舟木一夫「55周年の扉。愛おしき傷」【歌の手帖2017年2月号】巻頭インタビューより

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※本インタビューは、「歌の手帖」2017年2月号収録の文章を当時のまま掲載しております

50周年の頃から、舟木一夫が強く意識していた55周年の扉が、2017年、開こうとしている。その55周年を目前にした舟木に、思いの丈を語っていただいた今回のインタビュー。そこにあったのは、彼らしく冷静に今を見つめながらの、眩いまでの肯定的な言葉たちだった。

撮影/尾木 司(コンサート、レコーディング写真は編集部)

ここ数年、コンサートでの舟木一夫さんの歌が活き活きとしていて、パワーアップしているようにさえ感じるんです

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理想のマイクとの出会い

ここ数年、コンサートでの舟木一夫さんの歌が活き活きとしていて、パワーアップしているようにさえ感じるんです。

「俺は50周年の時の自分の歌が気に入らなかったんだ。それはテクニカルな問題ではなくて、声の響き。それがお客さまに見えちゃう事は多分なかったんだけど、自分の中で、なんとなく気に入らなくてね。まぁ、俺も年も年だし…67歳の時だったから…このまま先細りになるのかな、と。それは年齢からいって不思議な事ではないから、受け入れなきゃしょうがないな、という気持ちで50周年をすごしていたんだ。

そんな感じが3年くらい続いて、一昨年の春頃、もう全部喉を開いちゃう発声に変えよう、と思った。以前から、そうしたら楽になる…という発声が俺の中にあって、その最終的な発声…この先は変えられないよ…という発声をし始めて、少しは良くなったんだけど、それでも今ひとつだったんだ。そんな時、去年の9月に電波法が変わってさ」

えっ、電波法ですか?

「そう。電波法が変わって、それまで使っていたマイクが使えなくなった。それで、新しい電波法に対応したマイクをスタッフが2本持ってきてくれて、音響のスタッフとその2本をテストしたら、そのうちの1本が、俺の声にものすごく合っているマイクだった。このマイクはすごく俺と相性が良い!って。そして、そのマイクと出会えた事で、自分の声に対する不満、その氷が溶けた。こういう発声で唄いたい、と思っていた唄い方と、そのマイクの特性がピタッときたんだよね。このマイクなら自分がこう響かせたいと発声した声を、全部つかまえてくれて、真っ直ぐ拾ってくれる。もちろん、音響チームの協力が大前提にあってのハナシだけど、今まで出会ったマイクで、俺にとってベスト」

理想的なマイクとの出会いで、舟木さんの歌声が活き活きとしていたんですね。

「そのマイクとの出会いで、この声の響きならスラーをかけていたフレーズも、スラーなんかかけずにパーンと真っ直ぐぶつけるように唄っちゃえ、とかね。そして、このタイミングで電波法が変わって、このマイクと出会えたって事は、俺はまだ歌手としてツキがあるな、と思ったよ」

舟木一夫「このタイミングで電波法が変わって、このマイクと出会えたって事は、俺はまだ歌手としてツキがあるな、と思ったよ」

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舟木一夫「舟木一夫コンサート2016ツアーのファイナルとなるステージ」

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舟木一夫「当日はオープニングの『眠らない青春』からアンコールの『春はまた君を彩る』まで全26曲を披露し、今も星のように輝くステージを展開してくれた」

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▲舟木一夫コンサート2016ツアーのファイナルとなるステージが、11月6日、東京・中野サンプラザにて開催。昼夜2回公演で、どちらとも満員御礼。当日はオープニングの『眠らない青春』からアンコールの『春はまた君を彩る』まで全26曲を披露し、今も星のように輝くステージを展開してくれた

55周年から60年目へ

さて、いよいよ2017年から55周年の扉が開きますが、体調や気持ちはいかがですか?

「最近は毎年、前年の夏くらいのコンサートで、自分なりに自己チェックを兼ねてパチーンと唄ってみるんだ。つまり、来年は大丈夫かな、と翌年の目安を図るステージがある。そして今年の夏も自己チェックしたんですけど、これなら来年1年は大丈夫だ、と」

それは朗報です。50周年を超えて、ここ数年は55周年を強く意識されていましたよね?

