「日本の一部のコーチは勉強不足に映る」

 プロ野球の春季キャンプは、中盤に差し掛かっている。各球団はシーズンに向けての準備を行っているが、この時期に決まって話題となるのが、練習内容だ。最近は、科学的な数値をとりながら行うことも増えているが、いまだに古くから行われているからという理由や、監督やコーチの経験をもとに取り入れられている練習があり、その効果に対して疑問の声が出ることも少なくない。もちろん、一部の映像だけを切り取って判断することはできないものの、非効率的な練習は残っている。【西尾典文/野球ライター】

 練習法と関連して、コーチの指導力が米国に比べて遅れているという指摘も目立っている。今年1月、ダルビッシュ有(カブス)がサンケイスポーツの取材に対して「アメリカのコーチと比べると、日本の一部のコーチは勉強不足に映る」と発言したことが大きな反響を呼んだ。また、2022年から2年間レンジャーズにコーチ留学し、今年からソフトバンクに復帰した倉野信次一軍チーフ投手コーチ兼ヘッドコーディネーターは「メジャーに比べて日本のコーチングが遅れていることを実感した」と語っている。

 日本のプロ野球界では、現役を引退してすぐに指導者となることも珍しくなく、どうしても自身の経験だけで指導してしまうケースが多くなる。一方、ロッテの吉井理人監督は筑波大学大学院でコーチング理論を専攻したほか、ソフトバンクの工藤公康元監督は、同大学院でスポーツ医学を学んでいる。こうした指導者が増えつつあるが、依然として少数派だ。

“罰走”に対する苦言

 日本と米国の大きな違いは、“コーチという役割”の認識である。日本は、とにかく選手に対して「教えること」と「管理すること」がメインで、指導者が選手より上という意識が強い。それに対して、米国のコーチの役割は、あくまで選手が困った時に手を差し伸べることで、選手との立場は“対等”と言われている。

 よく例として聞く話が、選手がミスを犯したケース。日本では、ミスに対する懲罰として“罰走”と呼ばれるランニングを課して、コーチから選手に怒声が飛ぶことも珍しくない。

“罰走”といえば、2020年の出来事が想起される。当時、巨人の2軍を指揮していた阿部慎之助監督が、同年3月に行われたプロ・アマ交流戦の早稲田大戦に6対9で敗戦した後、全選手に両翼のポール間を走るメニューを課した。これに対して、ダルビッシュ有や野球解説者の高木豊氏らが苦言を呈したほか、トレーニングの専門家からも否定的な声が相次いだ。

 一方、米国では、ミスを犯した原因を選手とコーチが一緒に考えて、ミスをなくすことを目的とした練習を行うことが一般的である。米国でのプレーを経験した日本人選手は、口を揃えてメジャーのコーチは自ら教えるわけではなく、選手に聞かれた時にアドバイスするスタンスだと語っている。

 なぜ、日米でこのような違いが生まれるのか――。

 その原因は、日本では、そもそも“コーチング”がどんなものかを学ばずに指導者になるケースが多いことではないだろうか。

最新の情報や指導法をアップデートしないコーチも

 コーチングの大前提は、必要な答えは本人(野球であれば選手)の中にあり、コミュニケーションは双方向であるということなのだ。日本の場合は、コーチ自身の考えを一方的に伝えていることが多く、本来の意味合いともずれているのである。

 もちろん、コーチの考えで上手くいくケースがある一方で、上手くいかないケースの場合は「センスがない」、「努力が足らない」といった言葉で片づけられる。これはプロ野球に限らず、日本のスポーツ指導全体でも見られることだ。さらに、ダルビッシュが指摘しているように、自分の経験や古い知識に頼り、最新の情報や指導法をアップデートしないまま指導しているコーチもいる。

「もちろん、コーチの中には熱心にいろんなことを勉強している方もいますが、そうではない人もたくさんいるように感じます。中には、数字やデータを拒絶して『俺はそういう分野にタッチしないから』と堂々と言う方もいますね……。指導者の全員が全員、細かいデータに精通している必要はないのかもしれません。ですけど、コーチと選手の間に“共通言語”がないと指導も噛み合いませんよね。選手も『なぜ、こんな練習をする必要があるんだろう……』と疑問を感じながら、練習をやっていては効果が出ません。これまで感覚や経験だけで済まされていたものが、次第にそれだけでは納得できない選手も増えてきています。指導者側のレベルアップが必要です。特に、若い選手を引き上げる必要がある、ファームの指導者は、こうした人材が求められると思います」(セ・リーグ球団の関係者)

 キャンプの練習風景を見ていても、投手の投げるボールや打者の打球を計測しながら行うのが一般的になっており、アナリストの肩書を持ったスタッフが増えている。古い体質の指導者は、徐々に淘汰される可能性が高くなりそうだ。

「学ぶことを辞めた時がコーチを辞める時」

 問題は決して指導者だけではなく、選手側の方にあるケースもあるという。前出のセ・リーグ球団の関係者が続ける。

「選手がデータばかりに頼って上手くいかないこともありますね。練習で(球速、回転数、打球速度などの)良い数字が出ることばかりを追い求めて、肝心の結果に繋がらないことも珍しくはありません。野球は相手のいるスポーツですから、練習のデータだけ良くても意味がないですよね……。『投げているボールやフォームが相手にどう見えているのか』、『相手の投げてくるボールをどう打つか』。こうした感覚的な部分は、やはり無視できません。また、技術や実戦的な動きを身につけるためには、反復練習が必要になります。それをこなす体力をつけるために、ランニングなどで持久力を養うことも重要です。それにもかかわらず、プロの世界で成功している選手が、長い距離を走る練習は野球に“直接”必要ないと言っているのを鵜呑みにして、そもそもの練習量が足りていない選手もいますね」(同)

 選手が得ることができる情報量は、以前とは比べ物にならないほど増えている。中には特定の数字だけを切り取ってスキルアップと考えて、肝心なプレー全体のレベルアップに繋がっていないケースがあるようだ。プロのコーチからも「選手がYouTubeばかり参考にして自分の言うことを聞かない。そのYouTubeで指導しているのは、選手経験のない素人ということもある」と嘆く声も聞こえているという。

 しかしながら、これだけ情報が増えている時代だからこそ、コーチの技量が問われていることも確かではないだろうか。指導者側が知らない情報を頭ごなしに否定するのは簡単なことだが、それで納得する選手は確実に減っているはずだ。そうではなく、ともに学びながら、よりよい方法を探っていく姿勢が重要である。

 かつて、ロッテやメジャー・リーグのメッツなどでコーチを務めた立花龍司氏に話を聞いた時も「学ぶことを辞めた時がコーチを辞める時」と話していたが、これからの時代のコーチには、より、どん欲に学ぶ姿勢が強く求められることになりそうだ。

西尾典文(にしお・のりふみ)
野球ライター。愛知県出身。1979年生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

デイリー新潮編集部