いわゆるリソースプラニングや財務シミュレーションというハードなデザインファクターと、プロトタイピングやストーリービルディングを柔軟に繰り返すようなメンタルモデルを掛け合わせたものであると平野は言う。

「20世紀型の方法論が、セグメンテーション、ターゲティング、商品設計、ローンチというように直線的なアプローチだったのに対し、ビジネスモデルでは、コンセプトを市場に問い、顧客からフィードバックを得て、コラボするパートナーを巻き込み、それらの協業を通して継続的にビジネスを発展させていく。そういう柔軟で創造的なアプローチが新しいのです」

統合的経営概念としてのビジネスモデル。20世紀型の方法論のような直線的アプローチではなく、さまざまな要素が内包された考え方だということがわかる。IMAGE COURTESY OF BUSINESS MODEL ASSOCIATION

経営戦略が、経営学者らによって理論化されてきたのに対し、ビジネスモデルはまだ理論として確立されたものではない。それは、もともとこの概念がアカデミアから提出されたものではなく、ビジネスの現場で自然発生的に生まれたものだからだ。「アカデミアからしても未知の領域です。そこを探求していくのが、ビジネスモデル学会のミッションだと思っています」

マッキンゼー & カンパニーの元日本支社長として、そして現在は早稲田大学ビジネススクールの教授として、平野は日本のビジネスの変化を見続けてきた。そんな彼は、ビジネスモデルという概念を「フロンティア」であると表現する。

「20世紀から21世紀への劇的な環境変化のなかで、コンサルタントとして、新しい考え方や洞察力によって事業を構想する力をもたなくてはいけないと問題意識をもちました。その答えのひとつが、包括的に事業を構想する概念としてのビジネスモデルです。

多様な要素によって形成されているビジネスモデルを体系化し、再現性のある思考法にするのは容易なことではありません。しかし21世紀の新たなビジネス概念として、ビジネスモデルはまさに『知のフロンティア』です。一コンサルタントとしても、現在アカデミアに身を置いている身としても、魅力的なテーマです」

インスパイアリングな場

ビジネスモデル学会の特長のひとつは、学会でありながら参加者が多様であることだ。同学会は、大学教授や研究者といったアカデミアの人材と、ビジネスの第一線で創発的な活動をしている人々の双方を擁している。

「アカデミアのなかでも、新しいことを研究しようとしている若手や中堅の方々、そしてマーケティングや戦略、ファイナンスといった伝統的な枠組みにこだわらず、新しい知の創造に意欲の高い研究者たちに参加してもらいたいと思っています。

また、ビジネスの領域でいうと、VCやコンサルタント、マーケターやジャーナリストなど、専門性をもつプロフェッショナルの方々の存在を大切にしています。また、スタートアップの経営者や企業内で新規事業開発を担当する方々にも積極的に参画いただいています」

今年度ビジネスモデル学会が『WIRED』日本版とともに開催するイヴニングセッションは、そうした多様なバックグラウンドをもつ人たちの「知」が出合う場所だ。先月行われた第1回のセッションでは、ビジネス界からはネスレ日本の石橋昌文CMOを、アカデミアからは慶應義塾大学ビジネススクールの山本晶准教授を迎え、いまの時代に求められるマーケティングとは何かを参加者たちとともに考えた。

「アカデミアという知の専門家と、ビジネスの現場で創造的な活動をしている人たちが出会い、双方に知の交換をすることによって新しい考え方が出来上がっていく。イヴニングセッションとは、そうした新しい『知との出会いと創発』のための場なのです。

もうひとつの目的はネットワーキングです。ビジネスのプロフェッショナルたちや、第一線のビジネスの現場に立たれている方々、スタートアップの方々、それからアカデミアのなかでも特にアクティヴな方々。そういう人たちが出会うことにより、発見もある。コンセプトしては、『インスパイアリングな場』にしたいと強く思っています。ビジネスモデルというキーワードのもとで、異なるバックグラウンドの人たちが出会い、対話をし、インスパイアされる。学会としてそういう場をつくっていかなくてはいけないと思っています」

