「粘菌の知性」を解明:(2):単純な法則が複雑な構造を生む

単細胞生物である粘菌(変形菌)は、変形体になって移動し、効率的な輸送経路を発達させる「知性」を有することで知られる。脳や神経を持たない粘菌の情報処理能力はどのように可能になっているのだろうか。

Brandon Keim

(1)から続く

キイロタマホコリカビの研究は、1950年代に大きく進展した。プリンストン大学の生物学者John Bonner氏の研究により、粘菌の細胞が集合体形成の指令を出すシグナル伝達に用いている化学物質[環状アデノシン一リン酸(cAMP)]が発見されたのだ。

当時の研究者たちは、一部の専門化した細胞が、このプロセスを制御していると考えていた。しかしその20年後、著名な数学者アラン・チューリングによる、単純な法則が複雑な構造を生み出すことについての研究に着想を得た研究者たちが、粘菌の複雑な集合体は、一部の細胞が中心となって制御しているのではなく、個々の細胞どうしの相互作用による結びつきからなっていることを明らかにした。

[コロニーの創始者となる一つの細胞がストレスへの応答でcAMPを分泌し始めると、
他の細胞はこのシグナルを受け取り、シグナルを周囲のアメーバに中継し、最もcAMP濃度の最も高い所へ移動させていくことで集合していく。以下は、Bonner氏の研究を紹介する動画で、キイロタマホコリカビがどのように変形するかも見せている]

2009年に著書『The Social Amoebae』(社会的なアメーバ)を刊行したBonner氏は、次のように語る。

「今から50〜60年前の生態学は、諸生物に関する事実がコレクション的に存在する状態だった。そこへ登場したのが、[米国の生態学者]Robert Macarthur氏だ。Macarthur氏はごく単純な数式を用いて、生物にこれほどの多様性が生じるメカニズムを示唆した。それは、この世界を全く新しい方向から考える道を開くものだった。そして私は、粘菌の研究についても同様なことが起こると考えている」

キイロタマホコリカビのゲノムは5年前に解読され、それ以降、この生物の遺伝子および分子のメカニズムに関するデータが着々と蓄積されている。最新の数理モデル手法を適用することで、粘菌のネットワーク形成の法則がついに明らかになるかもしれない。

同じくプリンストン大学の生物学者Ted Cox氏が1月4日(米国時間)に『Nucleic Acids Research』誌ウェブサイトで発表した論文は、遺伝子を活性化させるタンパク質が、DNAのある領域から別の領域へとどのように移動するのかという問題に関する最新の研究成果だ。

キイロタマホコリカビの細胞が集合する際には、らせん状のパターンが形成されるが、病原体の伝播においても同じパターンが見受けられる、とCox氏は指摘する。実際、粘菌は、コレラから結核にいたるまで多くの疾病の伝播動態を研究するためのモデル生物として役立っている。

さらにCox氏は、粘菌のシグナル伝達をつかさどるメカニズムを用いて、カルシウム濃度が心臓の拍動や胚発生に合わせて同期的に変化する、あるいは同期が乱れる現象も説明できるのではないかと考えている。気分を制御する神経伝達物質の流れ方についても同様だ。

こういった現象を視覚的にイメージすると、広い部屋にピンの頭が1個浮かんでいて、それがひとつのピンの上にランダムに降りてくるようなものだ。そのようなことはどう考えても不可能に思えるが、Cox氏は、粘菌が合体して「ナメクジ」状になり、食糧を探す活動の謎を解くヒントだと見ている。

「これは、さまざまな興奮系全体にわたる統合理論なのだ」と、Cox氏は述べる。「私は、異なった多様なスケールで共通に働く原則を探究している」

{この翻訳は抄訳です}

[日本語版:ガリレオ-高橋朋子/合原弘子]

WIRED NEWS 原文(English)