「50周年の時は、55周年まで行けたらなぁ、でも行けるのかな?と…さっきも言いましたが、50周年の時は自分の声に不満を感じていたこともあり、大丈夫かな?と半信半疑。でも、ほぼ55周年を捕らえた今は、途中でぶっ倒れても良いから、次は60という数字に行くしかないじゃないか、とまで思えるようになった」

おおっ! 最近のコンサートでは「生涯唄い続けます」とも言われていますよね?

「俺はそういう事を、これまでは照れて言えなかったところはあるのよ。また、プロだから、それを言う事で大きな責任感も出てきちゃうしさ。だけども、ここ2年、そのへんのタガが緩んできちゃった。良いか、そんな事にいちいち責任をもたなくて…って(笑)。そして、ここまで来たんだから、俺も楽しませてもらおう、と。もうデビュー60年のところに目標を置いちゃえ。60という設定をして、どうにかして、たどりついてみようかいね…と(笑)。そうは言っても、それはお客さまがいてこそ、なんだけど、幸い俺のお客さまは、平均年齢が俺より5歳は下だから、まだ全然大丈夫だと思いますからね」

一緒に旅をしているお客さまも、それを強く望んでますよね。

「でも、もちろんそれは、60周年まではいける!…という事ではないんだよ。うまく仕事をして、いい休みをとれば、60年まではどうにかなるのかな?…そんな気持ち(笑)」

うまい仕事のやり方と、いい休み方…。

「休めば休むほど寿命が延びるか?って言うと、そんな事ないしね。ある程度、使ってやらないとサビがついちゃうから」

舟木一夫「55周年には、約1年半ぶりとなるシングル、新曲を1月25日に発売」

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新曲に含まれた思い

55周年には、約1年半ぶりとなるシングル、新曲を1月25日に発売されますね。

「1年くらい前から『みんな旅人』(※注①)と『下町どこさ』(※注②)をセルフカバーで唄いたい、と相談しててさ。それを新録音で出します。でも55周年の記念盤でも何でもないよ。今更、記念盤でもないよな(笑)」

(※注①②)『みんな旅人』は1982年に発売されたアルバム『WHITE』に、『下町どこさ』は1983年に発売したアルバム『WHITEⅡ』に収録。どちらも舟木一夫自身(当時は上田成幸名義)の作詞作曲

どうして、この歌を今、シングルで出して唄いたい、と思ったんでしょうか?

「『みんな旅人』の詞の世界、言葉の世界というのを、改めて今のキャリアのお客さまに聴いていただきたかった。そこにあるのは、“貴方の中であの傷は、愛おしいものに変わりましたか?”という思い。俺の中では過去の、初めての恋の傷、人間関係でグシャグシャになった時の傷、裏切られた傷、自分が嘘をついてしまった傷、色々な傷があったけど、それはもう愛おしいものに変っている。だから“大丈夫ですよね。愛おしいものに変わってますよね?”という気持ちを、この歌でお客さまと共有したいんだ」

では、55周年のステージには「貴方の中であの傷は愛おしいものに変わりましたか?」という問いかけも含まれそうですね。

「それ半分と、“そうしましょうよ”というのが半分だね。わざわざ立ちどまって振り返るほどではなく、今を楽しんで、チラっとそれが頭をかすめてもらえれば、それで良いではないですか。それは若い頃は出来なかった事なんだから。年をとらないと分からない事もいっぱいあるんだよ」

舟木一夫「それは若い頃は出来なかった事なんだから。年をとらないと分からない事もいっぱいあるんだよ」

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▲中野サンプラザのステージでは昨年に続き、1000枚の白いハートが会場に舞い降りてきた

今、俺はすごいハッピー

舟木さん、今、すごく心が軽くなっていて、幸せそうですね。

「うん、今、俺はすごいハッピー。だって、ゴソゴソっと家から出てきて、会場に行って、多くのお客さまに囲まれて、自分の好きな歌を唄って、それが今も成立してんだから、こんな幸せはないよ。歌い手を55年近くやってきて、今が一番良いんじゃないの。体力もなくなって、気持ちだけあって身体が動かない時もあるし、疲労した時の回復する時間もかかるようになったけど…ただ、俺は今、流行歌手の中で、こういう幸せな人間が何人いるんだい?と思うくらい、ハッピーだよ」

逆にハッピーじゃない事は?