『WIRED』の主な読者は、われわれが参加してもらいたいような方々だと考えています。世の中の動きに対して鋭い感性をもち、常にインスパイアリングなものを求めている。相互のメンバーが交流することによって、大きな価値があるのではないかと思っています」

2015年に開催されたTEDxUTokyoに登壇する平野会長。経済のグローバル化、資本市場規模の拡大、そしてデジタル化。この3つの大きな変化が同時に起こっているなかで、企業はなぜ自ら変わることができないのか。その理由と、変革に必要な人材とはどのような人間かが語られている。

「エクスペリエンスデザイン」と「社会性」

コンサルタントとして、そして研究者として30年にわたって経済や企業のあり方を研究してきた平野。ビジネスのプロフェッショナルである彼に、いまの日本企業に必要な発想を訊いてみた。彼が答えたのは、「エクスペリエンスデザイン」と「社会性」という2つのキーワードだ。

「いままでの伝統的な日本企業の発想は、いいクルマをつくろう、いいテレビをつくろう、ちょっとでも薄く、ちょっとでも燃費をよくといったように、要するに単品のハードウェア上の機能競争でした。

ところが、米国でビジネスモデルを考えている人たちはそうではない。いまの流行かもしれませんが、どういうエクスペリエンス(経験)をつくり出すかということを見ています。消費者がその商品を使う局面すべてに対して、エクスペリエンスが発生するわけなので。そういうエクスペリエンスをデザインしようとなると、単に少し薄いテレビをつくればいいというわけでありません。ハード、ソフト、システム、サーヴィスをすべて包含し、新次元の経験と新しい価値をつくらなくてはいけない。

例えば『Amazon Echo』は、ハードウェアとしてはシンプルな代物です。重要なのは、Amazon Echoに問いかけると、高性能のマイクロフォンと正確な音声認識ソフトを介して、ネット上のあらゆる情報からユーザーに価値あるものを瞬時に抽出、伝達するという、全体のエクスペリエンスの設計と実現なのです」

また平野は、現代の企業には「社会性」がいままでになく強く求められているのだとも語る。

「企業に社会性が求められることは言うまでもありませんが、いま企業は、環境問題や貧困問題といった人類が直面する社会問題の解決に、もっと直接的に貢献することが求められてきています。そのためには、政府やNPOなども巻き込んだ、新たなビジネスモデルを開発することも重要になっていきます」

平野が例に挙げたのは、北欧の家具メーカーIKEAのケースだ。

安い家具をつくるため、インドで木を伐り出して家具をつくっているIKEAは、インドの工場や労働者に大きく依存している。しかしインドには、長らく児童労働の問題がある。IKEAは厳しい監査によって、児童労働がないことを確認していたものの、ある工場で児童労働が発覚した。

IKEAにとっての問題は、ここで業者を切り替えれば解決するものだ。しかし、IKEAはこの業者との契約を打ち切るのではなく、代わりに現地に学校を建て始めた。貧しいがゆえに教育を受けられない子どもたちが、児童労働に走る。その社会構造を転換するべく、自治体やNPOとともに、問題の解決に向けて取り組むことにしたのだ。

学校の建設と並行して、IKEAは工場への技術指導も強化した。これによってIKEAは優良工場を確保し、政府との関係を改善し、さらに顧客からの評価も高めることができたのだという。

「自社の評判を守るためだったら、ただ下請け会社を切ればよかった。しかしそれでは、社会の問題は何も解決しませんよね。いまの企業がすべきは、戦略的発想とビジネス構想力を生かし、社会問題の解決にもっと積極的に関与していくことなのです」


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PHOTOGRAPHS BY KAORI NISHIDA

TEXT BY WIRED.jp_A