「今一番、腹が立つのは、朝、ベッドから起きて“絶好調!”と思える日が激減してきた事(笑)。朝から身体が重くて、朝飯食うまで目が覚めない、昼寝の回数が増えたとか(笑)。2年前に、これはいけそうだ、と思ったのとは裏腹に、そういう自然な肉体の劣化は確実に出てきたね(笑)」

ハッピーばかりじゃない(笑)。

「当たり前だよ(笑)。ただ、俺が今、とても良い状態だと言うのは、良いことも悪いことも全部ひっくるめて、オープニングの音が鳴り、お客さまの顔を見た時、すーっと集中して、全部忘れてんだよ」

そこに没頭できる?

「いや、没頭する…ということすら忘れている。集中しよう、とか、お客さまの反応はどうだ?とか、そういう事も考えないで、ステージに立ち、ただ声に歌を乗せて、唄えるようになったね」

舟木一夫「55周年は1月28日の東京・新橋演舞場でのシアターコンサート」

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能動的に減らす

55周年は1月28日の東京・新橋演舞場でのシアターコンサート(注※③)からスタートされますが、55年目から大切になるのは、どういう事だと思いますか?

「今、決まっている事を申し上げると、再来年(2018)からは通常コンサートを、昼夜の2回公演から、1日1回公演にします。徐々に自分の意思で、仕事を能動的に減らしていかないと、年齢的に一つひとつのクオリティを保てないですからね。今みたいに、1時間45分のコンサートが、あと10年もできるワケはないんだから。そんな中、クオリティを保ちながら、ステージをやっていくには、能動的に減らす事が大切になると思う。俺は、ライブを大事にしている歌い手だからこそ、ね」

ところで以前のインタビューで「いかにまとまらないで終わるか」という事をおっしゃっていましたが、今はどう思ってます?

「今もその通りだよ。俺は、アバウトな爺さんでいたいから(笑)。もう、そういう風になりかけてるし…俺が今でも、好きな言葉は“支離滅裂”だから(笑)」

(笑)55周年は記念パーティーとかをやらないんですか?

「そういうのは、もういい。そう言えばデビュー20周年の時に、レコード会社が記念パーティーをやってくれる、って言うから、“そんなパーティーをするお金があるなら、そのお金でアルバムを作らせてくださいよ”と言ったら、その願いを叶えてくれた。実はそれで作ったのが『WHITE』(※注④)だったんだよ(笑)」

(※注③)舟木一夫シアターコンサートin新橋演舞場
2017年1月28日(12:00~/16:00~)

(※注④)『WHITE』は、1982年に発売された、舟木一夫がすべての曲を作詞作曲したオリジナルアルバム。その後『WHITEⅡ』(1983年)、『WHITEⅢ』(1988年)と続く。この『WHITE』シリーズの収録曲は、今でもお客さまの間で人気が高く、コンサートでも披露されている

※55周年の扉を開けた舟木一夫さんは、そこから60年目の空を見つめるほど、歌い手としての幸福感に満ちていた。まだ舟木一夫という青春の旅は終わらない…取材後、記者も幸福感に包まれた。

舟木一夫「歌い手を55年やってきて、今が一番、ハッピー」

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歌い手を55年やってきて、今が一番、ハッピーじゃないかな

舟木一夫「セルフカバーによる新曲『みんな旅人』と『下町どこさ』(1月25日発売)のレコーディングにて」

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▲セルフカバーによる新曲『みんな旅人』と『下町どこさ』(1月25日発売)のレコーディングにて

 

※本インタビューは、「歌の手帖」2017年2月号収録の文章を当時のまま掲載しております

このインタビュー内で紹介している楽曲

『みんな旅人』

▼楽曲はこちらのオフィシャルサイトで購入頂けます
日本コロムビア 舟木一夫ディスコグラフィページ

▼オフィシャルサイト
舟木一夫 日本コロムビアオフィシャルサイト
レコード会社オフィシャルサイト(日本コロムビア)

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